インタビュー終了後、取材陣も乾杯させてもらった。

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通称「酒飲みのアイドル」。イラストレーター・作家の吉田類さんは、飲み歩き番組『吉田類の酒場放浪記』(BS-TBS)で酔っ払い姿を毎週見せ、その楽しげな様子から、酒好きのみならず下戸からも愛されている。そんな吉田さんが、全国各地での酒の記録をつづった紀行エッセイ『酒は人の上に人を造らず』を刊行した。「最多ハシゴ軒数14軒」という吉田さんが、各地で飲んで体得した酒の楽しみ方とは――。

■「休肝日は中ジョッキ3杯まで」

「中ジョッキ3杯までで終わらせた日は休肝日だと思っていたんだけど、ビールってあれ、水じゃないんだってね?」

イラストレーター・作家の吉田類さんは、そう言う。2003年から始まった、日本各地の酒場を紹介する番組『吉田類の酒場放浪記』(BS-TBS)で毎週楽しく酒を飲む姿を見せ、「酒飲みのアイドル」と呼ばれるようになった。居合わせた客の輪に入り、番組が進むにつれてどんどん酔っぱらっていく様子が、酒好きだけでなく下戸の視聴者からも愛されている。

吉田さんは『酒場放浪記』以外にも、講演会、取材、あるいは趣味の登山などで年中全国のあちこちを旅している。その先々で酒を飲み、各地の飲み方を教わり、店主や居合わせた客の人生を聞く――そんな体験をまとめた紀行エッセイ『酒は人の上に人を造らず』(中公新書)を刊行した。

「本を書いたのは、編集者に頼まれたから(笑)。数年前、僕の講演会に雑誌『中央公論』の編集者が来て『お仕事ご一緒しましょうよ』と言ってくれて。それでこのエッセイを書き始めたんです。本来の僕は酒を飲んでいるだけではなくて、絵描きや物書きをやっているから、その一環にすぎないんですよ」

■全国を訪ねて各地の飲み方を知る

「酒を飲んでいるだけではない」と言いつつも、本書の中の吉田さんは『酒場放浪記』のイメージそのままに、全国各地で飲みまくり、酔っ払いまくっている。例えば、京都は祇園で飲んだときの思い出はこうだ。

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“ベロベロの神様”が祇園へ降臨してくるのは、夜の観光客の引けごろからだ。お迎えの儀式は至って単純。一本の割り箸の先を折り曲げ、神主がお祓いに使う弊串代わりとする。幣串の串部分に箸袋をくくりつけると、よりそれらしい。酒宴の参加者全員で車座を作れば儀式の始まり。(中略)折れ曲がった割り箸の先が指した者へ神様は降りてくる。(中略)この儀式が、いつまで繰り返されるかは神のみぞ知る。自分が盃を呷った回数など知る者とていない。最大のご利益は、誰一人、二日酔いしなかったことかもしれん。
〈酒神の降りてきた日〉

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「酒の飲み方はね、全国各地で全然違うんですよ。それを味わうのが好きだし、発見がある。山形のある飲み屋に行ったらおじいさんが1人でいて、最初に透明の液体をグーッと一気飲みしていた。『まず水を飲むんだな』と思ったら、日本酒だったんだよね。ビールをグーッとやる感覚で、いきなり日本酒を飲み干していた。珍しいことではなくて、山形の人は日本酒の独酌をすることが多いらしいんですよ。誰かとおしゃべりをする時間もなしに飲み続ける傾向にあるから、日本酒の消費量が多いんだそうです」

吉田さんの生まれは高知県だ。各地の飲み方を探る目は、出身地である高知にも向けられる。

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僕が初めて土佐流酒宴の洗礼を受けた時は、いくぶん戸惑った。宴が、酔って歌って踊る平安時代のノリと変わらないからだ。土佐酒のムック本製作に協力してくれた地元出身のカメラマンの一人が、打ち上げの酒席で“民権数え唄”の替え歌を披露したいと言い出した。(中略)ホロ酔ったカメラマンは、小皿を二枚ずつカスタネットの要領で日焼けした両手の指に挟み、やおら立ち上がった。一言口上を述べた後、カッチ、カッチと小皿を器用に打ち鳴らしながら手踊りし始めた。
“♪ひとつとせ〜、一人娘と……”と、大方の大人は聞き覚えのある戯れ春歌。(中略)いったい、いくつまで数えたのか記憶にない。まして蛸踊り状態のカメラマンは、真摯な歓待の意を表しているつもりだから手に負えない。
〈千鳥足はラテンのリズムで――長めのまえがき〉

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ここで歌われた「民権数え唄」は、福沢諭吉の「天は人の上に人を造らず 人の下に人を造らず」に影響を受け、高知県で生まれたものだという。それにちなんで、本書のタイトルがつけられている。

「高知には酒のエピソードがたくさんあるんだよね。とにかく大量に飲むから。大量に飲むのなんて偉くもなんともないんだけど、僕自身そうなっちゃってるみたいだね(笑)。小学校6年生まで高知に住んでいました。感性が磨かれたり、情操が固まったりするのはそれくらいの年齢なんですよ。その大事な時期を過ごして、高知の大人の飲み方を見ていた。当時は結婚式なんていうと二昼夜、三昼夜、延々と飲んでましたから、『酒はああいうふうに飲むもんなんだ』って信じちゃった」

