決勝ゴールを決めた大迫(中央)は喜びを爆発させた(写真:松岡健三郎/アフロ)

2012年からコロンビアを率いて2014年ブラジルワールドカップ8強入りしたホセ・ペケルマン監督と、ヴァイッド・ハリルホジッチ前監督の解任によって4月から急きょ日本代表の指揮を執り始めた西野朗監督。大舞台の経験値では圧倒的に前者の方が優位で、日本の劣勢が有力視されていた。

ところが、6月19日の2018年ロシアワールドカップ初戦ではコロンビアにとって想定外の出来事が次々と起きる。絶対的10番のハメス・ロドリゲス(バイエルン・ミュンヘン/ドイツ)が負傷で控えに回らざるを得ず、立ち上がり早々の3分に期待の22歳のDFダビンソン・サンチェス(トッテナム/イングランド)が大迫勇也(ケルン/ドイツ)に置き去りにされるという信じがたいシーンが現実になった。

この決定機はGKダビド・オスピナ(アーセナル/イングランド)がいったんは弾いたものの、香川真司(ドルトムント/ドイツ)にダイレクトで打たれたシュートをMFカルロス・サンチェス(エスパニョール/スペイン)がペナルティエリア内でハンド。ボランチの軸を担う選手が一発退場となり、10人での数的不利を強いられた挙句、日本に1点をリードされるという二重苦に直面した。

想定外だった相手エースの不調

前半のうちにMFファン・フェルナンド・キンテーロ(リバープレート/アルゼンチン)の直接FKで1-1に追いついたまではよかったが、後半になって貴重な同点弾を挙げた彼とハメスを交代してからリズムがおかしくなった。

「ドイツ・ブンデスリーガで見る本調子のハメスとは程遠いかなという感じはしました」と長谷部誠(フランクフルト/ドイツ)も語った通り、エースの不調がチームの足かせになってしまう。「エル・ティグレ(虎)」の異名を取る同国代表最多得点者のラメダル・ファルカオ(モナコ/フランス)は孤軍奮闘していたが、勝ち越し点を取るだけの迫力は出せず、逆に日本の大迫に「半端ない決勝弾」を叩き込まれる。

「まったく違う結果を予想していたし、勝利を期待していた。我々はポゼッション(ボール支配率)が低く、いつもより疲労していた」と百戦錬磨の知将は1-2の黒星にチームマネージメントのミスを認めるしかなかった。

こうしてサランスクで歴史的勝利を挙げることに成功した西野監督。格上撃破という意味で、1996年アトランタ五輪でブラジルを破った「マイアミの奇跡」になぞらえるメディアもいた。勝利の要因はいくつかあるが、絶妙なチームバランスに支えられた部分は大きかったのではないだろうか。

コロンビア戦のスタメンを見ると、2010年南アフリカ、2014年ブラジルの両ワールドカップを経験している川島永嗣(メス/フランス)、長友佑都(ガラタサライ/トルコ)、長谷部、4年前を知る酒井宏樹(マルセイユ/フランス)、香川、大迫、今回が初ワールドカップの昌子源(鹿島アントラーズ)、柴崎岳(ヘタフェ/スペイン)、原口元気(ハノーファー/ドイツ)、乾貴士(ベティス/スペイン)という3つのグループの選手がいた。そのそれぞれが役割をキッチリ果たし、最高の結束とハーモニーを作ったのである。

「おっさん連中」は意地でも頑張らないといけない

まず3度目組のベテラン勢には「年齢層が高くてもやれるところを証明しなければならない」という意地があった。とりわけ意識が強かったのは長友だ。「大会前にあれだけ『おっさん』と言われて叩かれたんだから、『おっさん連中』は意地でも頑張らないといけない。若手で外れた選手もいたし、拓磨(浅野=シュツットガルト/ドイツ)もそう。夢を持った少年たちもテレビの前で見ていたと思う。だから経験あるおっさんの選手が力を見せなければいけないと思っていた」と本人は改めて語気を強めていた。

その思いを前面に押し出したのが、宿敵であるファン・クアドラード(ユベントス/イタリア)とのマッチアップ。前回大会最終戦でコロンビアと戦った際、長友は好敵手にいいように崩されて涙を流した。

「試合後にコロンビアの選手たちに慰められた。あの光景は悔しさでいっぱいだった」と彼は述懐する。だからこそ、今回は同じ轍を踏んではいけない。前半18分に体を張って相手を止めたシーンに日本と彼自身の意地とプライドが凝縮されていた。

