ここはとある証券会社の本店。

憧れ続けた場所についに異動となった、セールスウーマン・朝子。

そこでは8年前から目標としていた同期の美女・亜沙子が別人のように変わり、女王の座に君臨していた。

数字と恋をかけた2人のアサコの闘いの火蓋が、今切られるー。

念願の本店に異動になった朝子だったが、同期・今井亜沙子は、数字の出来ない先輩に土下座をさせた上に、後輩を追い込んで逃亡させるという傍若無人な女だった。

パワハラで飛ばされた寺島に変わり、新たに着任した課長・島村の協力もあり、朝子は仕事で成果を上げていく。

一方の亜沙子は、不倫関係にあった上司・村上本店長から、彼の出世を機に一方的にフラれてしまうのだった。




朝子:営業一課への熱い想い


―…また来た。

その日、朝子は顧客訪問からの帰りが遅くなり、社員もまばらになったオフィスで、溜まった雑務を片付けていた。

営業一課の島には、島村と朝子だけが残っている。すると、島村の席にまた、二課の課長である佐々木が近づいて来たのだった。

30代半ばにして本店の管理職を務める佐々木は、常に肩で風を切っている。そのスリーピースのスーツからも、意識高い系の男である事は一目瞭然だ。

そして、自分よりも年上の島村に対して、まるで部下に話すかのように、急角度の上から目線で話しかけるのだった。

「島村さん。今月の数字、全然進んでないけどどうなってます?」

島村は、いつも通りに淡々と佐々木に向かって答える。

「まだ、今週はあまり数字が出来ていませんが、月末までにはやりきりますから大丈夫です。」

朝子は、二人のやり取りを静かに遠くから見つめる。すると佐々木は、島村の答えに飛びつくようにして噛み付いた。

「先月は、一件大きな数字が決まって無事だったかも知れないですけど…」

佐々木の口調はまるで、“先月の朝子と島村の大口商いなんてただのマグレだ”とでも言いたげである。

「また前みたいに月末になって出来ませーんなんてみんなに泣きついたら、島村さん、ただのホラ吹きですよ。そのうち誰もあなたの言う事なんか信じなくなりますからね。」

朝子は佐々木の言葉に、グッと怒りがこみ上げる。しかし、今はまだ何も言い返せない。

今月が始まって既に1週間が経ったのだが、一課の数字は本店内で最下位。その理由は、今井亜沙子が不思議なほど数字を出さないからだ。

―一体、今井さん、どういうつもりなのかしら…?まさか、まだ島村課長に反抗しているの?

そして佐々木は、何を言っても一切表情を変えない島村に手応えがないと感じたのか、諦めてその場を去り、次のターゲットを探しに別の課長の元へと向かっていった。


今井亜沙子に異変を感じる朝子。だが島村は…?


佐々木が立ち去ると島村は、朝子の視線に気づいたらしく、また表情ひとつ変えずに言った。

「今井さんは、必ず数字をやるから心配しなくて大丈夫なんですよ。彼女は今まで築き上げたものを自ら壊すような馬鹿なことはしない。」

―島村課長って人が良すぎる…なんで、亜沙子のことをそこまで信じられるのかしら?

朝子は島村課長のことは信じているが、正直、今井亜沙子という女をそこまで信用する事は出来なかった。

―今月はなんとしても二課よりも数字をやって、営業一課の実力を証明したい。もし、今井さんが数字を落とす様な事があったら、その分は、何としても私がやりきらないと!

