「年金の繰り下げ」は100%おトクとは言えない
年金を繰り下げると損してしまうことがある。どんなケースなのか(写真:プラナ/PIXTA)
「年金は繰り下げると額が増える。5年繰り下げれば支給額は40%増える」。こうした話は、最近、多くのメディアで頻繁にとりあげられています。
そのため、結構知識がある方も増えているのですが、実は繰り下げについては2つの「誤解」があります。1つ目は「繰り下げの絶対視」です。実は「『繰り下げると絶対に得』とは言い切れない」のです。つまり、「得するつもりで繰り下げたのに、実際には損してしまう」こともあるのです。もう1つは、「繰り下げと人生の関係」です。「長生きしなかったら損になるから、繰り下げしたくない」というのも、やはり誤解があります。人生100年時代は、年金を上手にもらうことが大切です。どんなことなのか、2つについて早速詳しくみていきましょう。
65歳以降も働けるなら、繰り下げ支給も選択肢
多くの人が年金を受け取るのは65歳からです。繰り下げ支給とは、その受け取り時期を最長70歳まで、任意で繰り下げる(遅らせる)ことです。1カ月繰り下げるごとに年金額が0.7%増額され、1年繰り下げると0.7%×12カ月で約8%、2年繰り下げると約17%増。70歳まで繰り下げると、年金額は42%増えることになります。増えた年金額は一生、続きます。
最近は「人生100年時代」ともいわれており、今後は65歳まで働くのはある程度当たり前のようになるでしょうし、65歳以降も無理のない範囲で働くのが理想的です。(定年以降の働き方については、「65歳以降『毎月5万円稼ぐ人』に訪れる幸福」でも述べていますので、ぜひ参考にしてください)。ある程度の収入を得れば年金に頼る必要がありませんから、その間は年金を受け取らず、将来の年金を増やすのが得策です。
「そんなに長く働きたくないよ……」という方は、一部を受け取り、一部を繰り下げるという手もあります。会社員や公務員は老齢基礎年金と老齢厚生年金が受け取れますが、両方を繰り下げるほか、老齢基礎年金だけを繰り下げる、老齢厚生年金だけを繰り下げる、といったこともできるからです。
確かに、年金の支給を繰り下げ、年金額が増えるのはかなり魅力です。ただし、「誰にとっても繰り下げがトク」とは言い切れませんから要注意なのです。ケースによっては、繰り下げないほうが良さそうなケースもあるのです。繰り下げ支給は雑誌などでも取り上げられる機会が増えていますが、このことにはあまり触れられていないので、ここでしっかり理解してください。
「加給年金」とは、年金の家族手当のようなもの
ポイントになるのは「加給年金」です。
加給年金とは、言ってみれば年金の家族手当のようなものです。老齢厚生年金の受給が始まったとき、扶養している配偶者や子どもがいる場合に支給されるものです。感覚としては、夫が年金生活になったなら、妻自身に年金が出るまでの間、夫の年金を上乗せしましょう、といった意味合いがあります。
加給年金が支給されるのは、以下の条件をすべて満たす人です。
・厚生年金に20年以上加入した
・65歳未満の配偶者(年収が将来にわたって850万円未満)がいる。または18歳になってから最初の3月31日を迎える前(障害者1級、2級の子は20歳未満)の子どもがいる
・配偶者の厚生年金の加入期間が20年未満
*配偶者の厚生年金の加入期間が20年以上の場合も、配偶者自身が老齢厚生年金を受け取るまでは加給年金が支給される
例をあげてみます。会社員の中嶋宗男さん(仮名)には、5歳年下で、結婚を機に専業主婦になった妻がいます。中嶋さんが65歳になって年金の支給が開始されるとき、妻は60歳で、妻が65歳になるまでの5年間、加給年金が支給されます。
しかし、もしも中嶋さんが老齢厚生年金を繰り下げると、繰り下げている間、加給年金も支給されません。加給年金は本来、老齢厚生年金に上乗せして支給されるものであるため、老齢厚生年金が支給されなければ加給年金も受け取れないのです。