■『酒場放浪記』人気の理由を本人が分析

その結果として、延々飲み続ける『酒場放浪記』が可能になっているというわけだ。本人は、番組の人気の理由をこう分析する。

「もともと複雑な性格をしてないもので、酒を飲むとより性格がストレートになるというか。視聴者の人にはそういうところを面白がってもらっているのかなあ、という気はしています。自分としては『三つ子の魂百まで』というか、なにも変わってないつもりなんですけどね。絵を描くことが好きで、詩を書くことが好きで、大人になってからは酒を飲むことが好きになっただけです」

酒を飲みすぎて、警察にやっかいになったり物をなくしたり、家に帰れなかったりと、失敗する人は多い。最多ハシゴ酒記録は14軒という吉田さんも、例外ではないという。

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(引用者注:立ち飲みバーで隣席になった女性が)バランスを崩したはずみで振り回したハンドバッグの角が、僕の左前歯に見事にヒット。辛うじて歯は抜け落ちなかったものの、含んだハイボールの味はレッドアイ風味に変わっていた。
「学習しない人ね」
小料理屋の女将にズバリと指摘されたことがある。酔って持ち物を頻繁に失くした時期が続き、余計な苦労も背負ってきた。そんな我が身を見かねての一言だった。
〈美女ほろ酔うて〉

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「地下鉄かバスで帰ればいいのに、酔っ払ってそういう知恵が働かなくなっちゃってて、地下鉄の入り口に手をついてボーッとしていたら、カードや保険証からカメラやパソコンまで入ったカバンを盗まれたこともありますよ」

■健康診断は「何も異常なし」

そういう失態を犯した時、「もう金輪際飲まない」と思う人もいる。誓いが守られることは少ないかもしれないが、過ぎた酒をしばらくは反省しがちだ。だが吉田さんは、「禁酒は考えたことがない」という。

「それで禁酒しようと思う人間だったら、『酒場放浪記』みたいな番組を15年も続けてないですよ。カメラやパソコンが盗まれたときは『これで買い換えられる』って考えちゃう。人とのトラブルは起こしたことがないから、酔っても安心していられるんでしょうね。同じ店で飲んでいて『ちょっとこの人、酔い方がおかしいな』というのはわかるものです。そうしたら距離を保つ。それが酒場のマナーです。逆に自分が酔っ払った時は、ほかのお客さんから少し距離を置いたところで寝るようにしています」

なお、日々痛飲していても、健康診断で引っかかったことは一度もないという。

「非常にキレイなもんで、肝臓から何から、数値は何も異常なしです」

「知らない土地で、いい飲み屋をどう見つけるか」は、酒好きにとっては大事な問題だ。ネット上では「『〈地名〉+酒場放浪記』で検索すると、いい店がヒットする」という説がまことしやかにささやかれている。

「その検索法はオススメできますね。『〈地名〉+吉田類』でもヒットするんじゃないかな。僕が行く店の中にぼったくるところはまずないし、ヘンなお客さんは少ないし、もちろんおいしい。自分で店を探す時は、飲んべえならではの勘が働くことがあるかな」

「昔、新聞連載の取材のために岡山の、観光客はまず行かない居酒屋に行ったことがあるんだけど、後日『お店にその記事が貼ってあった』というのを、スカパラ(東京スカパラダイスオーケストラ)の川上(つよし)くんから聞いたんです。『あれ、類さん、こんな店にも来てたんだ』って驚いたって。逆もありますからね。札幌の『4丁目会館』っていう、昭和のお店が並んだ建物があるんだけど、地元の人に薦められてその中の1軒に寄ったら、そこは川上くんの20年来の行きつけだった。同じような店に食指が動くようになっているんでしょうね」

■「食べるものがなければ飲まない」

いま、酒への風当たりは徐々に強くなってきている。国内の酒類市場は縮小傾向にあり、居酒屋業界はほかの外食産業に比べて売上高の落ち込みが大きい。その一方で、アルコール度の高い「ストロング系」といわれる缶酎ハイも人気だ。酒を飲む人と飲まない人の二極化が進んでいるのだろうか。

「僕はお酒だけという飲み方をしないんです。必ずおつまみやごはんを食べながら飲む。もし食べるものがなければ飲まないようにしています。人間として生きていて一番楽しいのは、人とコミュニケーションを取ることです。おいしい酒とおいしいつまみのある飲み会の場なら、テンションが上がって、より楽しいコミュニケーションが取れることは間違いない。これは絶対に言っておきたいですね」

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吉田類(よしだ・るい)
イラストレーター、エッセイスト、俳人
1949年生まれ、高知県出身。『吉田類の酒場放浪記』(BS-TBS)などに出演。酒場や旅をテーマに執筆活動を続けている。

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(イラストレーター、エッセイスト、俳人 吉田 類 構成=成松 哲、撮影=丸山剛史)