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「今のバラエティ番組は、勢いがなくてつまらない」。バラエティプロデューサーの角田陽一郎さんは、ある番組を観ていてそう思ったそうです。そしてその理由を、「手作業だったアナログ時代に比べて、今は手間をかけずにバランスよく映像を編集できるようになった。その結果、整いすぎてテンポが悪くなっている」と分析します。角田さんが「整ったものはむしろおもしろくない」と考える理由とは――。(第3回、全5回)

※本稿は、角田陽一郎『運の技術 AI時代を生きる僕たちに必要なたった1つの武器』(あさ出版)の一部を再編集したものです。

■テンポよく整えるのが編集

京大卒の高学歴芸人として知られているロザンの宇治原史規さんが出ているクイズ番組を見ていて、思うところがありました。編集の仕方についてです。

当たり前のことですが、生放送ではない通常のテレビ番組は、撮ったものをそのまま放送するわけではありません。そのまま放送すると冗長になるので、だらだらしたやり取りや、それほど盛り上がらなかったトークなどをカットして、視聴者がストレスなく、テンポよく見られるように整える。これが編集です。

たとえば、全部で10問出題されるクイズ番組を2時間分収録して、1時間番組用に編集するとしましょう。

1問目は、問題が出されて解答者が悩んでいるやり取りの場面をリアルタイムで大半残しますが、2問目はその部分をちょっと短くする。3問目以降はさらに短くして、場合によっては考えている最中の模様をほぼカット、おもしろいリアクションだけを残す。そのほうがテンポがよくなり、視聴者は快適に見られるからです。

■アナログ編集に引き込まれるのはなぜ?

昔は撮影した素材が「テープ」だったので、この編集作業をアナログでやっていました。昔のカセットテープでマイベストミュージックを作る作業と基本は同じ。

音源のレコードやCDから好きな曲を好きな曲順で録音していきますが、4曲目まで完了した時点で「あ、やっぱり2曲目を別の曲に変えたい」となったら、テープをわざわざ2曲目の頭まで戻って再録音する必要があります。

昔の編集作業はこんな感じだったのです。つまり、なんとなくの感覚で頭から順に編集していくと、8問目くらいで「あと2分しか残ってない! やばい、10問なんて収まらない!」みたいなことがよく起こるのです。

ではどうするかというと、巻き戻してやり直すのは面倒くさいので、9問目と10問目は解答の瞬間しか見せないような編集で乗り切る。丁寧に見せていた1問目、2問目と全然テンポが違う、悪く言えば竜頭蛇尾みたいな編集になっているわけです。

一方、今はPCでデジタル編集ができるので、「2曲目の頭」まで物理的に巻き戻すような作業をする必要はありません。全体を何度も見渡して、「1問あたり15秒ずつ短くする」みたいなことも簡単にできます。

ですから昔の番組と今の番組を比べると、編集の完成度という意味では確実に今のほうが整っている。バランスが取れているのです。

ところが、です。実際に編集されたものを見てみると、明らかに「竜頭蛇尾」だった昔のアナログ編集の番組のほうが勢いがある。引き込まれる。気持ちよく見られる。

これは一体どういうことなのでしょうか?

■整ったものはむしろおもしろくない

我々は、テレビ番組というものを基本的に1度しか見ません。ドラマはまだしも、バラエティ番組を2度も3度も見る人はほとんどいないでしょう。

ところがPCのデジタル編集は全体を俯瞰しながら、つまりディレクターは何度も全編を往復しながら細かい調整を施すので、結果として何回も見た人が「バランスの取れた構成だな」と思えるように仕上がっている。編集をしすぎている番組は、1度だけ見る視聴者の生理には、実は合っていないのです。

昔のアナログ編集は何度も巻き戻して再編集するので、時間とお金がかかります(編集室は時間単位で使用料がかさんでいくのです)。そのため放送に間に合わせるには極力巻き戻さず、一回見ただけの一発勝負で、どこを切るかを次々と判断していました。つまり、初めてその番組を見た人が、その瞬間、瞬間で気持ちいいと思えるリズムを持った編集に、おのずとなっていったわけです。

結果として多少不格好だったとしても、初見の視聴者の生理とはピッタリ合う。だから気持ちよく引き込まれました。

■「巧い」=「おもしろい」ではない

ある種の映画のような「芸術作品」は、整えまくったほうがいいのかもしれませんが、バラエティ番組は昔のやり方のほうが絶対に勢いを出せます。冒頭のロザンの宇治原さんが出演しているクイズ番組に僕が感じた違和感は、そこでした。

