篠原章(評論家・批評.COM主宰)

 注目を集める沖縄県知事選の投開票日が11月18日と決まった。ところが、11月1日の告示まで4カ月を切った7月10日時点でも、現職の翁長雄志知事は出馬の意思を表明していない。他方、「打倒!翁長」を掲げて県政奪還を目指す野党陣営(自由民主党・公明党・日本維新の会など)もまだ候補者を絞り切れていない。

 今回の知事選にはこれまで以上に重要な意義がある。1972年の本土復帰以来、5期50年にわたって実施されてきた沖縄振興計画(沖縄振興予算)が、2022年度から「第6次」という新たな局面を迎えるからである。

 新知事はこの第6次沖縄振興計画に主体的にかかわり、その質や規模の決定に関与することができる。これまで約12兆円の沖縄振興予算が沖縄県に投入されてきたが、前例に倣えば、2022〜31年までの10年間について、新たに約3兆円に上る補助金が給付される可能性が高い。

 こうした補助金を減額または増額するのも、また生かすのも殺すのも、知事の考え方一つである。沖縄振興予算が、明治以降の沖縄の経済的遅れや沖縄戦、戦後米軍統治に起因する沖縄の社会経済基盤の脆弱(ぜいじゃく)性を取り除いてきたことは確かだが、社会経済基盤が本土並みに整った2000年代以降も継続されており、今や「基地負担の代償」と見なされている。

 その結果、目的や効果が不明確・不透明な使途が増え、単なる無駄遣いと批判される支出も多い。こうした補助金は、沖縄経済の自律的発展を妨げるばかりではなく、基地反対運動に対して補助金獲得のための「圧力装置」としての性格すら付与する結果となっている。 次期知事には、こうした現状を理解した上で、沖縄振興予算を大胆に改善または見直しできる人材が求められている。このような人材が現れない限り、沖縄県はいつまでたっても「基地と補助金との間で揺れ動く島」から抜け出すことはできない。

 第三次沖縄振興計画以降(1992年〜)でいえば、革新系の大田昌秀知事(在任期間90〜98年)の時代に、基地反対の姿勢が補助金増額のための政治的圧力として露骨に作用するようになり、保守系の稲嶺惠一知事(同98〜2006年)と仲井眞弘多知事(同06〜14年)の時代には、大田知事自体に比べて補助金はむしろ抑制される傾向にあった。保守系の一部と共産党、社民党、連合沖縄などの支持者を「オール沖縄」として糾合して当選を果たした翁長知事(同14年〜)は「基地反対が補助金を増やす」と言い切っており、沖縄経済の補助金漬けを促進する側に立った知事であることは疑いない。

 前述の通り、病気療養中の翁長知事の知事選に臨む姿勢は、現在明らかにされていないが、翁長知事が立つにせよ翁長知事の後継者(目下、謝花喜一郎副知事などの名が挙がる)が立つにせよ、次期沖縄振興計画の改善や見直しを掲げる可能性は小さく、これまで通り「辺野古反対か容認か」のワンイシューで選挙戦を戦うことが予想される。

 というより、前回知事選で翁長県政を誕生させた「オール沖縄」自体が、「辺野古反対」という一点においてのみ共闘する組織なので、彼らから辺野古を差し引いたら何も残らない。

 おまけに「オール沖縄」からは、経済・経営に通じた保守派がすでに離脱して組織的にも大幅に弱体化しているため、第6次沖縄振興計画や沖縄の未来について構想する力など皆無である。2月に行われた名護市長選以降、県民の「辺野古離れ」「辺野古疲れ」があらわになっており、米軍基地の有無やその増減を争点にするだけで県民の心をつかむのは極めて難しい情勢だ。

 したがって、現段階ではどちらかと言えば反翁長陣営に分がある。だからといって、彼らが「基地と補助金との間で揺れ動く島」から脱却できる知事候補を選ぶことができるかどうかは未知数だ。

 自民党沖縄県連は、3月に知事選の候補者選考委員会を立ち上げ、当初の会合で名の挙がった15人程度の候補者を5月中に4人程度までに絞り込み、6月には最終候補を指名する方針だったが、6月末の時点で合意形成には至らなかった。

 候補は、高良倉吉元副知事、川上好久元副知事、安里繁信シンバネットワーク代表、佐喜眞淳宜野湾市長の4人に絞り込まれていたが、安里氏以外は立候補に積極的でなかったという。にもかかわらず、一部の県連幹部が「佐喜眞淳宜野湾市長が最有力」と発言したと伝えられ、ちょっとした混乱が生じてしまった。  ところが、「佐喜眞氏最有力」と報道されたことで、関係者に大きな不信感を抱かせてしまったのである。発言した幹部に近い筋からは、「自民党本部、官邸、業界団体、公明党、日本維新の会との調整の上決まったことをリークしただけ」という声が聞こえてきたが、他方で「県政への影響力を保持したい仲井眞前知事などの意向を反映した発言で、選考委員会を軽視する行為」という批判も起こった。 

 特に強く反発したのは、立候補に強い意欲を示してきたにもかかわらず、最終選考の4名に残らなかった古謝景春前南城市長だ(1月の市長選で落選)。古謝氏は、選考委員会の決定を待たずに、7月1日、知事選への立候補を正式に表明した。

 安里氏の支援団体(「新しい沖縄を創る会」)も「選考委員会の運営が不透明である」として、選考委員会の決定の如何(いかん)にかかわらず安里氏に立候補するよう要請し、安里氏側もこれを受諾、7月2日に立候補を表明した。

 7月9日には、選定委員会が佐喜眞淳宜野湾市長に出馬要請を行い、佐喜眞市長は前向きだという。ところが、佐喜眞氏の後援会は、佐喜眞氏が立候補する場合に行われる宜野湾市長選挙で自民系候補が勝てる保証がないこともあり、知事選への出馬には消極的だと伝えられている。

 「保守乱立選挙になったら翁長陣営に負ける」との懸念もあるが、「最終的には佐喜眞、安里、古謝氏の間で一本化に向けた調整が行われる」という楽観論もある。7月末までには何らかの「決着」が見られる可能性もあるが、決して予断は許さない状況だ。

 筆者がここで問題視したいのは、「翁長知事さえ倒せればOK」といわんばかりの自民党県連の姿勢である。選考委員会において候補者の理念、政策、指導力などをめぐる議論が行われた形跡はない。

 政治的な力関係、組織益、既得権益ばかりが尊重されて、第6次沖縄振興計画や安保政策への姿勢はもとより、「沖縄をどう変えるのか?」というビジョンを欠いたまま候補者が選ばれても、「基地と補助金との間で揺れ動く島」からは決して脱却できない。それどころか、「第二、第三の翁長知事」の出現を許すことになりかねない。 確かに自民党にとって翁長知事(またはその後継者)を倒すことは重要だろう。しかしながら、第6次沖縄振興計画を控えた今回の選挙では、「沖縄をどう変えるのか」というビジョンを掲げた候補を選ぶことが勝利への第一歩であり、そうしたビジョンを前提に選挙戦を戦えば、未来は自(おの)ずと開かれるはずだ。「前に進む沖縄」を選ぶのか、「後ろに下がる沖縄」を選ぶのか。今回の知事選の争点はまさにそこにある。