今や社会人の2人に1人が転職している時代。総務省の労働力調査でも2016年の転職者数は306万人。300万人台の大台に上がったとニュースになり、これからも転職人口は増加予測。

そこで、本連載では、いい転職をした女性と、悪い転職をした女性にお話を伺い、その差は何かを語っていただきました。

岡山瑞希さん(仮名・38歳・滋賀県出身)

転職回数……1回
転職した年齢……35歳
年収の変化……120万円→400万円
学歴……地方短期大学卒業

地方は結婚が早い、高学歴だとお嫁に行けないから短大を選ぶ

私は今、東京でウェブサイトの企画営業の仕事をして3年になります。それ自体が夢みたいと言うか……生まれ育った地方は、女の子は大人になったらお嫁さんになることが“当たり前”とされていました。私も中学校時代から恋愛に夢中になり、部活もせずに楽しく過ごしていたので、地元の三番手レベルの県立高校に合格。ほとんどが地元で就職をするという環境で、のんびり高校時代を過ごしました。

周囲のカップルたちが卒業後に結婚する話を聞いていたし、早い子は18歳で子どもを産んでいる人も。ウチは父親が大卒の公務員だったので、「女でも短大くらい行っておけ」と進学させてくれました。

本当は四年制大学への進学もすすめられたのですが、当時交際していた彼よりも学歴が高いと嫁に行けないと思いっていた。それに都会で一人暮らしするのは、絶対に寂しいし、耐えられなかった。まあ18歳当時の私にとっては、世界の全ては地元。そのカルチャーにどっぷり漬かっていたので、しょうがない選択ですよね。

ホントに頭がよく、夢があれば門は開かれていると思いますが、私では短大が精一杯でした。心のどこかで「結婚しなくてはいけない」と思っていたので、男性より学歴が高くなってしまっては、お嫁に行けないと思っていました。

短大は実家から通い、可もなく不可もない成績で卒業

何の記憶もないくらい、短大生活は単調でした。朝、学校に行って、夕方授業が終わってバイトして帰る……という生活。遊ぶと言っても、仕事は一生続けなくちゃいけないんだろうと思い、保育士の資格を一応、取得しました。でも、子供が嫌いなので、地元の建設会社に事務員として就職。20歳から24歳まで手取り月給12~16万円程度で働いて、25歳で高校の先輩と恋愛結婚しました。

子供が授からないことは想像以上に肩身が狭い……

25歳って、ウチの地元ではそこそこの晩婚。22歳くらいから結婚の話をされるので、親からは「やっと片付いた」と言われました。親は世間体を気にするので、“結婚適齢期”とか“いきおくれ”など言っていましたが、私は結婚したくなかったかもしれないと、心のどこかで思っていました。

実家にいれば、家賃、光熱費、クルマの維持費、保険料などもすべて親がやってくれる。結婚してそれらを自分でやらなくてはいけなくなることがちょっと怖かった。それに、結婚したら会社を辞めなくてはいけない暗黙のルールも納得いかなかったけれど、反抗するタイプではないので、結局“寿退社”しました。

10年間の専業主婦生活は、楽だったけれど、漠然とした不安を抱える毎日

朝起きて、夫を家から出して、家事して、当時の時給850円のバイトに行って、ショッピングモールで生活用品を買い込んで、実家に遊びに行って帰ると夕飯になっている。1日があっという間に終わっていました。

この時のアルバイトは、道の駅の飲食店のスタッフ。地元食材を使った特別メニューを企画するなど、結構楽しかったですね。月に得ていたお金が、扶養控除の範囲内の10万円弱。このラインを超えそうなくらい働いてしまうと、総務を担当してくれている人から「働き過ぎですよ」と言われるんですよ。

私が住んでいたエリアは、女性は本当にお金が稼げません。そんなことを思う人がいないんですよ。だから、漠然とした不安はありましたよ。お金とか、子供が生まれないこととかではなく、このまま、何もしないで人生が終わってしまうことに対する不安というか……。

女性は男性より稼げない。だから、家事を率先して担当。実家にいる時も、結婚してからも、毎日3食の料理を作ることが、当たり前だと思っていた。

「なんでそんなに遊ばないの?」と、東京から来た男性スタッフに指摘され、人生を再考し一念発起した後は……〜その2〜に続きます。