泥酔中に離婚。アル中を克服し再婚した男性を待ち受けていた試練

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【ぼくたちの離婚 Vol2. 人は壊れる】

 人が離婚の理由を語る時、「100パーセント自分のせい」と懺悔するケースは意外に少ない。仮に浮気や裏切りが原因でも、「自分に浮気をさせた妻が悪い」などと口走るのが人間だからだ。

 しかし、若い頃の石田純一にどことなく似た風貌の竹田康彦さん(仮名/40歳)は「すべて僕のせい。妻には何の責もない」と言い切る。離婚の理由は「酒」だ。

◆激務で会えないから結婚した
 宮城県出身の竹田さんは物心ついた時から新聞記者を目指していた。高校では新聞部の部長。進学した関東の某国公立大学では、マスコミ研究サークルに所属した。就職活動では当然新聞社を受けたが、採用は叶わず。採用枠の少ない出版社も軒並み落ちてしまい、PR会社か編集プロダクション(編プロ)の二択で悩んだ末、取材して記事を書く「記者」に近い仕事ができそうな編プロを選んだ。

「待遇はPR会社のほうが圧倒的に良くて、編プロがブラックだということはもちろん知っていましたが、どうしても文章を書く仕事をしたかったんです。その編プロは生活情報系のフリーペーパー制作を請け負っていたので、記事が書ける!と思って」

 仕事は激務を極めた。基本的に毎日終電で帰宅。土日を丸2日休めるのは皆無で、忙しい時期は月の半分近くが徹夜もしくは会社泊だった。その当時交際していたのが、後に妻となる2歳下の洋子さん(仮名)である。

「マスコミ研究サークルの後輩で、僕が3年生の時に彼女は1年生。新入生としてサークルに入ってきた年から付き合いはじめました。明るくて、とても気立てのいい子です。卒業後は比較的大手のPR会社に就職しました」

 ただ、洋子さんが就職してからは、なかなかふたりの時間が合わない。竹田さんの激務が尋常ではなかったからだ。

「会う時間が減り、寂しいと思うようになりました。同棲も考えましたが、だったら結婚しちゃったほうがいいなと思い、僕が26歳の時にプロポーズ。洋子はニッコリして、『これで毎日会えるね』と言ってくれました。あの時の笑顔は忘れられません。でも、僕は彼女を裏切ったんです」

◆アル中の自覚なきまま、泥酔中に離婚
 結婚する少し前から、竹田さんの酒量が急激に増え始めた。仕事の内容が大きく変わり、記事を書く仕事ではなく、広告主との調整と進行管理がメインになったためだ。広告主の無理難題に耐えながら、綱渡りのスケジュールをなんとかこなす毎日。心の休まる時は1日たりともなかった。

「もともと酒は好きでしたが、ありえない量を飲むようになってしまいました。仕事から帰ってきても緊張と興奮で寝付けないので、毎日のように寝酒。4リットル1980円とかの安い醸造酒を買ってきて、3、4日で空けちゃう。大量に飲酒すると眠りが浅くなるので、午前2時に寝ても朝6時7時には目が覚める。それでまた飲んで、少しだけ眠って、シャワーを浴びて昼前に出社。そんな毎日でした」

 クライアントに愛想よく振る舞う自分と、かつて新聞記者志望だった自分。そのギャップに折り合いがつけられないことも、竹田さんを飲酒に向かわせた。結婚して同居をはじめても、それは変わらない。日に日に酒量が増えていく竹田さんを洋子さんは心配していたが、止めることはできなかった。

「結婚して1年くらい経った頃は、目が覚めている時はずっと酔っ払っている状態でした。それでよく仕事ができたものだと思いますが、昼も夜もなく戦場のように激務の職場だったので、なんとかなっていたんです。酒臭いのはまずいと思ったので、出勤前には念入りに歯を磨き、会社では大量のフリスクを頬張っていました」

 典型的なアル中だが、驚くべきことにこの時の竹田さんは、自分がアル中だという自覚がなかったという。禁酒外来に通うという発想もゼロだったそうだ。

「ささいなことで洋子と口論し、今から思えば信じられないほど酷い罵詈雑言を吐いて、よく彼女を涙ぐませていました。手を出したことはありませんが、暴力という意味では同じです。僕は完全に壊れていたんです。メンヘラでした」

 離婚の決め手もちょっとした口論だ。泥酔した竹田さんが「じゃあ、もう離婚する?」と言うと、陽子さんは躊躇せず「うん」と答えたという。竹田さん31歳、洋子さん29歳。交際をはじめてから約10年で、ふたりの関係は終わった。