さて、ここで知っておきたいのが、年金を繰り下げ、なおかつ加給年金を受け取る方法です。前述のとおり、繰り下げ請求は、老齢基礎年金だけ、老齢厚生年金だけなど、別々にすることが可能です。つまり、加給年金が受け取れないのは、老齢厚生年金を繰り下げている間であり、老齢基礎年金だけを繰り下げするなら、加給年金は支給されます。加給年金を受けたいのであれば老齢厚生年金は繰り下げず、老齢基礎年金だけを繰り下げ支給にすればいいのです。
前述のとおり、加給年金は妻の年金が出るまでの間、手当のように支給されるものなので、年金そのものがなくてもいいのなら手当もいらないですよね、といった意味合いです。
ちなみに、将来、加給年金分が上乗せされることもありません。
では加給年金の金額はいくらでしょうか。一律で年額39万8000円です。
支給されるのは、妻が65歳になるまでの間ですから、5歳違いの中嶋さんは5年間で約200万円。もし妻が7歳下なら7年で約280万円、10歳下なら約400万円など、妻との年齢差が大きいほど額が多くなります。
繰り下げ支給の「損益分岐点」は12年が目安
つまり、加給年金がなくなっても老齢厚生年金を繰り下げ支給にした方が得か、繰り下げるのは老齢基礎年金だけにするか、しっかり考えて判断する必要があるでしょう。夫婦の年齢差によって損得が違ってくるわけで、夫婦での受け取り額を考慮して戦略を立てる必要がある、というわけです。
ちなみに、妻が厚生年金に20年以上加入し老齢厚生年金を受け取っている場合や、妻の方が年上の夫婦では、加給年金は支給されません。妻の加入期間は、年に1度送られてくる「ねんきん定期便」で確認できます。
加給年金が支給されない人や、夫婦の年齢差が小さくて加給年金の支給期間が短い場合は、老齢厚生年金も繰り下げ支給にしたほうが有利になる可能性が高くなりますが、セミナーなどでよく聞かれるのが、「長生きすれば繰り下げ支給の方が得だが、長生きしないと損してしまう。どうしていいのかわからない」という声です。
たしかに、繰り下げ支給は長生きするほど得になる仕組みです。
前出の中嶋さんが65歳で受け取る場合の年金額が100万円だとしましょう。70歳まで繰り下げすると5年間で500万円を受け取らない代わりに、70歳から受け取る年金は142万円に増えます。増えた分が500万円に追いつくのは81歳のときで、81歳が5年間繰り下げる場合の「損益分岐点」となります。繰り下げる月数にもよりますが、おおよそ12年程度が「損益分岐点」で、それより長く生きれば生きるほど得、それより早く亡くなると損、ということです。
何歳まで生きられるかは神のみぞ知るですからたしかに難しいところですが、長生きしなくても損を避ける方法はあります。ズバリ、「危険を感じたらすぐに受給を開始し、繰り下げている期間分については一括で受け取る」という方法です。
年金は支給開始時期が近付いたら自身で受け取りの手続きをする必要がありますが、繰り下げたい場合は受け取りの手続きをしなければOK。受け取りたくなったときに「繰り下げの請求書」を提出することで、増額された額が支給されるようになります。
もしも、体調が悪いなどで長生きする自信がなくなってきたら、「繰り下げの請求書」は提出せず、通常の受給開始の手続きをします。すると、それまで請求しなかった期間分の年金は一括で支給され、その後、もともとの額(上乗せされない額)が支給されます。上乗せはなくなりますが、請求しなかった分は全額を受け取れるので、得もしないけれど貰い損ねることもなし、というわけです。
では、繰り下げている間に亡くなったらどうなるでしょうか。その場合は、未支給分として遺族が一括で受け取ることができます。
結果的に「損する」かもしれないが、困るわけではない
ただし、年金を受け取りはじめてからは一括請求も、繰り下げ支給の選択もできません。つまり、繰り下げ支給を選んで受け取りを開始したあと、「損益分岐点」を待たずに亡くなると、結果的に損してしまうことになります。
損するのは嫌ですよね。嫌だとは思いますが、年金はいわばリタイア後の生活費です。亡くなってから必要になるものではありませんから、「それはそれでいい」、と割り切るのもひとつの考え方です。