田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授)

 間違った内容を伴う噂であるデマはインターネットの普及に伴って、それ以前の社会ではみられなかった二つの現象を引き起こしている。一つはデマの伝達する速度と範囲が爆発的に拡大したことだ。もう一つはデマの抑制に関するもので、噂が間違っていれば即座に訂正されることも珍しくなくなったことである。ただ、前者と後者いずれが大きな効果を社会的に持つかは、個々のケースによってまちまちであろう。

 また、噂が真実ではなく間違った内容であっても、「真実」としてネットの中で生き残ることもしばしば見受けられる。特に、政治的な集団が先鋭的に対立している場合では、この「デマの延命」が見られるようである。

 西日本の豪雨災害では、いまだ被災地で復旧作業や安否不明者の捜索が懸命に続いている。テレビや新聞の報道だけではなく、実際の被災者がほぼリアルタイムで知らせてくれる現状の一端は、被災地にいる人だけではなく、他の地域に住む人たちにも貴重な情報になっている。

 民間の方々はもちろん、自治体や警察、消防、自衛隊などの人たちの必死の努力もネットなどで伝わってくる。事実、ボランティアの参加方法、寄付の注意点、また募金の重要性なども、筆者はネットを中心にして知ることができた。

 他方でひどいデマにも遭遇した。中でも「風評被害」だと思えるケースが、岡山県倉敷市の「観光被害」とでもいうべきものだ。

 今回の豪雨で、倉敷市の真備地区が深刻な浸水被害を受けた。だが倉敷の市域は広く、県内有数の観光地である美観地区はほとんど被害がない。観光施設や店舗なども平常通り営業している。

 だが、「倉敷市が豪雨災害を受けている」というニュースや情報が、テレビでヘリコプターなどから映されている広域にわたって浸水した街の姿などとともに流布してしまうと、市域の広さや場所の違いなどが無視されて人々に伝わってしまう。ただし、観光客のキャンセルなどもあるようだが、この種の「風評被害」は、ネットメディアや一般の人たちの努力で打ち消していく動きも顕著である。

2018年7月17日、風評被害により、観光客もまばらな岡山県倉敷市の美観地区(小笠原僚也撮影)

 例えば、ツイッター上では「#美観地区は元気だったよ」というハッシュタグによる「拡散活動」が展開されている。また、大原美術館の防災の試みを紹介するネットメディアの記事で、今回は美術館のある美観地区が災害から免れているという紹介もあわせて説明されていて、それがよくネットでも注目を集めている。この種の試みや工夫は非常に重要だ。

 これらの試みは、いわば民間の自主的な努力によるものである。言論や報道の自由が、あたかも市場での自由な取引のように行われることで、その権利が保たれるという見解がある。「言論の市場理論」とでもいうべき考え方だ。

 代表的には、19世紀の啓蒙(けいもう)思想家、ジョン・スチュアート・ミルの『自由論』の中で展開されている。今回のようにネットでのさまざまな風評被害を防ごうという試みは、多くは人々の自主的な言論活動で行われている。

 他方で、冒頭でも指摘したが、より対応が難しいのは、政治的に対立した人たちが放つデマである。今回の豪雨被害では、ネットを中心に代表的なケースが二つあった。一つは、先週、安倍晋三首相が岡山の被災地を視察に訪れ、避難所を訪問した際のことである。ところが、この訪問後に、ツイッターで「安倍首相が視察に来るので慌ててエアコンを設置した」というデマが拡散した。

 最初にデマを「ウソに基づく噂」と書いたことからもわかるように、これは真実ではない。このデマに対しては、世耕弘成経産相がツイッターで即時に否定した。被災各地の避難所へのクーラーの設置は、被災者を多く収容している施設にまずは優先的に行われていることを、世耕氏は指摘したのである。

 もう一つのデマは、政府が自衛隊の車両を緊急利用して、品薄が続くコンビニエンスストアに食品や飲料などを輸送したことへの批判である。これには「物流費を肩代わりするとは官民協力ではなく、官民癒着だ」という批判が上がった。また自衛隊への心ない批判も多くみられた。

