”正しい働き方”に未来はない。みうらじゅん流「ない仕事」の作り方。

写真拡大 (全10枚)

みうらじゅんは言う。「好きなことを仕事にするなんてつまらないじゃないですか」。自ら企画を立ち上げ「マイブーム」を仕掛けてきたこの異色の人には、就職した経験はない。ひとりで企画し、宣伝し、仕事を作っていく。「やりたいことをやるなら勝手に個人でやれ。そうハッキリ言われた気がしました」

私たちと少し違った生き方をする人たちに話を聞き、これからの働き方を探る「アウトサイダーの労働白書」。第3回は「ひとり電通」を名乗り「ない仕事」を作り続けるみうらに“正しくない働き方”を教わった。

「アウトサイダーの労働白書」一覧
みうらじゅん 漫画家、イラストレーターなど。1958年生まれ。京都府出身。武蔵野美術大学在学中の80年に漫画家デビュー。82年に「ちばてつや賞」を受賞。97年「マイブーム」で新語・流行語大賞受賞。また「2005年日本映画批評家大賞功労賞受賞。"ゆるキャラ"の名付け親としても知られている。著書に「『ない仕事』の作り方」(文芸春秋)「見仏記」(角川文庫)シリーズなど多数。
■「やりたいなら勝手にやれ」そう言われた気がした
―みうらさんに働き方について伺いに来ました。
最近は残業を減らすとか国がいろいろやってるんでしょ?提案だけにならなきゃいいですけどね。ちょっと前にゆとり教育なんてあったけど、そのあと放ったらかしでしょ。なんかひらがなにすれば受け入れられると思っちゃってる節もあるし。

とにかくひらがなには気を付けたほうがいいですよ。必ず何かやましい部分があるに違いありませんから。僕もひらがな名ですけどね(笑)。
―就職活動は経験されましたか?
サンリオとシンコーミュージックを受けました。こんな僕もしたんですよ、ちゃんと就職活動。しかも受かる気満々だったんです。でも、サンリオの面接で牛のグッズ作りたいんです、って言ったら面接官がニコニコしながら「そういうのは自分でやってください」って(笑)。

シンコーのときは「ミュージック・ライフ」の編集部に漫画を持っていきました。きっと本当は美大の卒業制作とかを見せるべきなんでしょうけど、僕はそんなの全然やってないし、漫画しかなかったので。そしたら面接官がやっぱりニコニコして「がんばって漫画描いてください」って。

今考えると、どちらの会社もすごく正しいことを言ってたわけです。自分のやりたいことを押し付けられても、会社としては困りますもんね。やりたいことをやるなら勝手に個人でやれ。そうハッキリ言われた気がしました。もう40年ほど前の話ですけどね。

それからはイラスト描いたり、いろいろ企画したり。自分でやっていくことにしました。
―みうらさんの場合と違って、最近の企業は個性や創造性を重視するようになっているみたいですが。
「あなたが燃えているものはなんですか。それもないならクリエイターとしてダメですよ」って言われちゃうみたいですね。「マイブームはなんですか?」みたいに。そんな言葉を作ったのは、まあ、僕なんですけど(笑)。

面接する側も大変ですよね。昔、知り合いが講談社で編集長をやっていたときに、入社希望者に聞かなきゃいけなかったんですって。「今のマイブームはなんですか?」って。どれだけ試験がうまくいってもここが結構重要で、自分の考えとか概念みたいなものを持ってなきゃいけないと。その知り合いにも「こんな面倒なことになったのはアンタのせいやで」って責められましたよ。

でも、そもそも燃えるものって、出そうと思って出るものじゃないでしょ。「勉強」して湧き出させるものでもないし。誰かれなしに「一生懸命に努力して見つけなさい!」ってムリがありますよね。

結局、マイブームって何だっていいんですよ。あまりこだわらないほうがいい。こだわりのある人ってめんどくさいじゃないですか。よかれと思って、こだわりをみんなに紹介する。それは趣味と似てウザいんじゃないですかね。