◆人も家族も、簡単に壊れる
「今思えば、一生謝り倒しても足りないくらいの仕打ちを洋子にしたと思います。彼女に悪いところなんかひとつもない。20代の貴重な時間を、僕みたいな飲んだくれに費やして、結局何も残らなかった。心から申し訳ないと思います」

 竹田さんは今でも悔いている。

「僕は東北の田舎育ちで、周囲に離婚している家族がなかったので、家族というものは永遠なんだと、心のどこかで思っていました。でも自分の手で家族を壊してしまったことで、家族ってこんな簡単に壊れるんだと思い知ったんです。ショックでしたね」

 洋子さんの人生を台無しにしてしまった罪悪感と自己嫌悪で、竹田さんの心はいっそう荒んでいく。離婚後、3人の女性と付き合ったが、やはり酒癖が邪魔をして長続きしない。

 しかし、離婚から5年後、竹田さんが36歳の時に運命の人が現れる。飲み会で知り合ったデザイン事務所所属のデザイナー・佐智江さん(仮名/当時33歳)だ。

「音楽の趣味が合っていて仲良くなりました。すると2回目のデートの時に言われたんです。お酒飲んでるよね、って。たしかにその日も朝から飲んでいました。僕は死ぬほど恥ずかしくてうろたえたんですが、すかさず彼女が言ったんです。『大丈夫、治せるよ。私も経験あるから』」

 なんと、佐智江さんも仕事のストレスからアル中になり、禁酒外来で克服した過去があるというのだ。その後、竹田さんは佐智江さんの献身的なサポートにより、数ヶ月かけて禁酒に成功する。

「命の恩人です。彼女がいなかったら、今ごろ僕は廃人でした」

 交際から1年半。竹田さん37歳、佐智江さん34歳でふたりは結婚する。最高のハッピーエンド……と思いきや、話はここで終わらない。

◆人生に債務が残っている
「一昨年の秋くらいから、佐智江がうつ病を発症したんです。もともとストレスを溜めやすい性質で、アル中だった時期にも心療内科に通院していたと、その時はじめて知りました。きっかけは会社での人間関係です。情緒がかなり不安定になり、僕がいないと食事もまともに摂らなくなったので、退社を勧めました。今はデザイナー職とは無縁の派遣事務を10時〜19時でやっています」

 佐智江さんは、出会った頃とは別人のように変わってしまったという。

「家では基本的に涙ぐんでいますし、ささいなことに腹を立て、僕にいちゃもんをつけ、毎日のように当たってきます。『あなたと結婚したせいで私の人生が台無しだ』と言われた時には、洋子の20代を台無しにしたことを思い出して、つらくなりましたね。ただ、あまり反論せず、聞き役に徹するようにしています」

 失敗した結婚とアル中を乗り越え、ようやく手にした幸せのはずなのに、人生とはなんとままならないものか。しかし竹田さんの表情はそこまで暗くない。「毎日おつらいですね……」と声をかけると、竹田さんは言った。

「もちろん大変ですし、毎日が戦いです。だけど、僕は佐智江に恩があります。佐智江は僕を救ってくれました。だから今は僕が佐智江を救わないと、なんていうか……僕の人生がフェアじゃないものになってしまう。それに、こんなことを言うのは不謹慎だと思いますが、洋子を不幸にした分の債務も、僕にはまだ残ってるんです」

「過去の罪を償っているということですか?」と聞くと、そうじゃないんですと横に首を振った。

「永遠だと思っていた家族ですら、いとも簡単に壊れる。つまり永遠なんてない。だから人は、心が一時的に壊れてしまっても、その状態が永遠には続かないと思うんです」

 竹田さんは、自分で自分に言い聞かせるように熱弁した。

「それに、壊れた状態で吐く言葉が“ほんとう”じゃないことは、アル中で壊れていた僕自身が一番よく知っています。今の佐智江は僕に罵詈雑言を浴びせてきますが、それは佐智江の“ほんとう”じゃない。泣き叫ぶ佐智江の薄皮一枚の奥に、“ほんとう”の彼女がいるんです。……すみません、気持ち悪いノロケですよね」 

 そんなことはないです、と言うしかなかった。竹田さんが2度目の結婚生活に疲れきってしまう前に佐智江さんの“ほんとう”が戻ってくることを、心から祈りたいと思う。

<文/稲田豊史 イラスト/大橋裕之 取材協力/バツイチ会>