東京海上は2017年6月に、東京海上日動本社ビルの社員食堂内に「TMBS MARINE cafe」をオープン。障がいのある社員4名が働いている(撮影:梅谷秀司)

障害者雇用促進法改正を受けて、2018年4月1日から精神障害のある人の「雇用義務化」が始まった。
「障害者雇用促進法」では、障害者の雇用義務が事業主にあるが、これまではその雇用対象は「身体障害者」と「知的障害者」に限られていた。今回から適用された「精神障害者」の対象は、精神疾患を抱えるすべての人たちとなる。中でも、「発達障害(自閉症スペクトラム、学習障害、注意欠如多動性障害等)」が、今回の法改正の対象者として入ってくる。
この連載では、発達障害者の雇用に取り組む各社の実際についてレポートする。

なぜ発達障害を中心に雇用するのか?


この連載の一覧はこちら

パソコンの映像画面を真剣な眼差しで集中して眺めては、シートに何やら書き込んでいく男性社員。彼は、ドライブレコーダーのデータを解析しているのだという。

「ドライブレコーダーの画面を見ながら、交差点などで人や車が出てきたり、車が停止しなければならい場所で急ブレーキをかけたりなど、事故につながりそうな場所をピックアップしていきます。

ご契約いただいているお客様によって運転の特徴などがあり、指摘する箇所はそれぞれ違いますから。パソコンも好きですし、自動車が好きということもあり、この仕事には満足しています。それと日本全国それぞれの地域を見ていられるっていうのはいいですね。いろいろな地名や地域を見ていられるというのが好きなんです」

そう語るのは、東京海上グループの特例子会社「東京海上ビジネスサポート」のオフィス・サービス部の新堀隼さん(41歳)である。見た目だけでは発達障害者ということはわからないが、発達障害の中の学習障害だという。


東京海上ビジネスサポートのオフィス・サービス部で働く新堀隼さん(撮影:筆者)

同社では308人の従業員のうち、155名が障害者だ(2月1日現在)。精神保健福祉手帳保有者が81名で、そのほとんどが発達障害者である(その他、知的障害が70名、身体障害が4名)。

新堀さんは2007年に人材派遣業務を行っている「東京海上日動キャリアサービス」に入社した。2010年になって「東京海上ビジネスサポート」が設立されたときに異動した。名刺印刷などの事務業務を経て、現在はドライブレコードを解析するという業務についている。

「彼には学習障害があり、漢字、文字があまり得意ではありません。しかし、Excelとか数字にものすごく強いのです。高校卒業後は自動車整備工場に就職しました。そこで発達障害を指摘されて別の特例子会社に就職し、その後2007年に前の会社に入社し、現在に至っています。今の仕事は、彼の特性を活かした仕事になっています」

そう語るのは、同社の3代目の取締役社長、堀内武文さん(62歳)。障害を持つ社員のキャリアについて、深い知見を持っていた。

東京海上グループは、従業員3万人を超える日本を代表する大企業だ。2011年に東京海上グループの社内物流と印刷などの業務を行っていた「東京海上日動オペレーションズ」と、ノベルティー事務用品の販売などのオフィス・サービスを行っていた「東京海上日動コーポレーション」が合併し、現在の特例子会社の体制となった。

「2008年当時の東京海上グループでは、グループの中で10社が法定雇用率に達していませんでした。そこでグループの方針として、障害者雇用に積極的に取り組む方針を決めました。法定雇用率にとどまらず障害者を広く受け入れ、多様な人材が生き生きと働いている企業を目指すビジョンを2008年に掲げました。それを踏まえて当時、就労機会に恵まれなかった、特に発達障害の方と、知的障害の方を中心に雇用創出をしていきたいという考えから、この会社を2010年に設立したのです」(堀内社長)

これからの特例子会社の課題

今まで東京地区では多くの社員を特別支援学校の職業教育を受けている生徒から採用しているが、今後は、法定雇用率の上昇も鑑みて、大卒の新入社員も考えていきたいという。実際、今年1名採用しているが、現実はなかなか厳しいようだ。


取締役・業務支援部長兼オフィスサービス部長の山田一也さん(撮影:梅谷秀司)

「大学側とパイプを作っていくことが大事ですね。大学によっても障害者の就職に関してはだいぶ違いがあり、誰が障害者かということさえもわかっていないところもあると思います。

就職活動する中で、壁にぶつかってしまうという学生もおり、初めてそこで発達障害とわかったという方もいらっしゃるようです。適性のある人はこういった仕事をやっているんだということを理解していただき、学生を紹介してもらえればありがたいです。

就労支援施設は実習を行いますが、大学生は卒業するタイミングになっても、われわれの仕事に合うかどうかという見極めがなかなか難しいところもあるのが課題だと思います」(取締役 業務支援部長兼オフィスサービス部長 山田一也さん)

同社にも大学を卒業した後、一般企業に就職したのだが、人間関係でつまずいてしまって入社してきた軽度の知的障害と発達障害の人が数名いるとのことだ。大卒の新卒入社の障害者をどのように考えていくのかについて、まだ答えが出ない状態だという。

「私どものような特例子会社で良いのか、それとも一般企業の中で障害者枠で入社して健常者と一緒に仕事をしたほうがよいのかというと、まだちょっとわからないところがあります。東京オフィスだと、軽度の知的障害と発達障害の方がフロアで40人くらいいますが、ほとんど高卒の方です。これから大卒で新卒の障害者が入ってきたときに、どのような仕事を用意できるか、業務内容や処遇とかについても、考えなければならないことが多いと思います」(山田部長)

現状は議論の最中であり、なかなか答えが出せないという。通常の一般企業であれば、高卒と大卒を比較すると、大卒のほうが処遇が良いのが当然だが、同社の場合ではむしろ就労支援を受けた高卒や特別支援学校卒業の人のほうが、即戦力となることが多い。したがって大卒の処遇を良くしてしまうと、仕事のスキルと反比例してしまう問題も出てくるため、それはなかなか難しいという。

会社側も試行錯誤しているところだが、これから大卒で就労しようと発達障害者の人は、卒業後に就労支援機関で職業訓練を受けてから、入社するということも視野に入れたほうがいいかもしれない。

特例子会社はグループ内での理解が重要

それでは、東京海上グループ全体での理解度はどれほどなのだろうか。

「法定雇用率を満たすことだけではなく、障害を持つ社員が生き生きと働けるように、どのような仕事を担ってもらえるかを考えています。特例子会社だけで仕事を考えるのではなく、東京海上グループという広い視点で、です。

具体的には東京海上日動の各部門の担当者が集まってプロジェクトチームを作って、どのような業務を切り出すことができるか毎月検討しています。たとえば、グループ外にアウトソーシングしている仕事で、特例子会社でできる業務があるかどうかを話し合います。また、障害を持つ方が高い品質で仕事をするにはどうしたらよいかといった業務プロセスなども、その場で打ち合わせをしています」(東京海上ホールディングス人事部マネージャー本橋卓也氏)

東京海上ホールディングスは、「1番大切なのは、法定雇用率だけに振り回されず、就労した人が長く働ける環境を作っていくことだ」という。

雇用する側とされる側。どちらも歩み寄りながら、発達障害者の特性を生かしたトライアルを積み重ねていっているというのが、今の実態なのだ。