ここはとある証券会社の本店。

憧れ続けた場所についに異動となった、セールスウーマン・朝子。

そこでは8年前から目標としていた同期の美女・亜沙子が別人のように変わり、女王の座に君臨していた。

数字と恋をかけた2人のアサコの闘いの火蓋が、今切られるー。

念願の本店に異動になった朝子だったが、同期・今井亜沙子は、数字の出来ない先輩に土下座をさせた上に、後輩を追い込んで逃亡させるという傍若無人な女だった。

パワハラで飛ばされた寺島に変わって島村が営業一課の課長となり、朝子はメキメキと成果をあげ始める。

一方の亜沙子は、不倫関係にあった本店長・村上から彼の出世を機に一方的にフラれどん底にいた。




朝子 : 必ず、頂点へ。


―え?嘘でしょ?!

今月の最終週となる月曜日の朝。出社早々、朝子はホワイトボードを見て目を丸くした。

先週の金曜日の時点では、今井亜沙子は今月の予算をまだ残していたはずだった。それが、週が明けたら既に予算が終わっているではないか。

―こんなに仕事出来る人、見たことない…

月の前半、不思議なほど数字を出さなかった亜沙子が、月の後半になって驚くべきスピードで数字を決め続けている。

その仕事ぶりは目を見張るものがあった。

オフィスにいる間は常に受話器を片手に電話をしており、誰にも話しかける隙を与えない。そうかと思うと、次の瞬間には外出しており、オフィスにはかなり遅くに戻っているようなのだ。

そして翌日、朝子達が出社してホワイトボードを見ると必ず、亜沙子が前の日に大口の数字を決めた事が記されている。

亜沙子が予算を終えた事を知った朝子は、自分の胸がふわっと熱くなるのを感じたのだった。


亜沙子の必死な仕事ぶりを目の当たりにした朝子。見方は次第に変わっていき・・・?


“どうしても数字で二課に勝ちたい!”

今月が始まってから、そんな目標に向かってひたすら一生懸命な朝子だったが、それがいかに難しい事かを痛感していた。

若手社員は島村の指導で、かなり数字をあげるようになっている。だが朝子のいる一課には他に、篠原やもっと年上の先輩社員がおり、彼らは毎月の様に数字を落としているのだった。

“別にみんなが一番を目指して働いている訳じゃない”

それが現実だった。

会社の利益の殆どは、上位2割の社員が稼いでおり、6割はなかずとばず。そして残り2割は、常に足を引っ張っている。

支店は会社の縮図であり、課もまた支店の縮図なのだった。

上を目指せば目指すほど、そんな現実を目の当たりにする。だからこそ朝子にとって、亜沙子の必死な姿は、心にぐっとくるものがあったのだ。

―彼女は一緒にお喋りするような友達ではない。数字が出来なくて追い込まれたって、亜沙子に相談しようとも思わない。なにより、彼女の周りへの振る舞いは本当に人としてどうかと思う。

…だけど彼女は、必ず自分に課された予算はやり遂げるという責任感を持っている。

―島村課長は、最初からこうなるって全部わかってたのかな?

亜沙子が同じ課にいてよかったー。追い込まれた環境で、はじめて亜沙子がいることの心強さを朝子は感じるのだった。



月末の最終日。営業一課は既に今月の予算を終えていた。

結局、朝子と亜沙子が予算を大幅に超えて数字をやり、課の先輩達の落としている数字をカバーしていたのだ。

予算を終えている事もあってか、比較的穏やかなムードが営業一課を包んでいる。

だが、朝子は最後の瞬間まで数字を追いかけようと心に決めていた。




刻々と入力されていく出来高の数値を見ていると、一課と二課の数字が他の課より抜きん出ており、若干二課の方が上回っている。

朝から必死で数字を詰める朝子。周りの課員たちは、既に予算は終わっているのに何故そこまで今月の数字に朝子が拘るのか理解出来ていないようだった。

もう入力時間も終わりを迎えようとしていた。

―やっぱり一課を一番にしようなんて、無理なのかな…

弱気な思いが顔を出したその時、パーティション越しの亜沙子がすっと席を立ち、ホワイトボードに数字を書いた。

朝子は目を見開く。その数字は、一課と二課の戦いを決定付ける金額だったのである。

朝子は思わず立ち上がり、席に戻った亜沙子に向かって声をかけていた。

「今井さん。ありがとう。」

すると、亜沙子は露骨に顔をしかめた。何こいつ?とでも言いたげな表情である。

「別にあなたのためにやったんじゃないんですけど。自分の仕事してるだけだし。」

―…確かに。私がお礼をいう事じゃない。だけど、あの最後の瞬間に数字を出すなんて、今井さんも絶対、二課に負けたくないと思ってたとしか思えない!

朝子は、ニヤニヤした顔を抑えるのに必死だ。

嬉しそうな顔を見られたら、亜沙子はきっとまた怒り出すだろうから。


成果を出した朝子と亜沙子。しかし、亜沙子には新たな試練がふりかかる




亜沙子:突然の人事異動・・・


「皆さん、集まって貰えますか?」

その日、島村が課員を会議室に集めた。島村が課長に着任してからは、まもなく一年が経とうとしている。

亜沙子が真ん中に姿勢よく腰かけると、その横に朝子が足を綺麗に揃えて座る。そして、他の課員は二人を囲うように座っていった。

島村は心なしか明るい表情をしている。

「今日、今期の表彰者が発表されましたが、営業一課からは今井さんと中川さんが選ばれています。」

島村がそう言って拍手すると、みんなもつられるようにして拍手をした。

「そして、今回は、中川さんが全国一位です!凄いですね。おめでとうございます。」

島村も珍しく優しい笑顔を向けていて、朝子は嬉しそうな顔をしていた。

朝子の屈託のない笑顔を見て、亜沙子は思う。

―結局、この手の「いかにも前向きです!」みたいなタイプが一番強いのだろうか?

