「AI失業論」と「AI失業のウソ論」の議論に決着!?(写真:metamorworks / PIXTA)

「人工知能によって20年以内に人類の仕事の49%が消滅する」という研究が2014年にオックスフォード大学から発表されて以来、AI失業が起きるという脅威論とAI失業は起きないという楽観論の議論が活発になってきた。

AI失業論は間違っているという意見の根拠はふたつある。ひとつは東大ロボくんプロジェクトからわかった事実だ。東大ロボくんプロジェクトとは人工知能が東大入試を突破できるかどうかに挑戦したプロジェクトで、最終的には「今の設計思想のコンピュータでは絶対に東大入試を突破できるような人工知能は登場しない」と結論づけた。人間の頭脳は今のハードウェア上で作動する人工知能には越えることができないのだ。

もうひとつの根拠はオックスフォード大学のオズボーン准教授の研究成果への反証である。発表されている論文を一つひとつの業務について検証していくと、人工知能で代替できる以外に手作業などが必要な工程がたくさん存在していることがわかったという。人工知能による省力化はできても、その仕事全体が消滅することはないのではないかという議論である。

本当の意味で人類の仕事を消滅させる人工知能は、2020年代中盤以降に出現が予想されるニューロコンピューターまで待たなくてはその脅威は起きない。人工知能による仕事消滅は部分的にしか起きないというのが「AI失業のウソ論」の主張である。

そのような主張に対して「これから先の5年間に起きることは『AI失業論』も『AI失業のウソ論』もそれほど違っていない」というのが私の主張だ。

AI失業は現在進行形で起きている

人工知能が人間の脳と同じように機能するようになり、人類の仕事消滅が本格的に起きるのは2030年代中盤以降だろう。だから人類の仕事の半分が消滅するというような事態は20年後まで起きない。そしてまだ時間があるがゆえに、そうなるかどうかは議論の余地がある。

しかし問題にすべきはその前だ。これから先、5年から10年の近未来では人工知能が消滅させる仕事はせいぜい全体の10〜20%だという。しかしそれはよく考えてみたらリーマンショックの瞬間風速の失業率10%を超え、1929年の大恐慌に匹敵する規模の仕事消滅ではないだろうか。

AI失業の規模が50%になるのは遠い未来だとしても、これから5年、AI失業は大きな社会問題になる。そしてよく考えてみればAI失業は現在進行形で起きているのだ。

過去20年間でわれわれビジネスパーソンがいちばん実感しているであろうことは「パワードスーツ効果」である。パワードスーツとはハリウッド映画のヒーローが着る強化服のことだ。パワードスーツを身につけると普通の人がスーパーヒーローの力を手に入れる。

現代社会のパワードスーツとはインターネットでありパソコンでありスマホである。これらのパワードスーツを手にすることで、現代のビジネスパーソンは、これまでになかったほどの高い生産性で働くことができるようになった。

あなたも心当たりがあるだろう。スマホの普及によって仕事は忙しくなる一方だ。どこにいてもメールやSNSで仕事は追いかけてくる。そしてどこにいてもインターネットや社内のサーバーにアクセスすれば仕事に必要な情報は手に入り、一つひとつの用件はその場で処理できる。しかしそのような仕事が無限に追いかけてくるようになった。

仕事の生産性がここまで高くなったのにもかかわらず、給与は下がり続ける一方だ。2000年頃の日本人の実質賃金を100とすれば、実質賃金は過去一貫して下がり続け、現在では85ぐらいの水準にまで下がってきた。生産性が高くなったのに給料が下がる理由は、パワードスーツを使っているのはあなただけではなく、世の中全員だからだ。全員が同時に生産性を上げたので、仕事は忙しくなる一方で給料は上がらなくなってきた。

これから先、人間の仕事を肩代わりする人工知能の能力が向上するに従って、さらに生産性は上がり、さらに給料は下がっていくだろう。これがパワードスーツ効果の恐怖である。

AI失業の脅威は政治で抑え込まれる

AI失業が本格的に社会問題になり始めるのは今から4年後の2022年だ。自動車メーカー各社から「レベル5」に位置付けられる(レベル0〜5までの6段階ある)完全な自動運転車が発売されることで、日本国内の123万人の職業ドライバーが将来的な失業の危機の入り口に立つ。

運送会社から見れば人間が運転する長距離トラックと比べて自動運転の長距離トラックはそのコストの低さからとても魅力的な商品である。路線バスやタクシーなど、人を乗せて市内を走るビジネス車両も人件費なしで運用できるようになる。

ではドライバーの仕事が消滅するとドライバーは大量失業するのだろうか。ここが問題である。100万人規模の失業が一度に起きてしまうとリーマンショックと同じ規模の大きな社会問題になる。時の政権はもたなくなるだろう。しかし政府には比較的簡単な対策がある。ビジネスで利用する自動車には必ず管理士をひとり搭乗させなければいけないという法律を作ればいいのだ。

これで運転は自動化されても、運転席には人が乗る必要が出てくる。このような政府の規制によって仕事が消滅してもAI失業は抑制される。もちろん車に乗りながらスマホをいじっていればいいだけの仕事だから、給料はプロのドライバーほどは高くない。

専門家の仕事はなくならないが給料は大幅に下がるはず

弁護士や会計士、医者といった高級取りのナレッジワーカーの仕事は比較的近い未来に人工知能におきかわることができると言われている。専門家の仕事は現在のタイプの人工知能に向いているのだ。

とはいえこれらの士業の仕事も同様に、人工知能に置き換えられた後も「資格をもった人間が行わなければならない」という法律は残るだろう。スマホをいじっているだけで患者の診断ができるようになっても、その診断結果を読み上げるのは医師免許を持った開業医。そんな時代がもうすぐやってくる。これらの仕事は法律によって消滅しないとしても、誰でもこなせるようになる専門家の給料水準は今よりも大幅に引き下がっていくだろう。

法律で仕事消滅から守られる仕事ばかりではない。メガバンクではすでに人工知能によって無駄な業務を消滅させる試みが進んでいる。RPA(ロボティックプロセスオートメーション)と呼ばれるその手法によって、ホワイトカラーの事務作業の多くが人工知能に受け渡されることになる。


事務作業はいちばん人工知能に向いた仕事である。毎日空調の効いた快適なオフィスの中で机に向かって行うような仕事の大半は、これから5年、10年で大幅に人工知能に置き換わるようになる。

これから先の5年から10年の間、人工知能によって奪われない仕事とはいったい何だろうか? 拙著『「AI失業」前夜――これから5年、職場で起きること』では3つの可能性を挙げている。人工知能の発展そのものにかかわる仕事。人工知能が苦手なコミュニケーション力に磨きをかける仕事。そして、頭脳だけでなく肉体も同時に働かせるフィールドワークの仕事である。

完全なAI失業はまだ10年以内には起きないかもしれない。しかしAI失業前夜には、人工知能の発達によってこれまでにないほど仕事の中身が代わり、支払われる給料も激変する。変化はやはり起きるのだ。