オランダ製の焙煎機の音が響く中、作業に没頭する後藤さん。その姿はまさに職人だ(筆者撮影)

「世界一のコーヒー焙煎士」の後藤直紀さん。2008年に福岡県大野城市で「豆香洞(とうかどう)コーヒー」を開店し、2013年にロースター(焙煎士)の世界大会で優勝。今年2月には、テレビ番組「マツコの知らない世界」に出演したことで注目が高まった。そんな後藤さんは今、大手企業とタッグを組んで、“おうちコーヒー”の新しい可能性に挑戦している。そこには、コーヒーへの深い愛情と絶望があった。

後藤さんが焙煎士になったきっかけ

福岡のイベント会社で働いていた後藤さんがコーヒーの世界に踏み込んだのは、25歳のとき。なじみのコーヒー店主のひと言がきっかけだ。「自分で豆を焼いたほうが安いよ」。生豆を分けてもらい自宅で焙煎するうち、その奥深さとコーヒー業界の人たちに魅かれて、「30歳までにロースターになる」と決意。

2年の独学を経て、東京で開かれた2日間の開業セミナーに参加した。その際、東京の名店を巡り、自分のレベルの低さに愕然としたという。

「明日にでも開業できると思っていたのに、プロとアマの差がはっきり見えて……開業はまだまだと悟りました」。福岡で会社員を続けながら、東京の老舗「カフェ・バッハ」の田口護さんのもとに3年通い、「がっついて」焙煎を学んだ。


外から焙煎スペースが見える豆香洞コーヒーコーヒー通はもちろん、親子連れから地元の年配の人たちまで、いろいろな人に愛されている(筆者撮影)

32歳で、大野城市に小ぢんまりとした「豆香洞コーヒー」をオープン。

「家庭のコーヒーをおいしくしたい」という思いから、喫茶ではなく、焙煎した豆の販売をメインにした。

「最初の数年は私ひとりで、都心から離れた店にわざわざ豆を買いに来てくれるお客さんとカウンター越しにゆっくり話しながら、自宅でおいしく淹(い)れる方法をお伝えしたりしていました」。

開業してからも日々勉強。東京で味わった挫折感がトラウマとなり、トップレベルの仕事を見たくて競技会にも参加。2013年フランスで開催された「World Coffee Roasting Championship」に出場すると、見事チャンピオンに輝いた。「私は総合点でたまたま優勝できただけ。1つひとつの技術を見ていくと、世界にはものすごい人がいっぱいいると刺激を受けました」と語る横顔に、飽くなき向上心と謙虚さがにじむ。

後藤さんが店を開いて、今年で11年目。世界一の焙煎士となり、明るい未来を描いているのかと思いきや、「生産地の危機的な状況を目の当たりにして絶望している」と打ち明ける。

5年前、初めてコーヒー豆の買い付けで、中米グアテマラを訪れたときのこと。

「前年に多くの木がさび病でダメになり、収穫量が激減し、数千人が失業したと聞いてショックを受けました」。そもそもコーヒーは繊細な植物で、昨今の気候変動の影響を受け、病気が蔓延しやすい。

新しくコーヒーの木を植えても収穫まで3〜4年は収入ゼロ。またいつ病気が広がるかもわからない。実際に、世界でいちばん飲まれている野生のアラビカ種は、2080年までに絶滅の恐れがあるとされている。「生産自体が危ういのだと思い知りました」。

働き手不足という課題もある。いいコーヒーは標高が高いところで採れるので、急斜面を登り、熟した豆だけを取るのはかなりの重労働。だが、1日あたりの賃金は驚くほど低い。「昔はみんな当たり前のように家の手伝いをしていたけど、今はいろんな情報が入ってくるようになり、働き手が減っているそうです。世界各地で、いい豆ができたのに収穫するピッカーが集まらず、出荷できなかったという話を耳にします」。

コーヒー業界は30年後さえ危ういかもしれない

アフリカエチオピアでは、コーヒーからチャットという麻薬への転作が相次いでいた。

「有名なコーヒーの産地なのに、車で数時間走っても見渡す限りチャット畑が広がり、コーヒーはどこにも見当たらなくて。樹齢100年の古木もある伝統的なコーヒー農園に着いたときは、ホッとしました」。しかし、それも束の間。農園の女性が「ここの木は全部切って、来年からチャット畑にするのよ」とうれしそうに話したという。「ものすごく衝撃的でした。チャットは葉っぱだから簡単に生産できて、密輸品として高値で取引される。生産者にとっては当然の選択と理解はできるのですが……」。

