告別式を終え報道陣の質問に答える三遊亭小遊三(左)と桂米助(撮影・沢田 明徳)

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 慢性閉塞性肺疾患のため今月2日に81歳で亡くなった落語家の桂歌丸(本名椎名巌=しいな・いわお)さんの告別式が11日、横浜市港北区の妙蓮寺で落語芸術協会(芸協)・椎名家合同でしめやかに営まれた。

 告別式には芸能界、落語界から関係者や一般のファンを含め、2500人が参列した。落語芸術協会(芸協)の会長代行で副会長の三遊亭小遊三(71)は式を終え、「だんだん寂しくなりますね。直後はいろいろと頭を使うので、本当にいなくなっちゃうんだなって、大きな穴が空いたみたいで、とっても不安ですね」と心境を吐露。「うちの協会の看板が無くなっちゃいましたけど、大黒柱が無くなって立ちようがない。よほど僕らがしっかりしないと。(今後については)一生懸命考えたい。とにかくしっかりしないとダメですよ」と言い聞かせるように話した。それでも「本当はいってらっしゃいと言いたい。また帰って来てもらいたい」と本音も隠さなかった。

 歌丸さんの弟弟子となる桂米助(ヨネスケ、70)は「これからでしょうね、寂しさが来るのは…」としながらも「なるべく思い出さないようにしている。思い出すと泣けちゃうから。まだ生きていると思っていないとダメでしょ。いろんなことが思い出に残っちゃう。歌丸師匠、ありがとうございました」と目に涙をためた。告別式では、ファンも多く参列するということで、歌丸さんの落語を流した。小遊三は「鮮やかなものだなと、切れ味はいいし、メリハリはしっかりしているし、しぐさも目に浮かびますよね」としみじみ。それでも、9日と10日に行われた通夜、葬儀では、歌丸さんが好きだったという島倉千代子さんの歌などを流したという。

 米助は「楽屋では歌の話なんかこれっぽっちもしなかった。僕らは歌なんか嫌いなのかと思っていた」と苦笑。小遊三も「笑点の大喜利で歌を歌うを座布団取られましたから」とここに来て、歌丸さんの知らない素顔を垣間見たことに笑顔を見せた。