JR西日本とサンリオがコラボレーションして製作した「ハローキティ新幹線」が6月30日に運行を開始した(記者撮影)

改札口を抜けて新幹線のホームに上がると、カメラやスマートフォンを手にして列車の到着を待つ大勢のファンでごった返していた。ただ、いつもの新型列車のデビューと異なるのは、女性の姿が目立つことだ。そして彼女たちの着ている服やバッグにはあるキャラクターのイラストが貼られていた。サンリオの人気キャラクター「ハローキティ」である。


ハローキティ新幹線」の先頭車両には、大きくキャラクターのイラストが張られている(撮影:尾形文繁)

ハローキティは、アパレル、ジュエリー、食品などさまざまなジャンルでコラボ商品が販売されている。英国の生地ブランド「リバティプリント」をはじめ海外でのコラボにも積極的だ。キティ愛好家の間で「キティちゃんは仕事を選ばない」と言われるほど多岐にわたるコラボ遍歴の中でも、今回のコラボ相手はスケールの大きさで度肝を抜く。


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8両編成で全長およそ200mにもなる「ハローキティ新幹線」だ。6月30日から新大阪―博多間で運行を開始した。ハローキティ新幹線と新大阪駅に押しかけた1500人のファンを捉える報道陣のカメラの放列の中には、外国メディアの姿もあった。

プラレールとエヴァを経てキティへ

JR西日本(西日本旅客鉄道)が独自開発した新幹線500系「V2編成」の車体に白とピンクの塗装を施し、ハローキティのイラストをあしらった。このV2編成は2015年11月から今年5月までアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」とコラボして、外観に「エヴァンゲリオン初号機」風のカラーリングを施して、山陽新幹線の区間内を疾走していた。


JR西日本が2014年7月〜2015年8月に運行した「プラレールカー」。1号車に設置された巨大ジオラマは家族連れに大好評だった(撮影:尾形文繁)

さらにその前は、タカラトミーの鉄道玩具「プラレール」とコラボした新幹線「プラレールカー」だった。エヴァ新幹線とは異なり、外観に特段の変化はなかった。代わりに1号車の車内に大型ジオラマや子供用の疑似運転台が設置された。本物の新幹線の車内にプラレールの世界が広がるというのは、ある意味で子供の夢をかなえたものといえ、その組み合わせは極めて自然だ。


JR西日本のエヴァンゲリオン新幹線「500 TYPE EVA」(撮影:尾形文繁)

一方で、エヴァ新幹線はサプライズだった。アニメシリーズの原作・総監督を務め、鉄道模型コレクターでもある庵野秀明氏が監修し、メカニックデザインを手掛けた山下いくと氏が列車のデザインを担当。完成した列車は500系の特徴をリスペクトしたうえで、エヴァの世界観とも調和しており、エヴァと500系、両方のファンから絶大な支持を集めた。

「エヴァの次をどうしようか」。JR西日本の社内でエヴァ新幹線に代わる次のコラボの相手探しが始まった。JR西日本営業本部の財剛啓担当部長はその時期について「今から1年半くらい前でしょうか」と振り返る。つまり、2016年末から2017年初めにかけて議論が始まったことになる。

8府県のPRも担う大プロジェクトに

いくつか出た候補の中から選ばれたのがハローキティだった。「性別問わず幅広い年代のお客様に支持され、海外でも人気」(財部長)というのが理由だ。


上から見たハローキティ新幹線。ピンクの車体は遠くからでも目を引く(撮影:尾形文繁)

ハローキティと新幹線という異色の組み合わせに、社内では反対する声も一部上がったが、「いいんじゃない」と賛成する声が大半を占めた。サンリオとはこれまでも、JR西日本のキャラクター「イコちゃん」とハローキティのコラボ商品開発などの実績がある。

今回のプロジェクトは単に新幹線の車両を使ったコラボだけではなく、山陽新幹線が走行するエリアを中心に8府県をハローキティで盛り上げるという大掛かりなものだ。サンリオ側もスケールの大きさに「光栄です」(同社広報)と、まったく異論はなかった。

コラボ車両のデザインは、サンリオ側が「鉄道デザインに詳しくない」(同社広報)こともあり、JR西日本と共同で実施。エヴァ新幹線が運行を終えた今年5月末から、ハローキティ新幹線への改造作業が始まった。およそ1カ月にわたり外観の塗装や1〜2号車の内装の改造が行われ、6月25日に福岡県内にあるJR西日本博多総合車両所でその姿が報道公開された。


