清水建設が開発した、天井ボードを自動で張る機械。大勢の記者団の前で、この後実演が行われた(記者撮影)

とある高層ビルの建築現場。遠隔操作で機械が単独で動き、工事の進捗管理のために上空にはドローンが舞う。ネットに接続された機械が、あくせく働く一方で、人間の姿はまばら――。

今年3月にこんな構想を打ち出したのは、準大手ゼネコンの戸田建設。「ここに出ている技術のすべてを、2023年までに達成するよう目標に掲げている」と、構想を練った戸田建設の半田雅俊・価値創造推進室技術センター長は語る。


(画像:戸田建設)

構想実現の先駆けとして、3月にタワークレーンが自動で鉄骨を所定の位置まで運ぶ技術を開発。それまではオペレーターが鉄骨の高さや向きを微調整しながら運び、強風を受けてクルクル回る鉄骨を鳶職人が専用のロープでくくって手繰り寄せていた。

「現在のところ揚げ降ろしの瞬間のみ人間が操作するが、最終的にはすべて自動化を目指したい」(戸田建設の三輪明広・技術センター施工革新ユニットマネージャー)

長期的取り組みとして、設計図の3次元化も進める。現行の設計図は、手書きもしくは手書きと同じ線をデータに置き換えただけにとどまる。だが「建物や部材に関する様々な情報を付加する」(半田氏)ことで、「窓の形をした四角形」だったのが「フロートガラス製の厚さ●●センチメートルの窓で、周囲はアルミサッシで囲われ、壁は鉄筋コンクリート製で厚さ●●」になる。こうした情報を機械に覚えさせれば、さらに細かな指示も下せるようになるという。

建築現場での自動化は道半ば

一般的に建設現場といえば、大型の機械がうなりを上げるイメージで語られる。確かに、ダムやトンネルなどの土木工事では重機が活躍し、熊本地震による土砂崩れの復旧現場では自動運転による無人の工事といった最新技術の導入も進む。

だが、すべての工程を概観すると、いまだ人間が担う作業は多い。とりわけマンションやオフィス、商業施設などの建築工事における自動化は道半ばだ。土木工事に比べると建築物は設計や意匠の凝った一点ものばかりで、さまざまな形やデザインに対応する必要がある。この点、同一の作業を繰り返すことを得意とするロボットには苦手な分野だからだ。

それでも空前の人手不足や熟練工の大量退職、さらに近年の働き方改革の要請を受けてゼネコンもロボット導入による建築の自動化に動き始めている。


17キログラムものボードを支えつつ、重さ2キロのドライバーでビスを打ち込んでいくという重労働。アシストスーツを使えば腕の負担は大きく軽減される(記者撮影)

積水ハウスは6月、住宅部材メーカーらと共同開発したアシストスーツと施工ロボットの実演を行った。いずれも想定するのは、石こうボードを天井に張る作業。重さ約17キログラムものボードを持ち上げ、脚立の上で天井に固定しつつ、もう片方の腕で重さ2キログラムのドライバーを持ち、ビスで留めていくという重労働だ。

アシストスーツを記者も試着してみると、二の腕のあたりをスーツが支えてくれ、ボードを支えるのがぐんと楽になる。一方、施工ロボットは1台がボードを持ち上げ天井付近に配置し、もう1台はボードの位置を指示しつつ仮留めをしていく。人間の役割はボードをロボットの上に載せ、タブレットで簡単な指示を出すことだけだ。

自動化ブームは「いつか来た道」

その1カ月前の5月には、清水建設が3種類の建設ロボットを発表。このうち2種類が積水ハウスと同じく天井ボードを張る作業に関連し、もう1種類は夜中のうちに重いボードを翌日作業する場所まで自動で運んでくれるロボットだ。後者は今秋に大阪市内のホテルの建築現場に投入し、来年からは複数の現場へと拡大していくという。

いずれの技術も、工程をすべて自動化するには至っていない。代わりに狙うのはつらい作業からの解放だ。高齢化する職人が作業を続けられるうえ、若者への訴求力も高めたいともくろむ。

積水ハウスと清水建設がいずれも天井のボードを張る作業に照準を定めたのは偶然ではない。「上向きの姿勢が続く作業は(建設現場での作業の中でも)特にきつい」(積水ハウスの住友義則・施工部長)ためだ。


大成建設が千葉工業大学と共同開発した鉄筋結束ロボット。鉄筋の上を歩きつつ、交差する部分を結束線(専用の針金)で結ぶ(記者撮影)

