問題児ばかりが集う閉塞的なオフィスに、ある日突然見知らぬ美女が現れたー。

女派閥の争いにより壊滅的な状況に直面した部署に参上した、謎だらけのゴージャスな女・経澤理佐。

理佐は、崩壊寸前の部署の救世主となるのか?

「墓場」と呼ばれる部署に、ミステリアスな女・理佐がやってきた。

派手で超美人な彼女は、お局女性陣・おつぼねーずから早速目の敵にされてしまう。しかし理佐の活躍により、結託していた女達はついにバラバラになりはじめる中、おつぼねーずボス・陽子が課長と男女の関係であるという衝撃の事実が明らかになる。

そして理佐はさらに、ある真実を暴く。それは「経理課長が、現経理部長を部長の座から引き下ろすために、おつぼねーずを利用していた」ということであった。




『and people』のテーブル席では、長い沈黙が続いていた。

春菜の頭の中はパンク寸前だ。おつぼねーずの由美と沙織との密会で、ついに理佐が衝撃の真実を暴いたのである。

グラスの氷が溶け、カランと音を立てたとき、由美が口を開いた。

「お話しします。課長は、部長職への強い執着がありました。自分が部長になる為に、何としても今の部長を陥れるようなことをしないといけないと…。」

「ちょっと、何言ってるんですか!」

沙織が由美を止めようと声を荒げると、隣の席の人がギョッとしてこちらのテーブルを見る。

「とりあえず、落ち着いてください。」

理佐が2人を制する。

「私と西野さん10分程席を離れますね。その間に、何を話すのか話さないのか、お2人で話し合って下さい。」

そういうと、理佐はスッと立ち上がって店の外に出て行った。その後を春菜は慌てて追いかける。

6月とはいえ、夜になると外の空気はシンと冷える。だが今はその冷たさが、火照った顔には心地よかった。

「経澤さん、今の話、どういう事でしょうか?」

春菜は、腕組みし壁にもたれ掛かる理佐に問う。理佐は春菜を真っ直ぐ見つめ、ゆっくり口を開いた。

「経理部を墓場にした犯人は、課長よ。」


経理部を墓場にした犯人 その身勝手な理由とは


「経理部を墓場に…課長が?」

その言葉で、春菜は課長の姿を脳裏に思い浮かべる。

新卒研修が終わり不安な時に笑顔で声をかけてくれた課長、ミスをしたとき一緒に頭を下げてくれた課長、遅くまで残っていると声をかけてくれた課長…。

確かに最近は、経理部が崩壊しても何も手を出すこともなく、決算の作業も丸投げで、マネジメント・管理職という言葉を知っているのだろうかと不満に思っていた。

それでも、現場の仕事をしていられない程忙しいのかもと、春菜はなんとか自らを納得させていたのだ。

だが課長自らが、崩壊を仕向けていた…?

「でも…、本当に?何かの間違いでは…?」

春菜の頭の中は、先程のパニック以降ずっとキャパオーバーだ。

「先程、相沢さんが言いかけていましたよね。課長は部長職をとても手に入れたがっていたと…。これが真相なんですよ。」

淡々と真顔で語る理佐。

街行く人の雑多な音が遠くに聞こえ、独りポツンとその場に取り残されたような気分だ。春菜は、気の遠くなるような眩暈にも似た感覚がした。




-おつぼねーずが嫌な人たちだと思っていたけれど、それは藤沢陽子が指示していた。その藤沢陽子は課長と男女の関係で、経理部がここ数ヶ月大変だったのは課長のせい…

これまで目にしていたもの全てに、裏や意味があった。

自分の考えの足りなさにもどかしく感じ、また何を信じていいか分からなくなる。そんなモヤモヤした気持ちを春菜は抱えていた。

そんな中思い浮かんだ一つの疑問。

「…経澤さんは部長とどういう関係なんですか?」

考えもせず思ったことを口に出してしまった。春菜はすぐハッとして、「すみません、何もないです!」と謝る。

しかし理佐は、悲しそうに微笑むだけだった。

「もうそろそろ10分経ちますね。戻りましょうか。」

-勢いで言ってしまった…。

理佐を決して傷つけたい訳ではない。だけど、何を信じたらいいのか分からなくなった今、前から気になっていた疑念を、言おうと思っていなかったこのタイミングで彼女にぶつけてしまったのだ。