初めて見た時から、朝子の“みんなで頑張ろう”みたいなノリがやたらと鼻についていた。

この職場環境であんな風に明るく前向きでいられるなんて、ちょっと頭が弱いんじゃないかとすら思えるほどだ。

だいたい課長でもないのに、課の数字にこだわり過ぎなのだ。「それはあなたの仕事じゃないから!」と言ってやりたくなる。

だが結局、課の数字に必死になるあまり、自分が全国一位になるまで数字をやってしまうのだから、もはや大したものだと言うしかない。



そして気がつけば、人事異動の季節となっていた。

―次はお前も管理職になるんだから、周りの後輩の面倒も見ないと駄目だぞ。

かつて村上からは、何度となくそんな事を言われていた。そのせいか、亜沙子自身も次は当然のように営業課長になることを想像していた。

亜沙子が本店に来てからもう4年以上になる。 今の成績であれば、最年少課長になることも有り得ない話ではない。

その日、本店長室に呼ばれた時、亜沙子の心臓は飛び出そうなほどドキドキしていた。

この仕事は全国どこへでも行かされる可能性があるのだ。緊張せずにはいられない。

村上の後任となる本店長は小太りで、村上のような男性的な魅力を少しも感じさせない。脂ぎった顔をこちらに向けて、まくしたてるように話す。

「今井さん。本店では頑張ってくれてどうも有難う。次の異動先はね、名古屋支店。そっちでも、今まで通り頑張って下さい。」

―え?名古屋?課長じゃなくて?

亜沙子は、自分の辞令が管理職じゃないのか確認しようかと一瞬躊躇った。

その間を感じとったのか本店長が続ける。

「名古屋では、本店の筆頭セールスがいくって事で、大手のお客さんを担当してもらう予定らしいから頑張ってね。」

そして、話はそれでおしまい、とばかりに開いていた手帳を閉じた。

―私が、名古屋のセールス…?

状況が上手く理解出来ずに呆然としながら、本店長室を出る。


予期せぬ衝撃の人事異動を告げられた亜沙子。女王はついに敗れるのか…!?


本店に来てから、表彰を取らなかった事など一度もなかった。常に最高の成績を納めてきたのに、なんで降格するのか理解が出来ない。

吐き気を感じそうなほど、頭の中をいろんなことがぐるぐると回っている。そして一瞬冷静になり、ふと思うのだった。

―もしかして、村上本店長の仕業…?

自分との関係を完全になかったものにしようとする村上からすると、自分の出世の後に亜沙子が出世するのは、まるで引っ張ったかのように見られるので避けたかったということなのだろうか?

真相はわからないが、亜沙子にとってはそれ以外に思いあたる理由がなかった。




それから月日は流れー。

-ようやく、ここまで這い上がってきた…。

亜沙子は背筋をまっすぐ伸ばすと、堂々と東京オフィスのビルのエントランスをくぐった。

衝撃の異動辞令を受けてからもう2年が経つ。2年前のあの日、亜沙子は確かにどん底にいた。

名古屋支店で過ごした時間は、苦汁を嘗める様な日々だった。

“あんなに数字が出来てたのに降格って、何かやらかしたんじゃないの?” 周りの同僚達がそう思っているのが、嫌という程伝わってくる。

頂点にいたはずの自分が、今や哀れみの目で見られているのかと思うと心底腹立たしかった。だが、そんな環境でも亜沙子が腐らずに成果を出し続けられた背景には、ある人物の存在がある。

それは、島村だ。

亜沙子が名古屋支店への異動を告げられた日、島村は亜沙子にこう告げたのだ。

「今井さん。あなた、営業センスがあるだけでなくて良く勉強もしているから、法人営業も向いていると思いますよ。事業法人部なんていいんじゃないですか。」

ーこれから名古屋に行く私に、そんな事言ってどうするのよ?

その時、島村の発言が無神経に思えて苛立ちを覚えたのは確かだ。

だがそのとき咄嗟に思い出したのは、亜沙子が絶望の淵に立たされたときも自分をまっすぐ見据えてきっぱりと言った、島村の言葉だった。

-トップをひた走るのは孤独な戦いです。どんなに辛い時も自分で這い上がるしかないんです。

村上にゴミのように捨てられた結果、仕事ではじめて追い詰められたそのときでさえも、島村は亜沙子の力を少しも疑うことなくそう言ったのだ。

島村は、自分の事を良く見ている。そんな彼女がそういうのであれば、きっとその通りなんだろうと次第に思い始め、いつしか、“事業法人部”へ異動する事が亜沙子の新たな目標となっていたのだ。

そして今、新たな異動辞令を受けて、亜沙子は東京に戻り、島村がかつて働いていた事業法人部の部署にいる。

心地良い緊張感と共に、気合は十分だ。

ーこれから私の新たな挑戦が始まる。頂点目指してどんな努力だってしてみせる…!

やる気溢れる亜沙子だが、これからの戦いが壮絶なものになる事は目に見えていた。

何故ならー。

「今井さん、おはよう」

ふいに肩を叩かれ振り返ると、そこにはかつてのライバル・中川朝子の屈託のない笑顔があった。

そう、彼女も時を同じくしてこの部署へ異動して来ていたのだ。亜沙子を追い越してスタスタと歩いていく朝子の背中をじっとりと見つめる。

-朝子、見てなさい。今度は私があなたを負かす番よ。

「おはよう」

亜沙子は早足で再び朝子の隣に追いつくと、冷たい笑顔を返す。

そして二人は、まるで競うかのように肩を並べ、長い廊下をまっすぐ歩き始めるのだった。

Fin.