65歳に受け取る年金の満額を約80万円とした場合、累計受給総額を比較したシミュレーション。黄色の欄が最多の額になる。

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大切な老後資金を守り、増やすためにはどうすればいいのか。「プレジデント」(2018年4月2日号)では、だれもが直面する「悩ましすぎる10大テーマ」について、Q&A形式で識者に聞いた。第10回は「平均寿命まで生きるなら年金は、繰り上げか、繰り下げか」――。

■60歳開始で30%減額、70歳開始で42%増加。どっちを選ぶか

現行の年金制度では、受給スタートは通常原則65歳。これを60歳まで月単位で前倒しできる制度が「年金の繰り上げ」だ。年金を早く受け取る分、受給額は少なくなる。1カ月前倒しで0.5%の減額となるので、60歳スタートにすると30%の減額だ。現在の老齢基礎年金では、年額77万9300円(満額)が54万5510円まで減ってしまう。さらに繰り上げをすると、障害年金が受給できないなどのデメリットもある。

逆に、年金受給のスタートを65歳より後に月単位で先送りできる制度が「年金の繰り下げ」だ。受給を1カ月先送りにすると年金額は、0.7%増となり、70歳スタートでは42%増。現在の老齢基礎年金なら、110万6606円になる計算だ。なお今は受給スタートを70歳超にしてもそれ以上増額されないが、今後は見直される見込みである。

繰り下げは受給スタートが遅い分、最初のうちは繰り上げや通常受給よりも受給総額が少ない。しかし年金額が割り増しとなるため、長生きすればいつかは逆転し、通常受給より受給総額が多くなる。その逆転の時期はいつなのか。

通常受給で受け取る年金を満額の約80万円と仮定し、「60歳からの繰り上げ」「65歳からの通常受給」「70歳からの繰り下げ」の、それぞれのケースの受給総額を比べてみよう(表参照)。通常受給が繰り上げを上回るのは76歳8カ月、その通常受給を繰り下げが上回るのは、81歳10カ月。現在の平均寿命は、男性は80.98歳、女性は87.14歳だ。男性の平均寿命まで生きた時点では通常受給が、さらにそれ以上生きれば繰り下げがもっとも得をする。

■年金の最終的な損得は死なないとわからない

とはいえ当然のことではあるが、人間は早死にする場合もある。仮に65歳で亡くなれば60歳から年金を受け取っていた人がもっとも得をし、繰り下げを選択した人は掛け捨てとなり損をしてしまう。最終的な損得は死んでみないとわからないのだ。また、繰り上げを選択する人が全体の30〜40%に対して、繰り下げは約1%という現実もある。年をとってから受給しても、健康な状態でお金を使えるかという不安もあるだろう。

しかし基本的には、繰り下げを勧めたい。それは「長生きリスク」に備えるためだ。年をとればとるほど年金の重要性は増し、そのときの年金額は少しでも多いほうが望ましい。年金の受け取り方法の途中変更は不可能で、1度決まった増額率・減額率は一生涯続く。「予定より長生きしてしまったから、繰り下げに変えたい」と思ってもやり直しはきかない。

受給総額は大事な一要素だが、繰り上げ・通常受給・繰り下げのどれを選ぶのか決める際は、それだけにとらわれないほうがいい。年金事務所や街の年金相談センターで、年金額のシミュレーションを出してもらい、定年後、いつ、いくらのお金が必要になるかに沿って、じっくり検討することをお勧めする。

▼受け取り方法は1度決めたら変更不可。真剣に選べ

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土屋信彦
特定社会保険労務士
1963年生まれ。アイ社会保険労務士法人代表社員。IPO・内部統制実務士。労務監査、上場支援などが強み。著書に『定年前後の知らなきゃ損する手続きマル得ガイド』(アニモ出版)など。

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(特定社会保険労務士 土屋 信彦 構成=山田由佳 写真=iStock.com)