4Gは動画ストリーミングやアプリストア、プログラマティックオークションをもたらしてくれた。仮想現実(VR)や拡張現実(AR)、人工知能(AI)の世界への入口にもなってくれた。だが5Gでは、広告主やパブリッシャーはそれをはるかに上回るものを期待していいと専門家たちは口をそろえる。

こんな場面を想像してもらいたい。あなたは自動運転車に飛び乗り、夕食の準備をするためにAmazon Alexaを呼び出す。ダッシュボードにホログラフィックディスプレイがあらわれ、あなたの好みや今日食べたものをもとにレシピを選び、調理の手順をあなたに教える。あなたはホールフーズに立ち寄って材料を受け取る。もちろん、材料はすべてロボットがすでに集めてくれている。

コンサルティング企業DDGでマネージングディレクターを務めるスコット・シンガー氏によれば、これが5G時代が到来した未来の(リアルな)ビジョンだという。

速度は1000倍、遅延は1/100



シンガー氏をはじめとする専門家たちは、5Gによって、より多くのデータをより速く処理・交換することが可能になり、デスクトップやモバイル、その他のコネクテッドデバイスで広告の読み込みにかかる時間が短縮されるはずと述べる。

現在のところ、サイト訪問者がリンクをクリックすると、サーバーが反応する前にわずかな遅れが生じ、ミリ秒〜数秒のあいだ、一見すると何も起きていないような状態になる。インタラクティブ広告協議会(IAB)が行った調査によれば、これが訪問者を記事やサイトから離れさせる原因になっており、アドブロッカーが使用される理由のひとつになっているという。

だが、5Gならこの遅延を効果的に取り除くことにより、広告の読み込みをスピードアップして、ユーザーの満足度を高められると、エージェンシーのサピエントレーザーフィッシュ(SapientRazorfish)で対モバイル・新興技術エクスペリエンス戦略部門のバイスプレジデントを務めるジェレミー・ロックホーン氏はいう。米連邦通信委員会(FCC)によると、5Gは4Gより1000倍速く、レイテンシー(遅延)は100分の1だという。ウェブページの読み込みの高速化によってアドブロッカーの利用率が低下しても驚くには値しないと、DDGのシンガー氏はいう。

また、5Gなら処理できるデータの量が増えるため、4K動画など、さらに解像度の高い広告を活用できるようになる。いま以上に、リアルタイムでコンテンツをパーソナライズできるようにもなる。

モバイルはサーバーに匹敵



「5Gは進化の第一歩だ」とPMXエージェンシー(PMX Agency)で最高技術責任者を務めるチャールズ・フー氏は語る。「5Gはデータ交換・取得の安定感とスピードを高めてくれる。したがって、より複雑な広告を配信できるようになる」。5Gの活用により、モバイルデバイスはサーバーに匹敵するデータ解釈力を持つようになるため、サーバーを介さなくてもコンテンツを瞬時に配信できるようになるとフー氏は予測する。

読み込み時間が短縮され、解像度が上がることにともない、広告主やパブリッシャーの側は、さまざまな広告フォーマットや価格設定オプションが新たに登場することを予測している。

「リターゲティングやハイパーターゲティングの本格的な緻密化はいまも可能ではあるが、これによって消費者とコミュニケーションをとる手段の奥行きが広がるだろう。そして、この広がりにともなうのが、よりプレミアムな価格オプションだ」と、エージェンシーのザ・コミュニティー(The Community)でイノベーション部門のシニアディレクターを務めるクリス・ネフ氏はいう。同エージェンシーはドミノ・ピザ(Domino’s)やゼネラル・ミルズ(General Mills)、コンバース(Converse)などのクライアントを抱えている。

これらの可能性は広告主とパブリッシャー、オーディエンスの3者にとってウィン・ウィン・ウィンであるように思える。その一方でプログラマティックオークションについては、5Gのスピードへの対応が求められることになりそうだ。

