河合薫『残念な職場 53の研究が明かすヤバい真実』(PHP研究所)

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会社組織では有能な人ほど昇進するとは限らない。ある大企業で赤字事業を立て直した50代の男性は、役員には昇進できず、関連会社に出向させられたという。健康社会学者の河合薫さんは、「彼が命じられたのは部署をたたむこと。事業を立て直すことは、上司の期待を裏切ったことになる。会社組織という階層社会では、有能さが災いしてしまう」と分析する――。

※本稿は、河合薫『残念な職場 53の研究が明かすヤバい真実』(PHP研究所)の第1章「無責任な人ほど出世する職場」を再編集したものです。

■業績を上げると仇になる“意味不明”

組織という顔の見えない化け物の世界では、「責任感や几帳面さは、昇進にマイナスに作用する」「業績と昇進は関係ない」というだけでなく、「業績をあげたことが仇となり、飛ばされる」という意味不明が起こります。

「モリさん(仮名)は死んでいた部署を再生させた。僕たちもものすごくお世話になりました。多くの社員がモリさんのおかげで、仕事の面白さを知り、成功体験をさせてもらった。そのモリさんが外されるのはショックです。結果を出してるんだから評価されて当然なのに……」

これはモリさんの部下、ヤノさん(仮名)から届いたメールです。

モリさんは私がこれまで出会った数少ない「超デキる人」のひとりで、とても誠実かつ論理的。年齢は私より5つ上で、7年前に一緒に仕事していたときの役職は課長でした。そのデキる人が“またまた”遠くに飛ばされてしまった。そう、“また”、です。

これまで幾度となく、デキる人がラインの外へ異動させられるという意味不明に遭遇してきました。

■「あと一歩」で排除されてしまう人

20代、30代であれば「アイツはデキる。うちに欲しい」と評価され、責任ある仕事を任せられます。ところが50歳前後は別。デキる人ほど最後の最後で「どうして!?」というポジションに異動になる。あと“一歩”というところで排除されるのです。

「ゲッ! なんでこの人?」という人から「執行役員に昇進しました」なんて挨拶状が届くのとは裏腹に、「あの人、異動になったらしいよ」と風の便りが残念な人事を教えてくれます。

ご無沙汰していた中で飛び込んできたメールに驚いた私は、「これはご本人に事情を聞かねば!」と、即行でモリさんに連絡。「愚痴になるかもしれませんよ(笑)」と返事をもらい、彼の「証言」を得ることに成功しました。

【証言 某有名企業に勤める男性モリさん】

モリ「お恥ずかしい話ですけど、うちのチームは瀕死状態だったんです。もともとは花形の部署だったんだけどね。売り上げは年々下がっていたし、会社もIT系に事業展開を進めていたので、いずれ淘汰される予定でした。私が10年前に異動になったのも、部署を閉じるためだったんです。ただ、僕は絶対に再生させてやるって思った。子どもの頃から天邪鬼なんです。人がダメだということをダメじゃなくするのが楽しい。性格がネジ曲がってるんだね(笑)。自分で言うのもナンですけど、私は自分のチームの業績を必死で上げてきました。部下たちも、ものすごくがんばってくれてね。販路も広がったし、何よりも今まで誰もやってなかったコンセプトで商品展開できたことで、他社からも注目されるようになったんです」

河合「部下の方も『成功体験をさせてもらった。自信になった』って言ってましたよ」

モリ「そんなこと言ってたの? うれしいね。ただね、会社は部下を育てる上司も、チーム業績を上げた上司も評価しない。600万の黒字より、5億の赤字の方が評価されるんです」

河合「ええっ? わけがわかりません。5億も赤字出したら、普通は責任をとらされるでは?」

モリ「そうは必ずしもならないのが、組織なんです。つまり、上の方針や考えていることを上手く汲み取って動いた人が評価される。うちの会社は、IT系に事業展開したかった。5億はその赤字だったのでお咎めナシ。会社っていうのは、『どこそこの会社では○○が成功した』とか、『どこそこの○○は売れてるらしい』ってのに弱い。でも、猫も杓子もIT系に乗り出しているんだから、ウチには勝ち目はないことくらいわかるはずです」

■5億の赤字が「ナイスチャレンジ!」

河合「それでもやらないと不安、ってことですよね?」

モリ「おっしゃるとおりです。上がやりたいと思ったことに踏み切った人は5億の赤字を出しても『ナイスチャレンジ!』って評価されるんです」

河合「でも、モリさんはちゃんと数字で結果を出したわけですよね? それは評価されないんですか?」

モリ「僕への評価はないですね。ただ『この事業は、まだ行けるな』という面では評価した。瀕死だったうちのチームも格上げされた。『課』が『部』になりましたよ」

河合「モリさんは、そこの部長にならなかったんですか?」

モリ「次長になりました。それまでもたされていた裁量権を、すべて奪われてね(苦笑)。それで半年後に、関連会社に行かされました。それが弊社です。もともと10年前に瀕死の事業部に異動になった時点で、ラインから外れたわけだし、一度外れた人がラインに戻ることはない。部下を育てろ、結果を出せ、と言われるけど、部下とは育てるモノではなく上手く使うコマ。結果とは“上に従順に動く”ってこと。それができる人が上に認められる。逆に下ばかり見ていると上を見る余裕がなくなって、上からは嫌われてしまうんです」

■なぜ組織には無能な上司が多いのか?