各設問の時間配分を計れば、おそらく均整は取れているのですが、後半が明らかにたるい。テンポが悪いのです。

デジタル編集になって番組のクオリティは上がりました。が、引き換えに勢いを失ったのです。エッセイだって、推敲しすぎるとおもしろみと勢いが削がれます。多少荒削りのほうが読後感は気持ちいい。

「巧い」=「おもしろい」わけではありません。整ったものは、むしろおもしろくない。少しの遊び、多少の不格好さ、若干のバランスの悪さ。そこにチャーミングや愛嬌が顔を出し、人を引きつけるのです。整えすぎはそのバッファを許しません。

■「この組織は俺を殺すつもりだ!」

「整えすぎ」と同様に、「決め込みすぎ」もお勧めできない行動の一つです。

僕が、TBSでADになったばかりのペーペーの頃、上についたディレクターの女性が、有無を言わさず怒涛の指示を出してくる人でした。

夜中に電話が来て、「明日の朝○時に出発ね。今から明日のロケの段取り、全部確認するよ」なんて言ってくるわけです。

AD時代は毎日が過酷で、休みは本当に1日もないし、3日徹夜して「はあ、今日帰れる」と思った朝10時、「今日、午後1時から会議だから部屋用意しといて」と言われ、脱走したこともあります。

まだ携帯のない時代でしたから、朝消えて2日間くらいは逃げられました。留守電には上司からの大量のメッセージ。さすがにその時は、「この組織は俺を殺すつもりだ!」と思いました。

■決めない勇気が運を呼び込む

そういう蓄積があったある日、僕は彼女にこう言いました。

「要は明日のロケをうまく回せばいいんですよね? だったら今から寝たほうがうまく行くんですけど。寝不足だと絶対失敗しますから」

上下関係の厳しいテレビ業界では、ありえない反論ですが、僕は今でも、このスタイルです。物事を早々に固めてしまうと(これを業界用語で「フィックスする」と言います)バッファや余裕がなくなり、運を呼び込めない。「想定の範囲」を自ら狭く限定してしまうからです。

だから僕は、ロケの段取りをギリギリまで決めません。世の中、決断することが勇気だと言われがちですが、実は決めないことのほうがすごく勇気がいる。でも、それが運を呼び込むと僕は思っています。

バッファ、余裕、遊び。その「空き」部分に、企画やキャスティングや編集といった、おもしろくなる要素が後から入り込んできます。

だからいつも空けておかなければなりません。

本棚がいい例です。今持っている本がちょうど全部入るサイズの本棚を買ってしまったら、これから買う新しい本が1冊も入りません。

すると新しい本を買うのを躊躇してしまいます。ですので、あらかじめたっぷり余裕のある大きな本棚を買うべき。言わば「運」を入れられる場所を残しておくべきなのです。

■連絡は早めに、決定は遅めに

ただし現実問題として、仕事で物事をギリギリまで決めないと、周囲も先方もやきもき、イライラしてしまいます。では、どうするか。答えは「連絡は早めに、決定は遅めに」です。

決まってから内容を連絡するのではなく、「まだ決まっていません」と早めに連絡すればいいのです。

皆、仕事で何に怒っているのかといったら、「決定していない」からではなく、「連絡がない」からですよね。

たとえば、たくさんの人が集まる会議。何人もの人に予定を聞いて回っても、必ず誰かからの返事が遅くて、いつまでも決まらない。全員の予定が判明してから全員に連絡すると「連絡遅いよ!」と怒られる。

ですから、かなり早い段階で「すみません、まだ決まってないんです」と連絡を入れるだけで、大部分の怒りは防げますし、決定するまでの余裕を稼ぐこともできます。

整えすぎず、決め込みすぎない。運を呼び込むバッファは常に持っておきたいものです。

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角田陽一郎(かくた・よういちろう)
バラエティプロデューサー
1970年、千葉県生まれ。東京大学文学部西洋史学科卒業。1994年、TBSテレビ入社。『さんまのスーパーからくりTV』『中居正広の金曜日のスマたちへ』『オトナの!』などの番組を担当。2016年にTBSテレビを退社し、独立。著書に『13の未来地図 フレームなき時代の羅針盤』(ぴあ)、『「好きなことだけやって生きていく」という提案』(アスコム)などがある。

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バラエティプロデューサー 角田 陽一郎 写真=iStock.com)