街乗りからサーキット走行までこなすホンダ「シビックタイプR」(写真:HondaMediaWebsite)

筆者は毎年ニュルブルクリンク24時間レースの取材にドイツに行く。空港から現地までクルマ移動となるが、なるべく日本車を借りるようにしている。その理由は「日本車がクルマの本場であるドイツの道で通用するのか?」を体感するためである。


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正直に言えば、これまでは「日本車もっと頑張れよ!!」と思うことが多かったが、昨年乗ったトヨタ自動車の「C-HR」、今年乗ったホンダ「シビックタイプR」は「日本車もここまできたか」と思わせる走りが印象的であった。カテゴリもキャラクターも異なる2台だが実は見えないところに共通項がある。どちらもクルマの本質にこだわって開発されているのだが、足元をのぞくとZFのショックアブソーバーが使われていることだ。

クルマの“乗り味”を決める重要な部品の1つ

ショックアブソーバーはサスペンションの構成部品のひとつで、スプリング(ばね)とセットで使用。スプリングの弾性を用いて路面からの衝撃を抑えるが、元に戻ろうとする復元力による振動を吸収するのが基本的な役目である。ただ、乗り心地を確保するだけでなく、車体の姿勢や操縦安定性をコントロールするため、クルマの“乗り味”を決める重要な部品の1つと言われている。


ZFのショックアブソーバーを採用したトヨタ「C-HR」(筆者撮影)

最新のシビックタイプRに搭載されているZFの技術は、CDC(コンティニアスダンピング・コントロール)の最新版「CDC Evo」。センサーから路面の状況、車両の走行速度、ドライバー操作によるクルマの動きを検知して、減衰力を電子制御で可変させる。

CDCがショックアブソーバー内蔵式に対してCDC Evoは外付けだ。機能的には同じだが、外付けにすることでサスストロークを多く取れる一方、サスペンション周りのレイアウトを見直す必要もあります。ホンダは従来型のシビックタイプRで内蔵式のCDCを採用していたが、新型シビックタイプRは要求性能とレイアウトの見直しにより外付けをセレクトした。CDCはいちばん柔らかい減衰をコンベンショナルと同じようにセット、そこから固める方向でセットを行っている。

シビックタイプRが街乗りからサーキットまで快適かつ安心して走らせることができる要因はこの技術のおかげといえる。

世界には数多くのサスペンションメーカーが存在する。ドイツのビルシュタイン、スウェーデンのオーリンズ、日本のKYB、ヨロズ、ショーワ、タナベなどの名前を知っている自動車好きは少なくないだろう。自動車メーカーの純正採用が多いブランド、アフターマーケットに強いブランド、モータースポーツに強いブランドなどさまざまだが、実はどのカテゴリでも成功を収めているブランドは数少ない。ZFはその1つといってもいい。

ZFのショックアブソーバー

筆者の経験上、世の中で「いいクルマ」と評価される市販モデルにはZFのショックアブソーバーが装着されていることが多い。

といっても、クルマに詳しい日本人でもZFのショックアブソーバーと聞いてピンとくる人は少ないかもしれない。正式社名はZFフリードリスハーフェン。ドイツに本拠を置く自動車部品メーカーである。


ZF(筆者撮影)

その起源は「ザックス」にあると説明すれば、自動車好きもピンとくると思う。実はザックスは2001年にZFの傘下となり今日に至る。現在では純正採用品がZF、アフター品がザックスとブランドを使い分けている。

ショックアブソーバーの役目は、どのメーカーの商品も同じ。ただ、筆者には、ZFのショックアブソーバー装着車に乗ると「足がよく動く」「スムーズ」「雑味がない」という印象がある。

ZFジャパンでショックアブソーバーのエンジニアリングを担当する山崎仁さんが解説する。


エンジニアリングを担当する山崎仁さん(筆者撮影)

「基本的な構造や構成部品のバルブやオイルなどは、他社と変わらないと思います。もちろん、純正装着していただくために技術だけでなくコスト要件も非常に重要です。その一方で、『セットアップを行う人のスキル』と『ユーザーの要求に正確に答える』は他社よりも長けています。それは(ザックスとして)1895年に創業して1929年に自動車用ショックアブソーバーの開発製造を本格的に開始して以来の長い“歴史”と“研究開発に掛けるコスト”が大きいことも要因の1つだと考えています」。