瀕死の部署を再生させた“褒美”が出向とは、なんとも解せない人事ですが、彼の会社と似たようなことは方々で起こっています。そして、その意味不明を“INCOMPETENCE”、すなわち無能というグサッと胸に刺さる言葉で表現し、謎を解き明かしたのが米国の教育学者で社会階層学者のローレンス・J・ピーターです。

ピーター博士は長年“無能研究”に打ち込んできました。そして、膨大な数の症例をもとに確立したのが、「Peter Principle」。訳語では「ピーターの法則」。組織に無能な上司が多い理由を説いた階層社会の原理です。

彼がたどり着いた答えは、「上司が無能なのは人間の原罪でも、社会を攪乱しようという悪しき意図のせいでも、たまたま起こる事故や失敗のせいでもない。元凶は“環境(=制度)”にある」というものでした。

「働く人は仕事で評価されると、一つ上の階層に出世していく。そして、いずれは自分の仕事が評価される限界の階層まで出世する。人間には能力の限界もあれば、出世に伴って仕事の内容が変わりうまく適応できないこともある。例えば商品を販売する能力の高い人が、必ずしも管理職としての能力に長けているわけではないので、そのレベルで無能と化す」

ピーター博士は、仕事の最高の褒美が「ヒエラルキーを上る」ことである限り、“無能化”は避けられないとしたのです。

■部署を立て直したことが“裏切り”になる

前出の証言で考えてみましょう。優秀だったモリさんは組織のヒエラルキーを一つひとつ上り、課長まで出世しました。それは上司から「有能な人物」と評された証です。そして、彼は「いずれ淘汰される予定の部署の課長」を任命されました。

もし、モリさんがここで業績を上げることなく「瀕死状態を完全な死」に追いやり、部署を潰してしまえば「有能な課長」として評価されたはずです。

ところが、彼は上(=上司)の期待を見事に裏切りました。業績を向上させて“しまった”のです。

普通に考えれば、瀕死の部署を立て直し、部下を育てたことは有能であり、課長として責任を果たしたことに他なりません。しかし、階層社会ではその有能さが災いします。

「階層社会では、大きな組織の上層部には、立ち枯れた木々のように無能な人々が積み上げられている」(ピーター博士)

そして、「有能な上司は、アウトプットで部下を評価するのに対し、無能レベルに達してしまった上司は、組織の自己都合という尺度で部下を評価する」とピーター博士は喝破しました。

そうです。立ち枯れた“無能な上層部”はモリさんに脅威を感じ、自分たちにはできないことをやってのけた彼に嫉妬したのです。

脅威と嫉妬に包まれた“心”は、ろくなことをしません。「遠くに飛んでもらいましょ」とモリさんを排除し、「でもさ、せっかくだからおいしいところはもらっちゃいましょ。アイツ(モリさん)が事業がイケそうなことを証明してくれたしね」と「課」を「部」に昇格させ、新たな「部長さまの椅子」を増やすことで立ち枯れた木々(=自分たち)の“足下”を肥やした。

組織には「ヒラ文化、課長文化、部長文化、社長文化」があり、それぞれにおいて“当たり前”が存在します。ヒラ文化では上に従順なことは「言ったことしかできない」と批判されますが、課長文化や部長文化ではその従順さこそが評価されるのです。

■「組織が滅びる」と脅しても無駄

裁量権が広がれば広がるほど、「上の言う通りにする=有能」とみなされるなんて意味不明ですが、INCOMPETENCEにとって裁量権の行使は「自分たちの掟」への反逆であり、「階層社会を崩壊」させる行為なのです。

立ち枯れた木々はもともと責任感のカケラもない人たちですから、自分のことしか頭にありません。自分が定年まで今のポジションでいられればそれでいい。どんなに「そんなことしてたら組織は滅びるぞ!」と脅したところでムダなのです。

「企業は損失を最小限にするために、もっとも無能な従業員を管理職に昇進させる傾向がある」――。

これは米国の大人気漫画『ディルバート(Dilbert)』の作者であるスコット・アダムズが考えた「ディルバートの法則」です。

アダムズは米IT企業でエンジニアとして働いた経験をもち、スコット・アダムズ・フッズという会社のCEOを経験。ウイットに富んだ文章を書き、1995年に米経済紙ウォール・ストリート・ジャーナルに寄稿した記事でこの法則を紹介し、一世を風靡しました。

「組織の生産性に直接的に関係しているのは組織の下層部で働く人たちで、上層部にいる人たちは生産性にほとんど寄与していない」とアダムズは指摘。とどのつまり無能な人ほど上司に気に入られ、生産性とは関連の薄い上層部に昇進するため、バカな上司に部下たちは苦悩する、と皮肉りました。

ピーターの法則が膨大な実例を元に分析しているのに対し、ディルバートの法則は学術的な根拠が希薄だと批判されましたが、世間からは広い支持を集めました。上司のずる賢さや、理不尽さ、無責任さに辟易している部下たちは、世界各地に点在します。無責任な上司、無能な上司、に国境はなく、職場の意味不明にも国境は存在しないのです。

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河合薫(かわい・かおる)
健康社会学者
東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。千葉大学教育学部を卒業後、全日本空輪に入社。気象予報士としてテレビ朝日系「ニュースステーション」などに出演。その後、東京大学大学院医学系研究科に進学し、現在に至る。著書に『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアシリーズ)など。

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(健康社会学者 河合 薫 写真=iStock.com)