飲食業界が東京都の受動喫煙防止条例に悲鳴「禁煙か従業員解雇かの選択を迫るなんてあり得ない!」

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 東京都が2020年のオリンピック開催を前に規制を強めようとしている「たばこ対策」が、いよいよ現実味を帯びてきた。

6月12日に都議会に提出された都独自の〈受動喫煙防止条例案〉は、小池百合子都知事が特別顧問を務める最大会派、都民ファーストの会や共産党、公明党が賛成する見通しで、このままいくと可決、成立する公算が大きい。

 だが、この条例が本当に都民の暮らしを“第一(ファースト)”に考え、都民とともに議論が尽くされてきたかというと、首を傾けざるを得ない。

 現に、今年4月に突如出された条例の骨子案は、昨年9月に発表した「基本的な考え方」よりもさらに喫煙場所の制限を広げる内容になっており、それから2か月も経たない間の条例案提出。まさに有無を言わさぬ小池都政のワンマンぶりに、喫煙者のみならず非喫煙者からも反発の声があがっている。

◆抗議デモで鳴り響いた「見捨てないで」の叫び

 特に条例成立でもっとも影響が及びそうなのが、都内に約15万軒あるといわれる飲食店だ。

 当初、仕切られた喫煙専用室を設けない限りすべての飲食店内(屋内)は原則禁煙で、店の面積や資本金の額によって例外も設けられる──はずだった。つまり、分煙設備を取り入れる広さや資金的余裕のない小さな店は、当面の間、喫煙・禁煙・分煙の店頭表示を義務づける経過措置が取られる予定だった。

 ところがフタを開けてみたら、小池知事の「働く人や子どもを受動喫煙から守る」との方針に従い、一人でも従業員を雇っている飲食店は面積にかかわらず原則禁煙の規定が加えられた。これにより、都内の推計84%の飲食店が選択の余地を狭められ、「全面禁煙(または喫煙室の設置)」か「従業員の解雇」を迫られることになる。

 「結局、小池さんは初めからわれわれのような中小零細の声なんかに耳を傾ける気はなく、何としてもオリンピックまでに屋内禁煙を成し遂げて、都知事としての功績を残したいだけでしょ」(都内の居酒屋経営者)

 折からの嫌煙ムードの高まりで、飲食店からは諦めに近い声も漏れる。そんな中、6月1日には、東京都生活衛生同業組合連合会など飲食関連団体の会員約200名が都庁のある新宿区に集結。行き過ぎた条例に抗議する大規模なデモが行われた。

 「お客様と事業者に『喫煙』『分煙』『禁煙』選択の自由を」

 「中小事業者に打撃、死活問題」

などと書かれた旗や横断幕などを掲げた参加者たちが、「一律過度な規制に反対!」「小池知事はわれわれを見捨てるな!!」と口々にシュプレヒコールをあげながら、集団行進は新宿駅付近を中心におよそ1時間にわたって続けられた。デモには映画監督で愛煙家の山本晋也氏も参加。「個人の嗜みに行政が規制を加えること自体が間違っている」と憤った。

◆喫煙者も非喫煙者も「同じ都民」

 飲食業組合はこれまでも度々、条例案に対する現場の意見を直接聞く場を設けてほしいと小池知事に訴え、18万筆を超える反対署名や公開質問状も提出したが、直接知事と面談できたのは5月に行われた1回だけ。その際、小池氏は「人に着目した条例」と言うばかりで、「一律規制(屋内全面禁煙)では売り上げが減って営業が成り立たなくなる店が出る」との業界の悲痛な訴えは、ただ聞き流していたという。

 そして、条例案が上程された6月12日になって、都民ファーストの会に属する東京都議47名が集まり、各飲食団体の声をヒアリングする場が設けられた。



「条例提出に合わせてポーズ的に開いただけ。我々のガス抜きの場にする狙いもあるのだろう」(飲食業組合関係者)と冷めた見方も出る中、飲食団体の幹部たちは都議団を前に“最後の訴え”を行った。

「浅草は外国人も含めて様々な観光客が訪れ、エリアによって昼の街や夜の街があります。そんな街で全面禁煙はできません。たばこを吸うお客さんを追い出して売り上げが下がっても誰も補償してくれるわけじゃない。まして10坪程度の小さな飲食店に喫煙室を作るなんて、とても無理です。