-でも…経澤さんは答えてくれなかった。

その後も、このモヤリとした感覚は消えることはなかった。



席に戻ると、由美と沙織は小声で話をしていた。

「お取込み中、ごめん下さいね。お話は終わりましたか?」

理佐が声をかけると、2人は目を合わせ頷いた。まるで心を奮い立たせるように。そして由美が口を開いた。

「全てお話します。経澤さん、私たちを助けて下さい。」

由美は頭を下げ、震えた声を発する。

その言葉に理佐は、「もちろん。喜んで」と力強く頷き、優しく微笑むのだった。


衝撃の事実 おつぼねーず最後の正義感がもたらした悲劇


2人の口からポロポロと紡がれる言葉。それは信じがたい、驚くべき内容であった。

「いつからか、課長が何かにつけて部長の悪口を言い、自分の方が部長にふさわしい、自分が部長になると豪語し出したんです。」

そんなことを言いだしたきっかけ、それは経理課長の同期が、同期一番乗りで他部署の部長に昇進した事だったという。

「そんな課長の姿を、特に気にもしていなかったんです。嫉妬の感情を素直に出して、ある意味可愛いと言う人もいれば、冷ややかに見ている人もいて、経理部内の反応は様々でしたが…。」

2人は当時を思い出すかのように、改めて握こぶしをギュッと握った。

「でも…ある時、見ちゃったんです…。」

それは、由美と沙織が飲み会帰りの事だ。

由美が家の鍵を会社に忘れたことに気付き、2人で経理室に取りに戻った際、課長と陽子が2人きりで話しているのを聞いてしまったのだという。

「課長が藤沢さんに詰め寄っていました。お前、最近手が緩んでるぞって。最初仕事の話かと思ったんですが、ちょっと聞いていると違うと分かったんです。新しく入った派遣さんへのいじめの手が緩んでるぞ、そういう意味だった。」




つまり課長は、こう企んでいたのだ。

経理部をガタガタにさせて回らなくし、その責任を部長にとらせることで、自分が部長になるのだと。

『それには陽子、お前の力が必要だ』『俺にはお前だけだ』『この作戦が成功したら、将来部長夫人いや、役員夫人かもな』そんな風に陽子を洗脳するような、甘い言葉の数々を呟く課長。

「私たちは藤沢さんも騙されて、上手く使われているんだと思いました。なので後日、怖かったけど、藤沢さんに目を覚ましてと言ったんです。」

だが「課長といい感じの私を妬んでるの?」と相手にもしてもらえなかった。

そして時を同じくして課長から、例の新人いびりを助長するような「新人の方ができるのであればお前らは要らないな」といった言葉や、何かにつけて「営業部に行かせるぞ」と脅すような、数々の発言が見受けられたという。

「このとき私たちは気付いたんです。課長は、部長を陥れるという自分の野望に、私たちを巻き込み、利用しようとしているんだなと…。」

転職もできないため辞めることもできず、歯向かえば鬼の営業職に行かされる。そんなストレスの中、2人は課長や陽子に歯向かうことが怖くなった。

こうして、由美と沙織は、課長と陽子から脅されるようになったのだ。

そして段々言うことを聞いていくうちに、感覚がマヒしていったようだ。人をイジメても、何とも思わなくなってきてしまった。

「わたしたちも恐怖で洗脳されていたのだと、今なら分かります…。」

今となっては2人の呪縛は解かれたのだろう。自分を守る為だとはいえ、周囲に多大なる悪影響を及ぼしてしまっていたことに気付いたようだ。

2人は話し終わると、うつむきうなだれた。

「状況は把握しました。

さて…どう決着をつけましょうかね、この問題。」

理佐の鋭い目、ゆっくりと上がる口角。その表情は、いつの日かに見た、女戦士の顔つきだった。

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立ち上がるスーパーウーマン。経理部を墓場から救えるか?