アサヒ会長がゴミ箱に座って話を聞く理由
※本稿は、雑誌「プレジデント」(2018年6月18日号)の特集「聞く力入門」の記事を再編集したものです。
■「聞く」「訊く」「聴く」の3段階
コミュニケーションという言葉は、日本語で「伝達」などと訳しますが、私はむしろ「伝達し合うこと」というべきではないかと思っています。一方的に伝えるのではなく、互いに伝達し合い、キャッチボールを繰り返すことで合意に至り、やがて新たな価値をつくり出す。その際に大事なことは、相手の話を「聞く」ということです。
実はそれにも3つの段階があります。第1は、耳に聞こえているだけの「聞く」段階。第2は、相手の考えを引き出すための「訊く」段階。そして第3は積極的に「聴く」段階です。
相手の提案をただ「聞く」だけで、お互いの考えを共有し合意することができなければ、ビジネスのコミュニケーションとしては失敗です。段階を踏んで「訊く」、さらに「聴く」ところまで至らないと、コミュニケーションは完成しないというべきでしょう。
上司として部下の成長を促すうえでも、「聞くこと」は必須です。
■相手が考えている間は黙して待つ
経験の浅い部下への指示では、仕事の内容から進め方まで、1から10まで説明する必要があります。しかし中堅以上に対してもそれをしていては、相手が自分の頭で考えなくなってしまいます。私は社長時代、部長クラスに指示を出すときは、10まであるうちの3ぐらいまでで話を止めて、あとは相手に考えさせるよう心がけていました。
3まで話し、相手が考えている間は黙して待つのです。私はこの過程を「沈黙を聞く」と称しています。やがて考えがまとまると、部下は「つまりこういうことですね」と話し出します。
10まで説明された人は、「わかりました」と返事をします。命令されたと感じるからです。一方、投げかけられた言葉の続きを自分の頭で考えた人は、「ここはこうすべきです」と答えます。そしてやり取りの末に「やります」と宣言する。その場合、「わかりました」と言った人とは、同じことをやるにしても気合の入り方が違います。
私の場合、部課長時代から、何につけ「やります」と宣言していました。すると途中で引けなくなって、毎度追い込まれて苦しいことになるのですが、そこを乗り越えることでビジネスマンとして成長できたと感じています。
■なぜ社長室に呼びつけることをしないのか
言いたいことを途中で止めて黙って待つのはストレスでもありますが、次の世代を育てるうえで必要なことです。自分で全部話さなければ収まらない人がトップに君臨していると、部下たちはみな自分の頭で考えようとしなくなり、そうなると当のトップが去った後に副作用が出てしまうものです。
また、部下が話し始めたら、最後まで「聞く」ことも大切です。上司はつい部下の話を遮ってしまいがちですが、それはいけません。
一通り話を終えた部下は、上司の意見を聞こうと待ち構えます。しかしそこで上司が自分の考えを述べてしまうと、「わかりました」しか返ってこないことになります。そこで「君はどう考える? すぐやらなければいけないことは何か?」と、相手が主人公になるように「訊く」。それに対して相手が述べる意見を「聴く」ようにします。
情報は本来、悪いものほど早くトップへ上げるべきです。そうしないと、すぐ消せるボヤだったものが大炎上してしまったりします。しかし悪い報告をする部下は萎縮しがちで、何も手を打たないと情報が上がってくるまでに余計な時間がかかることになります。
■カジュアルな「相談」で早めに耳に入れる
私は社長時代、誰かに話を聞きたいときには、社長室に呼び出すのではなく、相手が仕事をしているフロアに自分から出向きました。
また現場で話を聞くときには、相手と同じ目線になるよう、よくゴミ箱の上に腰を下ろしていました。人は目線が同じだとモノが言いやすいですし、ゴミ箱ならなんとなく親しみやすいでしょう?
世間では「ホウレンソウ(報告・連絡・相談)」を勧めますが、私はその順番を変えて「ソウレンホウが大事だ」と言い続けてきました。特に悪い情報ほど、四角四面の「報告」ではなく、カジュアルな「相談」で早めに耳に入れなくてはいけないと考えるからです。
それには日ごろから気軽に相談されるような雰囲気をつくっておかなければなりません。自分のほうから足を運ぶのも、ゴミ箱に座るのも、そうした意図があるからなのです。
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アサヒグループホールディングス会長
1948年生まれ。京都産業大学を卒業後の72年、アサヒビール入社。広報部長などを経て2003年取締役。10年社長。アサヒグループホールディングスの発足により11年同社社長、16年から会長。
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(アサヒグループホールディングス会長 泉谷 直木 構成=久保田正志 撮影=永井 浩 写真=iStock.com)