 従業員を雇っている店は禁煙といわれても、浅草にはたばこを吸う旦那さんと従業員の2人で営んでいる店もたくさんあります。従業員にだって喫煙者はいるんです。その従業員を辞めさせたら、ただでさえ人手不足の時代に後任が見つかるわけがありません。商売は個人の自由で、仮に喫煙店を続けてお客さんが来なくなっても、そこは自己責任でいいでしょ」(冨永照子・浅草おかみさん会理事長)

 「分煙のために室内に構造物をつくるとなると、設計・施工、申請の許可を再度取らなくてはならず、2〜3か月営業できなくなる場合もあります。その間、従業員の給料や生活費はどうすればいいのか。そもそも200万、300万円かかる分煙室設置のコストを補助金で出してくれるのでしょうか。

 喫煙者も非喫煙者も同じ都民であり、同じように共存できるのが望ましいはず。そこで出てきた策が分煙ですし、その取り組み(分煙ステッカーの店頭表示など)をわれわれも保健所などとも協力しながら散々やってきました。何年も積み重ねてきた努力を無にして一律禁煙にするのは行き過ぎだと思います」(菊地明範・東京都社交飲食業生活衛生同業組合副理事長)

 「神奈川県が受動喫煙防止条例をつくった際にも、われわれ喫茶店業界は大きな影響を受けました。コーヒーというのは、特に団塊の世代などは、たばことセットで文化になっている面がありますし、下町や商店街の中の小さな喫茶店には、たばこを吸う人だけが集まっている店もあります。それが条例制定によってできなくなり、従業員も雇えないとなると、営業を続けていけるかどうか……」(本間修・東京都喫茶飲食生活衛生同業組合理事長)

 「いま多くの料亭の室内は、今日はたばこを吸う方、明日は吸わない方と部屋ごとに区切って営業しています。和食はユネスコ無形文化遺産に登録されたうえ、インバウンド需要もあり好調です。料理を学びに来ている人もたくさんいますが、そうした方々も雇えなくなると、100年以上の歴史あるお店も伝統文化を守れなくなります」(山戸聖一・東京日本料理業組合事務局長)

◆都民と決め、都民と進める政策どこへ?

 こうした飲食現場からの訴えに、都民ファの議員からは、「(禁煙にして)一時的に売り上げが下がっても回復する」、「店の敷地の屋外に灰皿を置けばいいのでは」といった質問が飛んだが、現場の実状はそんなに単純ではない。

 「全面禁煙にしても3〜4か月で売り上げが回復する店があると言いますが、それは自前で店舗を構えている店の話。高い家賃を払って営業している店は売り上げが戻る前に経営が苦しくなってしまいます。

 屋外に灰皿を置けばいいというのも、テナントで歩道ギリギリに建っている店はそもそも無理ですし、仮にスペースがあっても勝手に灰皿を置くことはできません。歩道近くに灰皿があれば通行人に望まない受動喫煙の被害も及びます」(宇都野知之・東京都飲食業生活衛生同業組合常務理事)

 受動喫煙の防止対策を進めること自体に飲食業界も異は唱えていないが、条例制定で一気に規制を強めたい都議らと、これまでやってきた分煙促進の自助努力を続けて経営や顧客サービスの自由度を守りたい業界との溝は埋まらぬまま、ヒアリングは終了した。

 ヒアリングに参加した飲食業7組合が都議団に手渡した「要望書」には、条例案に対する慎重な議論を再度求めるとともに、都民ファーストの会の政策パンフレットに記されたこんな文言が引用されていた。

〈都政の第一目的、それは都民の幸せを実現すること以外にありません。一部の人間、集団の利益にあってはいけません〉

〈「東京大改革」は都民が決め、都民と進める〉

 “人”に焦点を当てたという小池知事の受動喫煙防止条例だが、少なくても都民の総意とはいいがたいほど強引かつ性急に制定されようとしている感は否めない。いずれにせよ、今後の都政のあり方を占う意味でも、東京都の受動喫煙対策の妥当性や実効性を都民自身がしっかり検証していく必要がある。