趣味の話ってウザいじゃないですか。「俺がどれだけゴルフが好きか」を延々と語られても困りますから。
■「俺」という言葉はウザい
―いまのみうらさんのマイブームは?
今は「打ち出の小づち」をやってるんですけど。飲み屋で知り合いにプレゼンすると当然、最終的には「もうそんな話はいいよ」ってなる。でも、その「もういいよ」までにどれだけしゃべれるかが勝負なので。でもそのときに「俺が」って言葉を前置きすると、相手はとたんにウンザリ顔になる。

あのね、神戸に打出(うちで)駅ってあるんですよ。そもそも「打出の小槌駅」って名前だったのが、省略されたんだと思うんですよね。

それからマイティ・ソーっているじゃないですか。アベンジャーズの仲間に。あの武器はどう見ても小づちでしょう。アイアンマンとかすごく科学的な光線出してるのに、あの方は小づちで戦ってらっしゃる。アベンジャーズって、ルーツは七福神じゃないですかね。きっともともとは7名だったんですよ。小づちを持つソーは大黒天。大黒天はヒンズー教でシバ神の化身、マハーカーラですから。

こうやって宗教の話になり始めると、みんなだいたい「もういいよ」になりますね。今みたいに(笑)。
―以前にマイブームとして「海女」も仕掛けておられましたが。
僕ね、海女が苦手だったんですよ。高校のころよく見てた日活ロマンポルノが3本立てで。3本の中に必ず「海女もの」が入ってる。だいたいパターンは同じで、アワビを背負った海女に、村のエロオヤジが「お前のアワビも見てやろうか」って言ってくる昭和エロ。「サムイなこの映画」って思ってたんですけどね。

あの「海女もの」ってたぶん戦後、外国人に向けた絵ハガキが発祥なんじゃないかと思うんです。その後にいろいろ調べて千葉の御宿(おんじゅく)とか岩手とか周ってたんですけど、トップレスの海女の絵ハガキがよく売ってた。今で言うところのグラビアに当たるんですね。

そんな絵ハガキを集め出すとね、すっかり海女が好きになっちゃってる。海女の人形とかたくさん買っちゃって。いろんな人に「これからは海女が来る!」なんて伝えていたもんですよ。雑誌にもずいぶん書きました。それでも海女ブームが来ないのは、漢字だから悪いんだって思って。「AMA」って横文字にして、ANAみたいに。でもちっとも来なかった(笑)。
―その後に朝ドラの「あまちゃん」がはじまって……。
(脚本の)宮藤官九郎さんから、海女ものをやると聞いたとき「来た!」と思いましたね。また海女さんがいる街を旅して「来年くるから」っていろんな人に言って回った。

でもやっぱり「俺が」が入るとちょっとウザい。「俺の海女」にならないように気を付けてましたね。海女の世界が面白いんだもん。僕が面白いわけじゃない。
■趣味はお金にならないですよ
―その、趣味というか、好きなものを仕事にするのも最近では「いいよね」とされているんですが。
趣味はお金にならないですよ。趣味でお金をもうけてる人なんていないでしょ。

僕の場合は、興味のないものを好きになるために「自分洗脳」をします。ある種、修行ですよ。ゴムのヘビとかワニとか大量に集めてたんですけどね、当初はそんなの興味なかったけど、好きになるように自分で仕向けました。ヘビやワニって神の使いじゃないですか。
―ワニもそうなんですか。
ワニはクンビーラといって、これまたヒンズー教の神様なんですよ。日本だと金毘羅さんって言われてますけどね。