 もちろんこれは「官民癒着」などではなく、デマである。すぐさまネットでは、これらの施策が1年前に「災害対策基本法」に基づいて、「官民が一体となった取組の強化を図るため、内閣総理大臣が指定する指定公共機関について、スーパー、総合小売グループ、コンビニエンスストア7法人が新たに指定公共機関として指定」されたと指摘している。

 当然だと思うのだが、被災地のコンビニで、以前と同じように品物がそろうことは被災している人たちにも助けになることは間違いない。「官民癒着」も間違いならば、官民連携によるコンビニ「復旧」を批判するのは、あまりにデタラメではないだろうか。

 ただし問題はここからで、このような「クーラーデマ」「コンビニデマ」でも、いまだに政治的に対立する人たち、例えば安倍政権を批判することの好む人たちの中では健在である。だから、取るに足らない理由でデマを延命させている「努力」について、確認することは難しくない。 特に野党議員など、国会レベルでの政治的な対抗勢力の人たちがこのデマに加担していることも確認できるだけに、政治的な思惑でのデマの流布により、社会的な損失がしぶとく継続しがちだと思われる。なぜなら、政治的な対立者たちが合理的なデマの拡散者である、という可能性も否定できないからだ。

 デマの拡散力とデマを否定する力と、どちらが大きくなるかは、「正しさ」の観点だけで決めるのはなかなか難しい。いずれが打ち勝つかはケースによる、と冒頭でも書いた通りだ。特にこのような政治が絡む案件ではデマは真実だけでは打ち消せないかもしれない。

 ネット社会の問題について詳しい法学者、米ハーバード大のキャス・サンスティーン教授が著書『うわさ(On Rumors)』(2009)の中で、類似したケースを紹介している。要するに、人々の自由な言論ではこの種のデマを防ぐことは難しいと、サンスティーン氏は指摘している。

 ではどうすればいいのか。サンスティーン氏は「萎縮効果(Chilling Effect)」に注目している。つまり、法的ないし社会的なペナルティーを与えることによって、この種のデマを抑制することである。

 例えば、デマの合理的な流布者に対し、悪質度に応じて、法的な制裁やまたは情報発信の制限を与えてしまうのである。これを行うことで、他のデマの合理的な発信者たちに、デマを流すことを抑制できるとする考え方である。

 このような「萎縮効果」は確かに有効だろう。だが、あまりに厳しければ、それはわれわれの言論の自由を損なってしまう。

 現状でもあまりに悪質なものには、法的な処罰やまたソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)のアカウントの制限や削除などが運営ベースで行われている。それが「萎縮効果」をもたらしているかもしれない。「萎縮効果」はやはり補助的なものだと考えた方がいいだろう。

 立憲民主党の蓮舫議員はツイッターで以下のようなことを書いている。

 総理視察の直前に避難所にクーラーが設置されたとのツイッターに、経産大臣が随分とお怒りの様子で、かつ上から目線のような書きぶりで反応されていたが、もはや避難所にクーラーのレベルではなく、災害救助法上のみなし避難所の旅館・ホテルを借り上げ、被災者の居場所を確保すべきです。

蓮舫氏の7月13日のツイッター

 「クーラーデマ」を明瞭に否定せずに、世耕氏の発言を「上から目線」として批判することで、かえってデマをあおる要素もこの発言にはある。ただし、この蓮舫氏の宿泊施設への対策が政府にあるかないかについて、即座に自民党の和田政宗議員が次のように反応している。

 ご意見有難うございます。ご指摘いただいた前日までに政府は既に対応済みで、12日の非常災害対策本部の会合で、被災者向けに公営住宅や公務員宿舎、民間賃貸住宅など7万1千戸を確保し、旅館・ホテル組合の協力により800人分も受け入れ可能となっている旨、報告されています。

r.nikkei.com/article/DGXMZO …

和田政宗氏の7月15日のツイッター

2018年6月18日、参院決算委員会に臨む立憲民主党の蓮舫氏(春名中撮影)

 この与野党の国会議員のやりとりを、ネットユーザーが直接見ることができ、それに評価を下すことができる。確かに、政治的バイアスを打ち砕くのは至難の業である。だが、同時にわれわれの言論の自由は、その種の政治的バイアスに負けない中でこそ養われていくことを、災害だけではなく、さまざまな機会で確認したい。