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とりあえず休ませてください。メンタルの不調で休みに入った社員が、1カ月経っても、2カ月経っても、戻って来ないとしよう。「まだ調子が悪くて」と言われると、無理やり出社させるわけにもいかない。どうしたらいいものか、会社側としては大いに悩むことになる。会社が悩めば、宙ぶらりんとなった社員も困ってしまう。労働問題を扱う島田直行弁護士は、「うつ病社員への対応は、事前にハッキリと決めておくことが大切。事後対応は致命的」と言う――。

■とりあえず様子を見よう、が一番危険

「先生、うちの社員がうつ病で長期間休んでいます。どうしたらいいでしょう」

こんな相談を受けることがある。長時間労働によるうつ病といった社員のメンタルヘルス不調は、社会問題として周知されるようになった。ストレスチェックといった事前の予防も積極的に実施されるようになった。だが現実的なところとして、やはり社員がうつ病になってしまうことはある。

うつ病をはじめとした精神的な疾病について、会社の対応が後手になる傾向がある。精神的な疾病は、個人のプライバシーに直結するところだ。ついつい「とりあえず様子を見ておこう」と対応を先延ばしにすることで、何もしないまま時間ばかりが経過してしまう。

うつ病の治療をしている社員にとっても、「自分はどうなるのだろう」という不安ばかりが募ってしまうことにもなる。社員が治療に専念できるように、社長としても、対応を事前に取り決めておくことが必要だ。事後的に「こういう扱いにするから」としてしまうと、社員とのトラブルになることは間違いない。

■どんなトラブルが起きるのか

うつ病の原因はさまざまだ。ストレスの原因が業務の場合もあれば、家庭の問題の場合もある。あるいは双方重ねてというときもあるだろう。このようにうつ病の原因を特定することは容易ではない。一般的には、申請をしても労災認定されないことが多い。精神障害の労災認定率は、約4割といわれている。それでは、労災認定されていない社員のうつ病に関して、どういう点がトラブルになるのかざっくり見ていこう。

まずは、受診命令だ。体調がすぐれないように見える社員に「とりあえず病院で診察してもらって」と言えるかということだ。これは、就業規則に明示されていればできる。明示されていない場合であっても、必要性があれば、できるだろう。症状が悪化する前に、早めに診察を勧めるべきだ。

社員がうつ病になって治療を要する場合には、会社が休職命令を出して休職ということになる。休職期間中の賃金は、一般的には無給と定めているところが多い。社員としては、加入する健康保険から傷病手当金を受給することができる。ここに火種が一つある。

■休職中で給料ゼロでも、社会保険料はかかる

休職期間中のトラブルとして、社員が個人的に負担する社会保険料に関するものが多い。休職期間中でも社会保険料は発生する。社員のなかには、「給与をもらっていないのだから個人負担はない」と誤解している人が少なくない。あとから請求して、揉めることがある。会社側が一方的に将来の給与や退職金から相殺するのは禁止されている。現実的な対応としては、休職期間中の社会保険料の支払い方法について、確認して事前に書面を作成しておくべきだろう。

休職中の社員に対して、定期的に状況報告を求めることはできる。ただし、報告を超えて何かを求めることは難しい。たとえば、休職期間中にパチンコ店で見かけたとしても批判することはできない。休職期間中は、労働契約上の義務から解放されているため、基本的に何をやっても自由だからだ。

■ルールがなければ、うつ病でも定年まで雇用

一番もめるのは、休職期間が終了したときの処遇だ。中小企業では、休職期間として3カ月くらいを就業規則で定めているケースが多い。この期間中に復職できればいいが、精神障害の場合には、治癒までに時間を要する。3カ月で復職できなかったらどうなるのだろうか。就業規則に何も記載がなければ、3カ月経過しても社員たる地位を維持することになるから、定年まで雇用し続けることになる。解雇すれば、不当解雇となってしまう。

そこで、休職期間満了までに復職できない場合には、退職とみなす規定を就業規則に記載するところも増えてきている。3カ月以内に復職できない場合には、退職と見なすということだ。社員が困るのは、ルールがなく、いきなり「退職してくれ」と言われること。将来どうなるかの予測を立てることができれば、社員もそれに応じた、策を練ることができる。あらかじめルールがあることが何より大切だ。さらに言うと、「復職の可否を誰が判断するのか」が重要になってくる。

■復職を決めるのは、社員か、会社か、医師か

社員としては、いつまでも休職しているわけにはいかないので医師と相談のうえ、軽微な仕事から復職したい。これに対して会社としては、本当に治癒して復職できるのか判然としないから、復職を認めるわけにはいかない。こうしたケースはありがちである。

復職が認められないとすれば、休職期間満了によって社員は退職になってしまう。社員にとっては、社員たる地位を失うことにもなりかねない。これは、「誰が復職を決めるのか」という問題に収斂される。社員なのか、会社なのか、あるいは医師なのか。そこが曖昧になっているから悩むことになる。就業規則で「復職については会社が判断する」としておけば、話はぐっとシンプルになる。

さらには、復職の判断材料とするため、会社の指定した医療機関における診察を求めることができるルールを就業規則に入れているところもある。ただ、就業規則でこういったルールが何も触れられていない企業がまだまだ多い。何も記載がなければ、復職については基本的に社員の意向が尊重されることになるだろう。いきなり解雇したら不当解雇で無効となり、さらに慰謝料の請求も受けることになることが目に見えている。

■もし、訴えられたらどうなるか

上司のパワハラでストレス性うつ病が発症した事案では、300万円の慰謝料が認定されたものがある。またパワハラから精神疾患になり1カ月の自宅療養を要した事案では、慰謝料として150万円が認定されている。いずれもパワハラで精神疾病となったときには、通常のパワハラ事案に比較して高額の慰謝料が認定される傾向がある。

このように就業規則でしっかりしたルールを作っておくことは、社員のメンタルヘルス対策において必要なことだ。社員がうつ病になったあとに、あわてて就業規則の内容を変更しても無効となる可能性がある。問題が発生する前に整備しておくことが必要だ。

さらに就業規則は、その内容を社員に周知しておかなければならない。いくら立派な就業規則を作成しても、会社の金庫で保管などしていたら意味がない。就業規則は、社員が内容を認識していなければ意味がないし、裁判でも周知がなかったとして効力が否定されるときもある。これを機会に自社の就業規則を見直してもらいたい。

(島田法律事務所代表弁護士 島田 直行 写真=iStock.com)