いろんな参道の露店を通るとなぜかゴムのヘビとワニが売ってて。もともとは意味があったんでしょう。それがゴムになってワケの分かんないことになった。

タイに行ってもインドに行っても土産もの屋に売ってるんですよ。ほかの動物でもいいのに、ワニとヘビの2種がメイン。これを知ったときはすっごいアドレナリンが出て。「また一歩、柳田國男に近づけた!」って。
―民俗学的にも正しいと。
いや、調べてはいませんけど(笑)。
■バカにされる、という考えが保身に
―「自分洗脳」って簡単にできるものですか?
時間は掛かりますよ。だんだん年を取ると頭が固くなるから。ムダとか意味のないことに対して、すごく冷静になっちゃう。だまされる、バカにされるって考えて保身が働いちゃうんじゃないかな。

子どもの頃ってそれがないから、親がアタフタする状況でも平気で「うんこ」「ちんちん」って叫んで大笑いできる。
―「自分洗脳」を仕事に応用できないですか。例えば、ネジ工場で働くネジが嫌いの青年とかに。
おねじ、めねじってあるでしょ。棒状のほうがおねじで、筒状の入れるほうがめねじ。あれってもろセッ◯スの話ですよね(笑)。

「おねじ、めねじってモロだろ!」って、小さい頃から気になってしょうがない。差し込むほうが「お」で、差し込まれるほうが「め」って。そう考えるとネジにも深い世界があります。
―日々、セクシャルな現場にいると考えれば意識も変わるという意味でしょうか。
差し入れるのが楽しくなる。「差し込んでみませんか? ネジを」ってキャッチコピーを見たらニヤッとする人もいるかもしれないでしょ。
■サラリーマンは自分を一度“切った”んだ
―話を戻しますが「自分洗脳」には、子どもの発想を忘れてはいけない、と。
小さい頃にあった発想を忘れちゃったのか、それとも最初からなかったのか。でも、あるとき「ここからは冗談の世界じゃない」って線引きする時期が来て、新しい人間に変わろうとするんでしょ。
―みうらさんは変わらずに来た人という印象です。
僕は会社に入ろうと思ったら「アンタひとりでやってくれ」って追い出された側だから。でもみんな追い出されないように変わろうとがんばる。「サラリーマンは大人」って概念で始めてるから。

「サラリーマンはそういうことしない」「大人ならしない」って考えて、自分を延長してない。きっと就職したタイミングで、自分のことを1回“切った”んじゃないですか? 子どもみたいなことを言う人間は必要ないと考えちゃった。

ただ気を付けなければいけないのは、反対に「装う」やつも出てくるということです。
―装う?
昨今の若いIT社長で、女優とかアイドルとかこましてるヤツがいるでしょう。「少年心を失わない」をキーワードにして。あれウソじゃないの?

結局「少年心を失わない大人」ってことで、こっちは「大人になれなかった子ども」なのに! そういう人たちは女の人がそういうのに弱いのを知ってるんでしょ。
―でも、女性側も見抜いていそうな気もします。
「少年っぽさ」を大切にしながら「絶対大人じゃないとイヤ!」っていうのは絶対条件でしょ。ちゃんとカネを稼いで、デキる人で、かつ少年心。男なんて女の人の手のひらの上ですよ、初めっから。
―あらためてお聞きますが、趣味は仕事にしないほうがいいですか?
趣味を仕事にしたってつまんないもん。みんな考えそうなことじゃないですか。それに優劣がつくから、みんなで楽しくやれるかも疑問だし。

やっぱり比較するから怒るんですよ。そこは「自分の過去」「親」「友達」と比べない「比較三原則」でいかないと。

僕より「打ち出の小づち」にやたら詳しい人がいても、ネジに詳しい人がいても、まったく悔しくないのは「人と比較しなくても楽しいものが見つけられる」ってジャンルがあるからなんですよ。
―なるほど。
直接的な「核」みたいなものだとダメ。「俺のほうが強い、弱い」「多い、少ない」とか比較になっちゃうので。「え? そこなんだ!?」ってデリケートゾーン。怒られないデリケートゾーンを突いていきましょうよ。
■正しいことを言い合っても面白くない
―以前、みうらさんは『「ない仕事」の作り方』という本を出されていました。
はい。
―「ゆるキャラ」など、まだジャンル分けのなかったものを世の中に仕掛け、ないところから仕事を作ってきた手の内を明かしました。ああいう本を出したこと自体、驚きだったのですが。
僕、もう100冊以上の本を出したんですけど、タイトルにひとつもなかった文字が「仕事」だったんですよ。みんなが興味あるのって、やっぱり仕事なんですよね。