筆者は以前、トヨタ「86」にZFのショックアブソーバーが採用された際に、チーフエンジニア(当時)の多田哲哉さんはこう語っていた。


(筆者撮影)

「ZFにはトーマスさんというセットアップの職人がいて、われわれが『このような足にしたい』と要望すると2〜3時間でセットアップしてくれました。実際に乗ってみるとわれわれが要望したとおりに仕上がっていてビックリしました」

また、クロスオーバーSUVのC-HRにもZFのショックアブソーバーが全車に採用されるが、。その理由は開発コンセプトのひとつ、世界のどの道でも通用する「意のままの走り」を実現させるために必要なアイテムだったのだ。

そんな「神の声」を持つ職人がいて技術の伝承やZFイズムが脈々と受け継がれるのはもちろん、培った技術やノウハウが共有されていることが大きいのだろう。まさにアナログとデジタルの融合である。

メガサプライヤーとしての応用力

もうひとつは日本ではあまり知られていないが、ZFはクルマ全体のさまざまアイテムにかかわる「メガサプライヤー」でもある。

ショックアブソーバー以外に、最も有名なトランスミッションをはじめとして、さまざまな機能部品の開発・製造を行う。そのため、単品での良しあしだけでなくクルマ全体の中で「ショックアブソーバーの役割」を俯瞰的にとらえて開発できる。

実はクルマに装着されるアイテムの中で評価の高いブランドはZFと似たような考え方を持っている。たとえば、シートで有名な「レカロ」はかつて車体作りにもかかわっていたし、タイヤで有名な「ミシュラン」はかつてシトロエンを傘下に従えていたこともあった。

ZFが開発を進めているのは電子油圧式車高調ダンパー「eLEVEL」である。車高調整機能というとエアサスペンションが有名だが、構造や価格の問題も多い。しかし、これは油圧でスプリングシートを上下させるため、コイルスプリングをそのまま使えて安価な上にエアサスよりも早い作動も可能だという。

「まだ開発は始まったばかりですが、メーカーの要求に合わせて提案していきたいと思っています。乗り降りを楽にするだけでなく、高速では車高が低いほうがクルマは安定するうえに全面投影面積も下がるため、結果として燃費にも効く……と言ったようなメリットも訴求していきたいですね」(山崎さん)。

「予測ダンピング」という技術も保有している。似たようなシステムが存在するが、ZFのそれは路面状況をセンシングして減衰力を調整するシステムを意味するが、そのセンシングに安全運転支援のカメラを用いていることが特長である。これはメガサプライヤーとしてクルマの機能部品にトータルで携わっていないとできない技術のひとつだろう。

ZFのショックアブソーバーは、「職人技」「最先端技術」「メガサプライヤーとしての応用力」などの強みがある。このほか、モータースポーツの世界では1937年に同社のダンパーとクラッチを搭載した「メルセデス・シルバーアロー」が連勝を重ねて以降、レースはF1からツーリングカー、ラリーではWRCからラリーレイドまで幅広く活動を行い、世界で数々の成功をおさめており、最近ではフォーミュラEへの供給も行う。

これらの活動で得た知見や技術は量産へのフィードバックのためだが、逆に量産からモータースポーツへのフィードバックもあるそうだ。つまり、「極限」と「多様化」のバランスもZFの強みなのである。

日本ではスポーツ系のモデルへの装着がメイン

ただ、残念なことに日本ではZFのブランドは消費者にしっかりと浸透していない。良いショックアブソーバーでいえば、ビルシュタインのほうが圧倒的なブランド力がある。


(筆者撮影)

理由の1つは欧州車には普通のクルマに当たり前に装着されているが、日本ではホンダ・シビックタイプRやトヨタ86/スバルBRZ、レクサスRC F/GS Fなどのスポーツ系のモデルへの装着がメインだということもあるかもしれない。最新のホンダ「オデッセイ」や「ヴェゼル」など普通のモデルにも展開され始めていることを、どうアピールしていくかは課題だろう。

ちなみにZFのショックアブソーバーの工場があるシュバインフルトを日本語に訳すと「豚の街」だそうだ。豚はドイツの味のひとつであるソーセージの材料だが、ショックアブソーバーはクルマの味を作る材料のひとつ……。これは偶然なのか必然なのか。