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売れるお笑い芸人に共通するものは何か。バラエティプロデューサーの角田陽一郎さんは、「売れている芸人さんは、みんな頭がいい。そのなかでも一番は、明石家さんまさん」といいます。視聴者には見えない、明石家さんまさんの真の“頭の良さ”とは――。(第4回、全5回)

※本稿は、角田陽一郎『運の技術 AI時代を生きる僕たちに必要なたった1つの武器』(あさ出版)の一部を再編集したものです。

■さんまさんの恐ろしい洞察力

明石家さんまさんは、よく「頭がいい」と評されますが、そこには2種類の「頭がいい」があります。

ひとつは、視聴者に見せる頭のよさです。たくさんの芸人や俳優や文化人を相手にしての神業的なトーク回しや、天才的な切り返し。ものすごく頭の回転が速い、ものすごく脳の運動神経がいい人でないと、あんなことはできません。

そしてもうひとつは、視聴者に見せない頭のよさ。

僕はどちらかと言えば、こっちの面で、さんまさんは、僕がお会いした人のなかで一番頭のいい人だと思っています。

それは、「何かを理解してもらうのに、説明量が圧倒的に少なくてすむ」からです。

さんまさんは、説明しなくてもわかる人。番組の企画書を見せて「これ新しい企画です」と言うと、僕らスタッフがほとんど何も説明してないのに、ちらっと企画書を一瞥して「ふーん、○○やろ」。これが毎回、企画のど真ん中をついています。

一度、「なんで企画の狙いがわかったんですか?」と聞いたら、「お前らの考える企画なんて大体そんなもんやろ」と言われました。恐ろしい洞察力です。

■売れっ子は最小の情報で理解する

どんな環境でも、言ったことを全部笑いにしてしまう天才・ザキヤマ(山崎弘也)さんも、説明しなくてもわかってくれる人です。「今回この番組は、これこれこういうノリです」なんていちいち説明しなくても理解してくれる。さすがです。

ディレクターが若手であればあるほど、演者さんに企画を細かく説明しようとします。司会の進行がこれこれこうで、このタイミングで入ってきていただいて、など。でも売れているタレントさんは頭がいいので、そんなこと説明しなくてもわかっています。

だから売れているタレントさんに対する僕の説明は、必要最小限。「コンセプトは○○です。VTRを見ていただきますが、おもしろくなかったら笑わなくていいですよ」とかなんとか。彼らは「そうか、角田は今回のVTRに自信があるんだな」と理解してくれる。さんまさんには、その最小限の説明すら、必要ありませんが。

結局、「頭がいい」というのは偏差値や知識の量ではなくて、本質的には「洞察力」や「想像力」なのではないでしょうか。

■「今までになかった=おもしろい」ではない

よく放送作家と話していて、「こういうの一番ムカつくよね」と意気投合するのが、「SMAPと嵐のガチンコ相撲対決みたいなことをやったら、絶対視聴率が獲れます」みたいな企画書です(もちろんSMAP解散前の話です)。

いやいや、そもそもその2組を同じ番組でキャスティングできないですから!

こういう企画書を書いてくる人は、えてして悪人ではなく、むしろ優しくて素直な人格の持ち主なのですが、「今までになかった、想像を超えたものこそおもしろい」と勘違いしています。

でも本当はそうではなくて、「想像できるものじゃないと、おもしろくない」。現実的に形にならないものは、おもしろくならない以前に、ビジネスとして成立しないのです。

■想像力こそが仕事の武器

この話をする時に思い出すのが、あるスタッフの話です。彼は現場で「信用できない」「嘘つき」などと言われていました。

彼はとある芸術家に喜々として「1万色の新しい絵の具を使って、あなたが思い描く絵を番組で実現します」と提案しました。彼にしてみれば、芸術家に対する無邪気な最大限の賛辞として「1万色」と言ったのだと思いますが、実際用意するとなったら、絵の具1色を作るのに1000円かかるとすると1000万円もかかります。