仕事として「ない」んだけど、「あるように思える」ということがあの本の趣旨で。ないことをさもあるように見せてプレゼンする方法を書きました。あえてビジネス書みたいな体裁でね。

「これがビジネス書のところに置かれてたらおかしいな」と思ってたけど、やっぱり置いてありましたね(笑)。
―実際にビジネス書として読める側面もあります。
「一見ふざけた内容だけど、ここにキモがあるんじゃないか」って目ざとい人もいて。実際、「俺はわかる! ほかの人は気が付いてないんですよ!」って言ってくる方もいました。

「俺は孤立してるから」って言いたいんでしょうが、勤めている限りはなかなかアウトローにはなれないもんです。
―「ない仕事」を生むためにはどうしたらいいでしょうか。
全ての会社に当てはめることはないけど、「ない」ことを「ない!」って打ち消してしまったら、本当にその通りになっちゃう。それよりは「この雑巾、まだ絞れんじゃねえか」って考えてみると、面白さが出てくるんじゃないですかね?

そのしぼり汁って、きっとみんなが「やりたくなかった仕事」ですよ。クサイし。ただ、それはないだろ、って否定したものを改めて考えるのは大事で。

そりゃ、みんながみんなやりたい仕事ができればいいですよ。したくない仕事はしたくない。でも、それはあまりに「正しすぎる」から。正しいことがつまらないな、って考えないと先はないと思います。
―正しすぎる社会はつまらない。
僕は世の中のことあんまり分かりませんけど、今の子のほうが昔より確実に賢いですよ。漫才ひとつ取っても、今のほうがはるかに面白い。僕らの頃なんか、お笑いに浪曲とか入ってたんですよ? なんでそれが面白いのか全然わからずに見てたし(笑)。

逆に大変ですよね。フツーに面白いし、正しいし、賢いから。トンチンカンなことが生まれなくなって、今は難しいんでしょうね。
―正しくないと責められる、という風潮はあるかもしれません。
正しいとおかしさが入りにくいんですよね。「人間はいずれ死ぬから」って言われても「はぁ…」って感じでしょ? 面白くもなんともない。笑いも起きない。

小学生のとき、読書感想文で「青い鳥」が課題図書になって、エライ人が書いたあとがきの1人称を「僕」に直して提出したら最優秀賞もらったんですよ。図書券いっぱいもらって「バレんじゃねえかな?」ってドキドキしたけど、一切バレなかった。あとがきなんて誰も読んでないんです。正しいことってそんなものじゃないですか(笑)。
―ちょっと話の落としどころが分からなくなってきました。
もうそのまま載せちゃってください。落としこんだとこだけ書いても、読んだ人には伝わらないでしょ。だって、これも「ないインタビュー」なんだもの(笑)。これ、「そんなの誰にも当てはまんねぇよ」って話なのかもしれない。

「好きなことをして自分らしく生きる」って正しいんでしょうけど「できる、できない」って正しいことを言い合っていても、前には進めないですもんね。

でもこの記事を読んでる人の中には「俺には分かる」っていう人がいて。そういう人って以前より多いと思うんですよ。ひと握りじゃない。それは世の中に賢い人が増えたっていう証拠なんでしょう。
―「正しい人」の「正しい働き方」はたくさん世に出回っているので、今回はそのまま載せます。
まあ「なんかよく分からない人が熱く語ってた」ってコーナーということで。いいんじゃないでしょうか(笑)。

企画・インタビュー・文=森田浩明
写真=西田周平
デザイン=桜庭侑紀
「アウトサイダーの労働白書」一覧