“見る”ことに特化した物見遊山型の観光は、需要が減少しつつあります(写真:winhorse/iStock)

他県とは一線を画すユニークな企画

津軽海峡で大間の漁師がマグロと格闘する姿を間近で見ることができる「大間マグロ一本釣り漁ウォッチングツアー」、八甲田山でホワイトアウトを体験し、遭難の恐ろしさを感じ取ることができる「極寒クレイジーな超絶ホワイトアウトツアー」など、他県とは一線を画すユニークな企画を次々に発表する青森県

2017年には外国人延べ宿泊者数(従業員10人以上の施設)が23万9150人を記録し、宮城県を抜いて初めて東北1位に輝いた。外国人宿泊者数の前年比においては伸び率67%を記録し、全国の都道府県で最も高い数値を弾き出すなど、外国人観光客からも熱視線を送られている注目の都道府県になりつつある。

青森県が誇る観光資源を外国人観光客にアピールしたこと、そして東アジアからの定期便を就航させ、航空路線を拡大するなど積極的に誘致を行ったことが飛躍につながったわけだが、青森県の観光へのアプローチを取材すると、観光の形が変わりつつあることがわかる。


八甲田山の豪雪を体験するツアー(写真:青森県

「外国人観光客が増えてきたからこそ、国外需要と国内需要の観光、2つの観点から考えていく必要がある」と語るのは、青森県観光国際戦略局観光企画課の木村圭一氏。

青森県には、弘前の桜、奥入瀬渓流の新緑、夏のねぶた祭り、紅葉の十和田湖、というように各季節に観光資源があります。ですが、“見る”ことに特化した物見遊山型の観光は、年々国内では需要が減少しつつあります。今後は人口減少により、ますます物見遊山におカネを使う人が減っていくことが予想される。その中で、日本に来ることそのものが特別な体験となる外国人観光客は物見遊山を純粋に楽しんでくれる人が多い。これまでの経験を活かしたPRを国外向けに発信する一方で、国内需要を伸ばすために、今までとは違う新しいことを始めなければという危機感があった」(木村氏、以下同)

国内需要における物見遊山の限界。47都道府県の観光PRと言えば、景勝地、温泉、祭り、日本酒が定番だろう。似たようなコンテンツをPRするあまり、消費者はどれを選んでいいかわからなくなる“選択のパラドックス”に陥ってしまう。さらに、若い世代の多くは時間やおカネに余裕がない。国内需要を考慮したとき、紋切型の観光に対して消費者は振り向きづらくなっている。

青森県のイメージを聞いたところ、マグロや八甲田山という声が多かった。さらに、何をしたいかアンケートを取ったところ、マグロの例でいえば、『釣りたい』『釣っているところを見てみたい』という回答が最も多かった。そこで現地で実際に旅行会社を運営している方に企画を持ち込み、地元のマグロ漁師さんも交えて実現に向けて奔走した。構想からツアー開始まで3年ほど費やしました」

「体験を提供する」だけではうまくいかない

昨今、消費者が製品やサービスを通じて得ることができる体験=ユーザーエクスペリエンス(UX)という言葉が注目を集めつつあるが、「観光でもまったく同じことが言える」と木村氏は同調する。

「刀剣育成シミュレーションゲーム『刀剣乱舞』ファン向けのツアーでは、ファンの女性たちが実際に刀匠のもとを訪れ、ゲームに登場するモノ・コトを直接体験していただきました。ツアー催行人数の倍近い応募があり、観光のメインコンテンツとして体験型を提供することは必要不可欠だと痛感しました」


地元のマグロ漁師の協力を仰いで実現した「大間マグロ一本釣り漁ウォッチングツアー」(写真:青森県

しかし、ただ単に体験型のコンテンツを用意するだけでは、「観光客は満足してくれない」と木村氏は続ける。

「先のツアーでは、実際に参加した女性の皆さんに、刀鑑賞はもちろん、刀の原材料となる玉鋼(たまはがね)に触れてもらったり、鍛造の様子を見学してもらったり、ゲームファンが憧れる手入れを実際にやっていただいた。他にも真剣でワラを斬ってもらったり、弘前藩の剣術を学んでもらったり、刀にまつわるさまざまな体験をしていただいた。

点としての体験ではなく、点がつながる線としての体験コンテンツが必要。満足度や充実度というのは、観光客が喉から手が出るほど体験したいことをやることで得られるので、思い付きの体験型観光では観光客に見破られてしまう」

「失敗したツアーや企画もたくさんあります」と木村氏は笑うが、物見遊山の観光から脱却するために試行錯誤を重ねてきたからこそ、今にいたる青森のユニークな観光へのアプローチがある。昨年始まった「大間マグロ一本釣り漁ウォッチングツアー」は、今年から台湾の旅行商品に組み込まれるなど成果も出ている。

いちばんの課題は「人」への依存

「体験型を展開するためには、地元の方々の協力に加え、ガイドの育成なども必要です。たとえば、大間マグロ一本釣り漁ウォッチングツアーは、大間のベテラン漁師であり、自身も夜にはえ縄漁を行う泉徳隆さんが操舵する第58海洋丸(約5トン)に乗り込み、 一本釣り漁を行う漁場へ向います。泉さんが夜に漁を行う漁師であったこと、そしてお客さんを乗せることができる許可を得ていたことで実現できた。裏を返せば、泉さんに頼っているところが大きい。行政が、協力してくださる方のタスクを分散できるような育成やプログラムを継続的に続けていくことが大事」

八甲田山で行われる「極寒クレイジーな超絶ホワイトアウトツアー」も、山岳ガイドが帯同するからこそ可能となる。催行回数を増やしてほしいという声が上がったとしても、現場のプロが足りなければ実現はできない。景勝地や祭りといった、目の前に広がっているものを見て楽しむ物見遊山と違い、体験型は人ありき。ここに体験型観光を展開したくても、なかなか増やせない難しさがある。

青森県の場合、地域を盛り上げたいという方が本当に多い。たしかに青森県の観光は、年々、マニアックなものが増えていますが(笑)、『面白いことをやってやろう』と一緒に楽しんでくれる協力的な方が多いから、実験的なことを含めていろいろな観光の形を打ち出すことができています」

三人寄れば文殊の知恵ではないが、民間と行政と現場のプロが同じ方向を向いていればこそのユニークなツアーの数々。協力者が多いということは、それだけ痒い所に手が届く満足度の高い旅行体験にもつながる。

「既存のコンテンツにどれだけプラスアルファを加えられるかが、われわれの仕事。すでに成立している観光資源にあぐらをかくのではなく、青森県に旅行に来る方が、その資源を使って何ができるのかを考えていきたい。今後も、観光客の皆さんと双方向の観光を提供していきたいです」