気候変動や病気でコーヒーが採れなくなり、転作で生産者がいなくなり、働く人も見つからない。「一生働きたいと飛び込んだ業界なのに、このままでは22世紀までもたない、いや、30年後さえ危ういかもしれない。絶望感しかなくて……」。どうしようもない現実を前に、やりきれなさが募っていた。

そんな中、2年ほど前、思わぬ依頼が舞い込んだ。


豆香洞コーヒーの店内の様子。お客さんとスタッフが談笑していた(筆者撮影)

「家庭用焙煎機の新規事業を手伝ってほしい」。相手は大手家電メーカーのパナソニックだった。

家庭用焙煎機「The Roast」と、毎月3種(または2種)の生豆が届くサービスのセット販売。

後藤さんが担当するのは、毎月3種の生豆の特徴に合わせて、焙煎機の熱風温度や風量、時間設定を緻密に考え、最大9タイプの焙煎レシピを作る、つまり味をデザインすること。

お客さんは豆とともに届くストーリーブックを読み、好きな焙煎レシピでその味を再現できるというわけだ。「画期的な技術とサービスで、新しい時代がきたと感じました。それにコーヒー界の窮地を少しでも救えるかもしれないと思い、引き受けました」。


後藤直紀(ごとう・なおき)/「豆香洞コーヒー」オーナー焙煎士。1975年神奈川県横浜市生まれ、福岡市育ち。「いつか飲食店を開きたい」という思いから、お酒のイベント会社に就職。東京「カフェ・バッハ」の田口護さんに従事。2008年「豆香洞コーヒー」をオープン。2013年「World Coffee Roasting Championship2013」で優勝。2017年からパナソニック「The Roast」の焙煎プロファイル(レシピづくり)を担当(筆者撮影)

コーヒーは、生産者から消費者に届くまで多くの人がかかわる。生産、豆の輸出入、焙煎、抽出、配送……。消費者が自分で焙煎や抽出をしたり、流通の仕組みが変わったりして、あいだでかかわる人が減れば、その分、生産者により多くのおカネを払うことができるはずだ。

しかしそれは同時に、焙煎士の仕事を奪うことにもなりかねない。それゆえ「私に打診される前、多くの焙煎士が依頼を断ったと後で知りました。今でも業界で賛否があることは承知しています」と後藤さんは静かに語る。

2017年6月に販売を始めて、この1年で114タイプの味をデザインしてきた。同事業リーダーのパナソニックの井伊達哉さんは「焙煎機自体が高額(10万円)なのでどんどん売れるわけではありませんが、お客さまには大変好評です。後藤さんには焙煎機の開発から携わっていただき、一切妥協せず、徹夜しても最高の味を追求される姿勢にただただ頭が下がります」という。

後藤さんにとっては儲かる仕事なのだろうか。本人に尋ねると「大手企業の仕事だから大金が入るでしょとよく聞かれますが、実験的な事業ですから。先日、ふと自分の仕事を時給換算してみたら……途中で計算はやめました」と大らかに笑う。

技術革新を起こせれば、コーヒーには生き残る道がある

「自分の店もRoastの仕事も、どちらも根本にある思いは同じ。家庭のコーヒーをおいしくしたい、それだけなんです。現実に絶望することもあるけれど、今はどんどん新たな技術が生まれる時代で、もしかしたらコーヒーに関しても急斜面で収穫しやすい機械ができたり、病気を防げるようになったり、生産現場や流通、保存の仕組みや技術に革新が起こるかもしれない。

そうして問題をクリアしていけば、コーヒーが22世紀まで残っていく可能性はある。コーヒー屋は決して儲かる仕事じゃないけれど、みんないいコーヒーを提供したい一心で頑張っているんです。私も大好きなコーヒー業界で一生涯、味をデザインしたい」

自宅では、10歳の長男が後藤さんにコーヒーを淹れてくれる。それが本当においしいのだと目を細める。

コーヒーのおいしさは、シチュエーションによるところも大きい。おいしいかどうかの答えは、一人ひとりの心の中にある。だから私はおいしさではなくて、いいコーヒーを追求していきたい」。もし後藤さんの息子さんがコーヒーマンになりたいと言ったら……未来のコーヒー業界はどうなっているだろう。技術革新に希望を託し、後藤さんは今日も淡々と焙煎を続けている。