そんな制作費が捻出できるわけがありません。彼は善人ではありましたが、想像力がなさすぎました。結果、周囲から見れば「嘘つき」というわけです。

僕らテレビマンが心がけるべきなのは、むしろ「手持ちの絵の具が12色しかないけど、どうやって表現豊かな絵を描けるか」を考え抜くこと。1万色だの、SMAPと嵐で相撲だのといったことを軽々しく言うほど想像力のない人に、「創造」力なんてあるわけがない。彼らは想像を超えたところにゴールがあるなんて思っていますが、ゴールは僕たちが想像する脳内にしかありません。

余談ですが僕も以前、あるタレントさんのマネージャーから「お前は想像力がない」と怒られたことがあります。でもそれは「1万色絵の具」の彼とは違います。なぜなら、僕は怒られることまでコミコミで想像していたから。

そのマネージャーの言う通りにやったら番組が成立しないから、彼に怒られることまできっちり想像力を働かせたうえで、適度に怒られながら「すみません」と言っているわけです。想像力こそが仕事の武器なのです。

かつてTBSで人気を博したバラエティ番組『ガチンコ!』のなかでも特に人気だったコーナーが、不良少年たちをプロボクサーに育成する「ガチンコ・ファイトクラブ」です。

ここでは毎回のようにヤンキー少年同士が一触即発のケンカ状態になっていて、そのギリギリ感、ヤバさが視聴者を惹きつけていました。

僕が『ガチンコ!』のディレクターから聞いて「なるほどな」と思ったのが、「彼らがカメラの前で殴っちゃったら終わりなので、ケンカが殴るまで発展しないようにするのが一番むずかしい」という言葉でした。

「なんじゃこりゃあ!」「てめえこの野郎!」と激しく威嚇しあい、CMを挟んでもまだ引っ張ってそれをやっている。これが延々続くから視聴者は目が離せなくなるわけですが、殴ってしまったらもう引っ張れません。それで終わりなのです。

だから、『ガチンコ!』のスタッフには(もしかしたらその不良少年たちにも)、ものすごい想像力があったのです。それ以上煽ったら、それ以上相手を罵倒したら、殴りかかってしまう。その想像力を働かせて、ギリギリで止める。だから番組は成立しました。

いじめによる自殺、先生に叱られることによる自殺も、「これ以上やったら自殺しちゃうかも」という想像力の欠如が招きます。

■不運は想像力で避けられる

もっと大きく言えば、国家間の戦争もそうでしょう。外交上のハードネゴシエーションの範疇に収まらずにミサイルが発射されてしまうのは、ミサイルを打ち込まれた国の指導者が加減を知らなかったから。「これ以上相手国を追い込んだらミサイルを撃たれる」という想像力が足りないのです。逆に言えば、想像力によって戦争は根絶できるのかもしれません。

誰かを「からかう」「いじる」のもそうでしょう。

いくら場が盛り上がっていて、本人が「おいしい」と感じているようにはたから見えたとしても、限度を超えれば本人にとってそれは苦痛となり、職場や学校に来なくなってしまう。想像力がないから、加減がわからない。本当にいやがっているということを察知できないのです。

物事は杓子定規に「OK」と「NG」で白黒つけられるものではなく、その中間に「遊び」や「閾値(いきち)」のようなものが存在します。それがどれくらいのものなのかを測る想像力があれば、「一線を超えたことで降りかかってくる不運」は避けられるのです。

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角田陽一郎(かくた・よういちろう)
バラエティプロデューサー
1970年、千葉県生まれ。東京大学文学部西洋史学科卒業。1994年、TBSテレビ入社。『さんまのスーパーからくりTV』『中居正広の金曜日のスマたちへ』『オトナの!』などの番組を担当。2016年にTBSテレビを退社し、独立。著書に『13の未来地図 フレームなき時代の羅針盤』(ぴあ)、『「好きなことだけやって生きていく」という提案』(アスコム)などがある。

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(バラエティプロデューサー 角田 陽一郎 写真=iStock.com)