西友本社(東京都北区)。ウォルマートの看板も掲げられる

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ウォルマート西友を売却する検討に入った」――7月12日に入ってきたこのニュースに驚いた人も多いであろう。

 西友のヘビーユーザーであれば尚更だ。西友では6月に制服が一新され、ウォルマートと一緒のものになったばかり。ウォルマート色を強めて新たなスタートを切った矢先だったのだ。

 その後、13日にはBloombergがウォルマート側が売却する方針を決めたとの報道を否定したと報じ、現段階ではどちらに傾くのかは未定だが、北は北海道から南は熊本まで、全国に300店舗以上を展開する西友。果たしてその将来はいかに――。

◆西武セゾングループから住友商事、そしてウォルマートへ

 さて、ここで西友の歴史についておさらいしよう。

 西友は1956年に西武鉄道傘下の「西武ストアー」として営業を開始。現在の西友は1963年に「西友ストアー」として設立されたものである。その後は西武セゾングループの成長と共に全国へと店舗網を拡大した。

 また、1973年にはファミリーマート、1980年には無印良品を開発。両社は西武セゾングループの成長とともに独立している。

 バブル期崩壊後、西友は傘下のノンバンク「東京シティファイナンス」が多額の不良債権を抱えることになり、これはのちに西武セゾングループの崩壊の一因となった。

 2000年には中堅スーパー「サミット」を運営する住友商事(東京都中央区)と業務資本提携を締結。食品スーパーの出店を拡大するとともに、2001年には百貨店・岩田屋(福岡市中央区)傘下のスーパー「サニー」を買収、九州内の店舗を大幅に増やした。それらは現在も多くがサニーの屋号で運営されている。

 大きな転機が訪れたのは2002年のこと。住友商事の仲介により米国の大手ディスカウントスーパー「ウォルマート」が西友の株式を6パーセント取得、2008年には同社の完全子会社となった。

 それ以降は大幅なリストラ策が採られるとともにウォルマート流の経営改革が実施され、米国産プライベートブランド「グレートバリュー」の導入、スーパーセンターの出店、折り込み広告の廃止とEDLPへの取り組み、テナントの直営化などを行ったものの経営が悪化。近年は広告を復活させたほか個性的な宣伝戦略を展開、2013年からは西友主導のプライベートブランド「みなさまのお墨付き」を導入、一部店舗では直営売場を減らしてテナントゾーンを拡大するなど、再び「日本流」の経営へと軌道修正されつつあった。

 2018年7月現在の店舗数は、北海道から熊本まで全国335店舗。2018年に入って以降は、旗艦店級の大型店であった「リヴィン姫路店」(姫路市)、「ザ・モール周南店」(下松市)、「佐賀店」(佐賀市)の3店舗を閉店しており、そのうち前者2店舗は西日本を地盤とする大手総合スーパー「イズミ」が継承する予定となっている。

◆「ウォルマート流」が根付かなかった日本市場

 かつての西友の大型店は、百貨店業態やショッピングセンター業態の店舗も少なくなく、また、小さな店舗でもあっても個性的な売場や陳列手法が採られていた店舗もあり、館内には文化ホールやからくり時計が設置されるなど、セゾングループらしい「地域貢献」も見られた。また、傘下に収めたサニーも元々は百貨店「岩田屋」の傘下であり、提案型の食品売場が人気を集めていた。

 しかし、スーパーセンター型のディスカントストアを得意とするウォルマートの傘下となって以降はディスカウント志向の内装へと改装された店舗も多く、海外スーパーで見られるような大量陳列型の什器が導入されるとともに店内装飾が撤去され、節電のために照明が半分ほどに減らされた店舗さえもあった。

 西友は築年数が高い店舗が少なくなく、そうしたディスカウント志向の売場となると「古さ」が余計に目立ってしまう。さらに、プライベートブランド「グレートバリュー」に代表されるような外国産の大容量・大量消費型商品は日本、とくに西友が多く出店する都市部の生活形態には合わず、消費者離れを引き起こした。