日本人初のダブルス世界ランク1位など、日本を代表する女性アスリートとして34歳まで活躍した杉山愛【写真:Getty Images】

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連載「私とカラダ」―流産、不妊治療を経験し40歳で母に…杉山愛さんが悩んだ経験

 男子選手とは異なり、女子アスリートが抱える体の悩みについて考える「THE ANSWER」の連載「私とカラダ」。今回は元プロテニス選手の杉山愛さんが登場する。ダブルスで達成したグランドスラム優勝4度は日本人歴代最多。日本人初のダブルス世界ランク1位に君臨するなど、34歳まで第一線で活躍した。

 女子アスリートとして体とどう向き合うべきなのか? 常に体を酷使し、世界のトッププレーヤーと戦ってきた杉山さんが、そのことに向き合ったのは、引退後の苦しい経験や学びがきっかけだったと話す。日本を代表する女性アスリートとして一時代を築いた杉山愛さんが、自らの経験と未来を語る。

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 プロテニスプレーヤーは年10か月半がシーズンです。シーズンが長い上、どの試合にもピークを持っていかなければならない。そのためには、月経とうまく付き合っていくことも大切でした。

 幸い私は、月経による痛みや不調はほとんど出ないタイプ。重い月経痛に苦しむ選手も見ていたので、本当にラッキーでした。とはいえ、プロテニスは0コンマ何秒の反応が勝負を分ける世界。特に私はビッグショットではなく、体のキレやボールに対する反応の良さが持ち味だったので、軽い症状でもパフォーマンスに影響が出てしまう。腰が少し重いな、という時はボールへの反応がやや遅くなるため、鎮静剤を飲んで症状を抑える、反射のトレーニングで体に刺激を入れるなどその都度調整し、試合に向けて準備をしていました。

 私が初めて婦人科の検査を受けたのは20代後半。所属していたWTA(女子テニス協会)が設けていた医者との面談がきっかけです。プロテニス界はグローバル社会。欧米諸国の選手も多いため、女性選手に対しての体のケアも進んでいました。

「ちゃんと検査を受けている?」と聞かれ、「受けていない」と言うと、その場でアポイントメントを取り付けてくれ、検診へ。当時27、28歳でしたが「内診は初めて」と伝えたら、とても驚かれました。日本は現在でも、婦人科検診を定期的に受けている方は非常に少ないと思いますが、当時からアメリカなどでは常識だったので、それも当然。以降は、国内の病院で女性の先生を探し、年に1度は婦人科検診を受けていました。

直面した“女性としての体”、流産・不妊治療も経験「過去の経験とは全く別物」

 私は選手時代、誰よりも自分の体と向き合い、ケアをしてきたという自負があります。ただ、それほど月経痛に苦しんだ経験がなかったので、今思えば“女性としての体”と深刻に向き合うことはありませんでした。

 初めて真剣に考えたのは結婚後です。私は36歳で結婚。妊娠・出産を考えたら時間は限られていると思い、専門医のドアを叩き、自分の体は妊娠できるのかを検査しました。結果は良好、ほどなく妊娠もしましたが、その後、流産。40歳で出産するまで、体質改善のためにいろんなことを試し、不妊治療にも通い続けました。

 この間は本当に肉体的だけでなく、精神的にも、かなりつらかった。自分が正しいことを100%していると思っても、結果が出ないという怖さ。これは、仕事やスポーツではないでしょう? スポーツなら勝てなくても、変化だったり、いい感覚だったり、何かしらは手応えを感じられる。それに、何が良くて何が悪かったのかも自分で判断できます。でも子どもは授かりもの。何をしても「どうなるかはわからない」んです。ここを乗り越えるタフさは、過去に経験するものとは全く別物でした。

 また、出産後に順天堂大学の大学院で学び、女性の体を理解する指導者の重要性を認識。女性スポーツのマネジメントに特化した活動をする小笠原悦子先生の研究室で学ぶなか、アスリート時代に自分の体で経験してきたことは現場に生きるし、窓口になって相談にも乗ってあげられるのではないか、と考えるようになりました。

 日本では昔はそれこそ(追い込みが足りないという意味で)「まだ生理があるのか?」という発言も飛び出すのが競技スポーツの世界でした。本来、そんな発言は決してあってはいけないこと。競技によって差はあると思いますが、今は女性の体について積極的に学ぶ指導者も増え、だいぶ現場の様子も変わってきていると感じます。

 アスリート自身は、パフォーマンスが上がらないなかでも結果を出さなくてはいけない、ベストを追求するがために、女性としての機能を害する状態まで追い込んでしまう人もいると思います。でも、どうすればいいパフォーマンスを出せるかと同時に、骨粗しょう症や無月経など、女性としての体の機能を損なわず、引退後の長い人生も充実して過ごせるか? を考えることも大切です。

異性には話しにくいと感じる選手も、「広く、相談を受けられる女性の窓口も必要」

 ですから、自分の体をよくわかってくれるコーチやドクターがいることは、心強い。また、考え方や体には個人差があり、なかには、異性には話しにくいと感じる選手もいると思うので、広く、相談を受けられる女性の窓口も必要だと思います。私自身の経験を振り返っても、当時の担当ドクターは、低用量ピルを推奨していなかったので、興味があっても試すことができなかったのが残念。その人の体に合う、合わないは、検査したり、試してみたりしないとわかりません。いろいろな選択枠を提示してあげる、そして選手自身が選べる機会を設けることはとても大切です。

 アスリートは今を生きているので、どうしても無理をしがちです。しかし、競技生活後の人生は続きます。本人はもちろん、周りの方々も、選手の体を長い目で見て、大事に考えてほしいなと思います。

 ◇杉山 愛(すぎやま・あい)

 1975年7月5日、神奈川県出身。4歳でテニスを始める。15歳で日本人初の世界ジュニアランキング1位を獲得し、17歳でプロに転向。シングルス492勝(優勝6度)、ダブルス566勝(優勝38度)、4大大会のダブルス優勝4回。ダブルスでは世界ランク1位に輝き、日本を代表するプロテニスプレーヤーとして一時代を築いた。2009年、34歳で現役を引退。その後、順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科にて修士課程を修了。現在、スポーツコメンテーター、後進の育成事業を手掛けるなど、多方面で活躍する。(長島 恭子 / Kyoko Nagashima)

長島 恭子
編集・ライター。サッカー専門誌、フリーランスを経て編集ユニット、Lush!を設立。インタビューや健康・ダイエット・トレーニング記事を軸に雑誌、書籍、会員誌、WEBなどで編集・執筆を行う。担当書籍に『世界一やせる走り方』『世界一伸びるストレッチ』(共に中野ジェームズ修一著、サンマーク出版)、『つけたいところに最速で筋肉をつける技術』(岡田隆著、サンマーク出版)、『肩こりには脇もみが効く』(藤本靖著、マガシンハウス)、『カチコチ体が10秒でみるみるやわらかくなるストレッチ』(永井峻著、高橋書店)など。