大きく代わるデジタル広告



「データ処理のスピードを生かすためには、プログラマティックオークションのプロセスを変え、改善する必要があるだろう」とシンガー氏はいう。

データ処理の高速化は最終的に、モバイルとデスクトップのスクリーン以外の場所にも影響を及ぼすことになる。インターネットに接続されたデバイスがかつてないほど複雑に絡み合う一方、広告主は時間や場所に関係なく、あらゆるデバイスやスクリーンに送信されるメッセージをパーソナライズできるようになる。

「5Gは、いま話題になっているすべての新しい技術を実用化できる技術だ」と、シンガー氏は語る。「ARやVR、AI、IoT(モノのインターネット)、自動運転車――これらをパブリックネットワークで実際に機能させるには、信じられないほどのデータ速度が必要だ」。

次はアウト・オブ・ホーム(以下、OOH)の機会だ。OOH広告企業のアウトフロントメディア(Outfront Media)で最高商業責任者を務めるアンディー・スリウバス氏は、同社は5Gを活用して、通勤者に反応するダイナミック動画を交通・屋外広告のスクリーンに配信するつもりだと話す。「バッチシステムから配信する場合とは対照的に、ブランドはOOHネットワークを介してリアルタイムで消費者とコミュニケーションがとれる」と、スリウバス氏はいう。

ハードはまだ完成していない



4K動画や即時性の高いエクスペリエンス、無制限の接続などに対する消費者の需要が高まるなか、アメリカの市場ではすでに、5Gの展開に向けた基盤の強化が行われている。その先頭に立っているのが通信大手のAT&Tだ。AT&Tはここ最近、メディア大手タイムワーナー(Time Warner)とアドテク企業アップネクサス(AppNexus)を買収している。この買収はどちらも、同社が2018年後半までに十数の市場で展開をめざす5Gサービスからフルに利益を得るためのステップだ。ベライゾン(Verizon)やスプリント(Sprint)、Tモバイル(T-Mobile)も、消費者のデバイスに5Gを導入するレースへの参加を決意している。

とはいえ、その取り組みは安くない。スプリントとTモバイルは6月27日、両社はAT&Tやベライゾンに単独で挑むにはリソースが不足しているため、5Gで競合するには、両社の合併が必要だと上院小委員会で訴えた。スプリントでエグゼクティブチェアマンを務めるマルセロ・クラウレ氏は、スプリント単独の場合、5Gを人口密度の高い地域に配備するだけでも、約250億ドル(約2.7兆円)の費用が必要になると証言した。

こうした事情に加えて、5Gに対応するハードがまだ完成していないことから、5Gが来年、広告に及ぼす影響は最小限にとどまると思われるが、それを過ぎれば「大変化」が起こる可能性はあると、ネフ氏は言っている。

5G時代の到来に向けて



とはいうものの企業各社はすでに、5G時代の到来に向けて、いいポジションを確保すべく、これらキャリアとのパートナーシップを築きつつある。テレビゲームの大会を全世界で開催し、その模様をTwitch(ツイッチ)などのプラットフォームにストリーミング配信するeスポーツ企業のESLは6月下旬、5G技術をゲームのライブ配信に導入するプランにAT&Tと共同で取り組んだ。同月に開かれた世界最大のゲームショー、E3でESLがAT&Tの5G技術をテストしたのだ。アメリカ国外では、中国移動通信(China Mobile)が台湾のスマホメーカー、HTCと共同で、5Gで動くVRデバイスの開発に取り組んでいる。

5Gが標準化されれば、企業はすべての事業をこの通信システムで行うようになる。PMXエージェンシーはすでに、今年からワイヤレス化に取り組んでいるが、5Gの実用化はLANケーブルや質の悪いWi-Fiから卒業できる絶好の機会になるとフー氏はいう。

「5Gなら、Wi-Fiもケーブルも必要ない」と、同氏は語る。「5Gプロバイダーに直接接続すればいい。5Gはそれぐらい速いからだ」。

Ilyse Liffreing (原文 / 訳:ガリレオ)
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