「彼の得意な1対1の勝負を仕掛けてきた瞬間、『来たな、止めてやる』と思ったので、ガッツポーズが本能的に出ちゃいましたね」長友は満面の笑みを浮かべた。結局、クアドラードは前半のうちに交代。今回はおっさん左サイドバックの圧勝に終わった。

長友のみならず、後半途中に出てきて2点目をお膳立てした本田圭佑(パチューカ/メキシコ)、前がかりで攻めに来た相手の迫力を止めるべく送り出された岡崎慎司(レスター/イングランド)もクローザーとしていい働きを見せた。先発落ちは強いられたものの、2人が自分の持ち味を出し切って勝利に貢献したことも、「サランスクの奇跡」の一因だったと言える。

こういった30代に刺激を受けたのが、2度目のワールドカップでリベンジを期していた大迫、香川、吉田らだ。大迫は前回大会では初戦・コートジボワール戦(レシフェ)とギリシャ戦(ナタル)に連続先発しながらロクにシュートさえも打たせてもらえなかった。香川にしてもエースナンバー10を背負いながらギリシャ戦で先発落ちの屈辱を味わい、吉田もコートジボワールのディディエ・ドログバ(フェニックス・ライジング/アメリカ)らの圧倒的な存在感の前になす術を見出せなかった。

半端ない活躍を見せた大迫はドイツでレベルアップ

「僕の中では前回の経験が生きたかなと。ワールドカップはすべてがうまくいく大会ではないし、ホントに悪い時もある。その中でどれだけ自分たちが歯を食いしばって頑張るかだと思う」と言う大迫は悔しさをバネに4年間ドイツでハイレベルの経験を積み重ねてきた。それは香川や吉田も一緒。香川はケガやスランプに陥るたびに「ロシアを考えると今、苦しんでいるくらいがちょうどいい」と自らに言い聞かせ、ここまでやってきた。「自分がピッチで見せるしかないと思っていた」と一時は落選危機さえ囁かれた背番号10は、この日のアグレッシブで勇敢だった一挙手一投足に胸を張った。

先輩たちが奮闘するのなら、若い世代も負けてはいられない。世界舞台初参戦の昌子、柴崎、原口らは凄まじいエネルギーで敵に向かっていった。昌子は「ファルカオキラー」として体を張り、堂々たるディフェンスを見せていたし、柴崎も攻守両面でパートナーの長谷部以上の輝きを放った。少し前までは球際や寄せの甘さが課題と言われたが、この日は危ない場面で相手からボールを奪い取る仕事も連発。逞しくなったところをしっかりと示した。

そして原口のハードワークも見る者を感動させた。「最後の5分間くらいは倒れそうだった」と本人も言うが、それでも本田がボールを奪われたところにカバーに入るなど機転の利く仕事を随所に見せた。本人がいちばん見せたかったゴールに絡むプレーは次戦以降にお預けとなったが、彼の献身的な走りがどれだけ大きな影響をチームにもたらすかを多くの人が再認識するいい機会になった。

そういう強固な組織を短期間で作った西野監督のバランス感覚は絶妙だった。オーストリア・ゼーフェルトでの事前合宿まではチームを固定せず、回り道をしているように見受けられたが、6月13日にロシア入りしてから、戦い方とメンバーを定めて入念に準備を進めてきた。選手たちも話し合いを繰り返し、選手ミーティングで思いの丈を語り合うところまでやったというが、その過程で自然と各世代毎の役割を個々が認識していったのではないか。

ベテランと中堅・若手の融合が勝利を引き寄せた

前任者のハリルホジッチ監督は性急すぎる世代交代でチームに軋轢を生じさせがちだった。が、西野監督は30代のベテランの存在価値も大事にしながら、若い力を積極的に活用しようとした。実際、コロンビア戦の軸を担い、試合を引っ張ったのは2度目組と初ワールドカップ組だったが、3度目組が年下の面々の背中を強く押したから、チームとして勝利という結果を引き寄せることができたのだ。

ワールドカップ初戦白星の意味は非常に大きい。が、まだ16強入りが決まったわけではない。6月24日の次戦の相手・セネガルはポーランドを撃破するだけの屈強なフィジカルを備えたチーム。今回とは違った戦い方を考えなければならない。そこで西野監督が再び絶妙なチームバランスを築くことができるのか。ここからが指揮官と選手たちの本当の勝負だ。

(文中敬称略)