下向きの作業でも、つらさを取り除く試みを模索するゼネコンがある。大成建設は昨年、鉄筋を自動で結束するロボットを開発した。網目状に組まれた鉄筋の上を器用に歩き、交差する部分を専用の鉄線で結んでいく。

現場の鉄筋工からは「俺のほうがずっと速い」「機械に負けてたまるか」という声も上がるが、開発の目的は別のところにあるようだ。「鉄筋結束は腰を屈める姿勢が続くため、体力的に厳しい作業。(ロボットの)導入の目的は生産性向上というよりも、つらい作業を代替しつつ熟練の職人には別の作業に当たってもらうことだ」(大成建設の上野純・先進技術開発部長)。

実は、ゼネコンが建設の自動化に取り組むのは今回が初めてではない。世界初の建設作業ロボットは、清水建設が1982年に開発した鉄骨の骨組みに耐火性の高い素材を吹き付けるロボットだ。

折しもバブル経済に突入する時期で、工事の依頼はたくさんあっても人手が足りない。そこでゼネコン各社は人手不足を補おうと、1980年代から1990年代にかけて競うように開発を進めたのだ。

ところが、使い勝手や開発コストに難があり、ほとんどが実証実験の段階でひっそりと姿を消した。やがてバブル崩壊の憂き目に遭い、研究開発投資の余力もなくなった。仕事量も激減し、もはや自動化を進める動機はなくなった。

激減した工事をめぐって各社で奪い合っている中で、あおりを食ったのは現場の職人だ。安値で工事を受注した結果、職人の賃金は切り下げられた。建設業の就業者数は1997年の685万人をピークに、2017年には498万人と3割弱も減少した。

「建設業を見切ってコンビニ店員に転身した職人を何人も見てきた。炎天下での重労働よりも空調が効いた部屋で立っているだけの仕事のほうがマシだと思ったのだろう」(大手ゼネコンの下請け会社幹部)

「このままでは建設業の担い手がいなくなる」。ゼネコン各社はそう口をそろえる。今回の自動化ブームは、建設業の空前の好況を前にした人手不足という構図は似ているものの、背後には建設業就業者の減少に歯止めがかからず、業界が維持できなくなるという危機感がある。「少しでも作業を楽にしないと、若い人が入ってきてくれない」(大手ゼネコンの技術開発担当者)という焦りが、各社の開発を加速させている。

実現化に向けて、課題も山積み

とはいえ、高層ビルの建設現場でロボットが本格的に活躍するには、まだまだ時間がかかりそうだ。


ボードのない部分に機械が打ち込んでしまった瞬間。ロボットにとってはどこから「曲がっている」「ずれている」状態になるのかを判別するのが非常に難しい(記者撮影)

「あっ……」。実は清水建設が主催したロボットのお披露目式で、ちょっとしたアクシデントがあった。ボードを天井に張るロボットの説明中、すし詰めの報道陣に押されて設置されていたボードの位置がずれてしまった。

だがロボットはお構いなしに事前に指定された座標どおりに動いた結果、何もない空間にビスを留め始めてしまった。「複雑な数式を一瞬で解くことはできても、『ボードがずれている』といった感覚は教え込むのが非常に難しい」(清水建設の印藤正裕・生産技術本部長)。

積水ハウスの施工ロボットも、「ボードは持ち上げると両端がたわむため、カメラでボードの位置を確認するにはどうしても2台体制でないといけない」と、一緒に開発を行ったロボットメーカー、テムザックの郄本陽一CEOは話す。2台のロボットはWi-Fiでやり取りするため、周囲にたくさんの電波が飛び交う環境下では、通信が阻害されるおそれも残る。

性能面以外での課題もある。関節を複数持ち、人間の腕のように動く工作機械は制度上、工場のラインなど「その場から動かずに作業する」ものとして扱われていた。ところが、建設現場ではあちこち動き回って作業をする必要がある。そのようなロボットは、「制度上想定してされていない」(印藤氏)。

どこまでが合法なのかを規制当局とすり合わせながら作業を進め、当面は資材の運搬ロボットなどを、職人が帰って現場に人のいない夜間に導入する予定だ。

浮かんでは沈み、を繰り返してきた高層ビル建築の自動化の動き。ある大手ゼネコン幹部は「開発されたロボットはどれも、どこかで見たようなものが多い。現場で投入されずに終わった過去の二の舞いを演じるのでは」と自嘲ぎみに話す。

それでもなお、業界の存亡の危機に直面して尻に火がついたゼネコン。自動化の動きを加速するチャンスかもしれない。