朝子は、既に課の数字を自分で背負う覚悟を決めている。

島村が営業一課の課長になって早三ヶ月。この頃の朝子は、本店の筆頭の一角とも言える成績を収め始めるようになっていた。



亜沙子:最愛の男に捨てられた女王の苦悩


―こんなに数字をやるのに苦労しているのは、入社してから初めてかも知れない…

亜沙子が村上から別れを告げられて間も無く、村上の昇進は本店中の知るところとなった。

同じオフィスの中で、二人の明暗は面白いほどはっきりしていた。

自分を捨てた男が、みんなから褒め称えられて幸せそうに笑っている。そんな姿を毎日見なければならないのは、さすがの亜沙子にも精神的にこたえていた。

今まで自分は強いと信じて疑わなかった。でもこれでは、恋愛が自分の仕事に少なからず影響を与えているという現実を認めざるを得ない。

これまでも辛いと思う瞬間は沢山あった。だけれどその度に村上が自分を導いてくれていたように思う。

6時前に起きて毎朝欠かさず見ているマーケット番組。村上との話についていけるようにと読み始めた、彼の愛読する経済誌。

「へえ、若いのによく勉強してるね。」

そう言われるのが亜沙子にとっては、何よりも嬉しい褒め言葉だった。

数字が思うように決まらなくて思い悩んでいる時、村上はいつも新たな切り口を一緒に考えてくれた。

そのおかげか、亜沙子は次第に顧客から「今までの担当者とは違って本当に良く勉強している」と信頼をされるようになったのだ。

月初から2週間が経とうとしている金曜日の夜。亜沙子は一人、オフィスに残っていた。

いつもの金曜日であれば、誰よりも先に数字を出して、颯爽とオフィスを後にしている。

そんな自分が、まだ今週の予算の半分も終えていないのだ。亜沙子自身も、誰にも言えない焦りで胃がキリキリと痛むのを感じていた。


どん底の亜沙子に向けて島村が放った言葉とは?


いつからだろうか?トップでない自分を受け入れられなくなったのは?

周りからしたら「よくそこまでやるね」と呆れられる程の努力を、何年間も続けている。

そんな努力を続けられる理由はただひとつ。トップでなくなった自分なんて、受け入れられないからだ。考えるだけで虫酸が走るほどに。

自分の仕事が出来ない事をいつも誰かのせいにしている先輩。同僚の成功を妬み、隙あらば引きずり下ろそうと必死になる同期…。

―あんな人達みたいになるんだったら、死んだほうがマシ。

甘えは一切許されない自分のルールに、自らの首がジワジワと絞められていくのを感じるのだった。

「今井さん。ちょっといいですか?」

その日、島村が珍しく亜沙子に話しかけてきた。




亜沙子は、常に課長から干渉されたくないオーラを放っている。「数字はやりますから、放っておいてください」そのスタンスは、結果を出し続けているからこそ認められていた。

―この私が、課長なんかに心配されている?

この状況の自分を捕まえて、小言の一つでも島村が言おうとしているのではないかと、亜沙子は身構える。

「今井さん。敢えて言っておきますけど、私は今井さんの数字の心配は一切していませんから。」

―…は?

思いもしていなかった島村の言葉に、亜沙子は一瞬返す言葉を失う。

島村は亜沙子の心を見透かしているかの様だった。今、誰よりも数字をやりたいのにと歯がゆい思いをしているのは亜沙子自身であると。

「トップをひた走るのは孤独な戦いです。どんなに辛い時も自分で這い上がるしかないんです。」

真剣な表情でそう語る島村は、紛れもなくそんな孤独な戦いを幾度となくくぐり抜けて来た人物である事を想像させる。

「でも、相談したい事があればいつでも私の所に来てください。一緒に提案を考えますよ。」

そう言い残し、島村は去って行った。

―男は私を裏切っても、仕事だけは私を裏切らない。

島村の後ろ姿を見ながら、亜沙子はそんな風に思う。

何度となく追い込まれて、吐き気を感じるほどのプレッシャーを経験しても、結局は仕事に救われて、それを拠り所にしているのだから不思議だ。

―…這い上がろう。

どんな事があっても自分のいる場所はただ一つ、頂点なのだ。そこ以外は、亜沙子にとっては“場所”ですらないのだった。

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次週、最終回!営業一課が挑む勝負。そして朝子と亜沙子、それぞれの運命は…?