南海電鉄とLCCのピーチがデザインでコラボした特急列車の「ラピート」(写真:I.Sakurai / PIXTA)

「格好いいですね」。ある鉄道カメラマンがそのデザインを称賛した。下馬評では、白地にピンク色の新幹線デザインを危ぶむ声もあったが、「青一色の南海電気鉄道の特急『ラピート』も以前LCC(格安航空会社)のピーチ・アビエーションの機体デザインと同じ白とピンクの配色にしたことがある。これが格好よかったので、キティ新幹線も間違いなく格好いいはずと思っていた」。


8号車のドア付近には、ハローキティと大阪名物のたこ焼きが一緒に描かれている(撮影:尾形文繁)

グレーとブルーを基調としたオリジナルの500系は戦闘機を想起させるが、真っ白な車体にピンク色が配された500系はまるで旅客機のようだ。オリジナルにはない華やかさがあり、この列車が駅に入線してきたら人目を引くのは間違いない。

1号車から8号車まで、各車両のドア付近に大阪府のたこ焼き、山口県のフグといったご当地の食べ物と組み合わせたハローキティのイラストが張られている。

屋外広告物規制をクリア

鉄道車両に商業キャラクターのラッピングを施すことは屋外広告物と見なされ、自治体が定める規制の対象となる。表示場所、表示面積、表示個数などの規制内容は各自治体によって異なるため、長距離を走り多くの自治体にまたがる新幹線にとって広告規制は頭の痛い問題だ。エヴァ新幹線のケースではアニメ本編に登場するメカやマークなどの意匠はいっさい張らず、配色だけでエヴァンゲリオンの世界観を再現するという”奇襲”が奏功した。

逆にハローキティ新幹線の場合は正攻法。イラストを車体に張っているために、「各自治体に確認を取った」(財部長)。ハローキティのイラストのサイズがやや小さいのはそのせいかもしれない。ただ、車体の窓に沿って大きく描かれたピンク色のリボンのラインはまぎれもなくハローキティの世界観を体現している。この辺はエヴァ新幹線のノウハウが生かされているのだろう。


1号車の「HELLO! PLAZA」では西日本の各地域を期間限定で紹介し、物販も行う(撮影:尾形文繁)

車内はどうか。1〜2号車の車内はハローキティでいっぱいだ。1号車はハローキティの限定グッズや地域の特産品が購入できる「HELLO! PLAZA」として使われる。2号車はハローキティ仕様の客室。窓のブラインドやヘッドレストのカバーにハローキティのイラストが描かれ、ハローキティと一緒に記念撮影ができるフォトスポットもある。


2号車は「KAWAII! ROOM」として、ハローキティのデザインが施されている(撮影:尾形文繁)

ほかにもハローキティのイラストが車両のあちこちに隠れている。ユニークなのは和式トイレ。ドアを開けるとハローキティのお友達キャラ「ジュディ」のイラストが張られている。一方で洋式トイレにイラストは張られていない。「和式トイレを使ってもらいたいからか」と、JR西日本の担当者に尋ねたところ、予想外の答えが返ってきた。


和式トイレにはハローキティの友達キャラクター「ジュディ」が描かれている(撮影:尾形文繁)

「使ってもらうというよりも、ドアを開けて楽しんでもらいたいからです」。JR西日本によると、欧米を中心とした外国の人々にとって和式トイレは珍しい存在だ。そのため用を足さずに、ドアを開けて中をのぞく外国人の乗客が少なくないという。ハローキティ新幹線の和式トイレでジュディが出迎えたら、海外のキティ愛好家は大喜びだろう。

海外メディアが大興奮

海外でもハローキティは絶大な人気を誇る。報道公開の模様を、仏女性ファッション誌『エル』のウェブサイトが「これだけはいつか乗りたい」と写真付きで紹介したほか、英の公共放送であるBBCも男性ニュースキャスターが興奮ぎみに報じた。


コラボ新幹線のベースとなったオリジナルの「500系」。かつては東海道新幹線にも乗り入れていた(撮影:吉野純治)

初登場から20年余りを経た500系のデザインはまったく古びることがない。流線形のスタイルは、仏TGVや独ICE3といった海外の高速鉄道車両と比較しても抜群に格好いい。JR西日本はオリジナルの500系をもっとアピールしてもよいのではないかと思う。

それはさておき、ハローキティが持つ世界への圧倒的な情報発信力を使わない手はない。ハローキティ新幹線の登場で、世界中の人に新幹線のよさが伝わり、「新幹線に乗りたい」と思ってもらえるなら、海外高速鉄道の受注競争においても望外の援軍になるかもしれない。