小言を言う夫にもやもやします(写真:プラナ/PIXTA)

女性の育児や仕事など、女性の問題ばかりが取り上げられるこのご時世。しかし、男だって「男ならでは」の問題を抱えて生きづらさを感じています。男が悩むのは“女々しい”!? そんなことはありません。男性学研究の精鋭、田中俊之先生がお答えします。

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■今回の相談
私の夫に関する悩みです。私たち夫婦(子ナシ)の家計は、主に私が稼いでいます。夫は、専門職なので正規の役職につくにはもう少しかかり、今は非正規の職を掛け持ちして、月に家賃の3分の1くらいのお金を入れてくれています。外出時の夕食代などは、私が持つか割り勘です。その関係性に特に不満はありません。
ただ、もやもやするのは、かといって夫が家事を担当してくれるわけでもないことです。やらないばかりか、「手際がわるい」「表面しか掃除できてない」「君の母親が甘やかしてきたからだ」と小言を言ってきます。
夜遅くまで働いて、完璧に家事をすることを求められるのは非常につらいです。(かつての?)サラリーマンと主婦の仕事を一手に担っているわけですから。ここに子育てが加わったらどうなるのか、考えるだけで恐ろしいと考える今日この頃です。ただ、「主に私が働いているのだから、少しは家事をやって!」とは、彼のプライドを傷つけそうで言えません。

家事分担の議論が「水掛け論」に陥る背景

まずは落ち着いてください。


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はじめに、家事・育児分担の現状について、議論の前提を押さえておきます。現代の日本では、寿退社がほぼ死語になり、結婚後も仕事を続ける女性がほとんどです。加えて、2010年代以降には、第一子出産後に退職せずに、育休を取って復帰する女性が増えました。

「男は仕事、女は家庭」という性別役割分業が「常識」だった時代には、妻が無償で家事・育児を担い、夫は経済的な大黒柱として仕事に専念していたわけですが、夫婦ともに働くようになると、女性が無償で担っていた家事・育児を誰がやるかという問題が発生します。共働き化へと社会が大きく転換する中で、家事分担についての議論が盛んになるのは必然です。

家事は人が生活するうえで不可欠ですが、食洗機を買う、掃除の回数を減らす、中食を利用するといった工夫には限界があるため、妻が仕事に従事する以上は、不足分は夫が補う必要があります。家事代行サービスの利用も考えられますが、多くのご家庭では料金面から現実的な選択とは言えません。

話が難しいのは、日本の場合、フルタイムでも男性を100とした場合、女性は70しか稼ぐことができないという社会の構造的な問題があることです。具体的な数字に置き換えると、男性が30万円なら女性は21万円になります。これほど大きな開きがあると、フルタイムの共働きといえども、家事・育児を平等に分担するより、夫に多く働いてもらったほうがいいと多くのご家庭では判断するでしょう。

つまり、社会構造上の問題である男女の経済的な不平等が解決しなければ、基本的には、家庭内の平等な分担も進めることができないのです。にもかかわらず、あたかも社会構造を変えるのは無理でも、意識であれば簡単に変えられるかのような論調で、夫婦の意識の問題に焦点が当たることが少なくありません。だから、家事分担を取り扱ったウェブの記事では、コメント欄が「男が悪い/女が悪い」、「社会構造の問題だ/個人の意識の問題だ」と水掛け論に陥り、荒れてしまうのです。

稼がない夫が家事をしない「合理的理由」

さて、前振りが少し長くなってしまいましたが、こうした社会状況をふまえると、質問者さんのように妻のほうが収入が多い場合の家事分担の問題は、なかなか議論の俎上に上がりにくいことがわかります。同じような境遇で共感してくれる人があまりいないはずですが、相談者さんはそこにくよくよすることなく、さらには、夫の仕事にも理解を示し、経済的な負担を気にされていません。

そもそも相談者さんが十分に稼いでいるからこそ、夫は専門を活かした職に正規で就くという希望を追い続けることができているわけです。これだけ「恵まれた」環境にありながら、なぜ夫は家事をしないのか。疑問を持つのは当然だと言えます。

社会学者の筒井淳也先生は『結婚と家族のこれから 共働き社会の限界』の中で、妻に家事が偏る理由について、「『夫は外で仕事をしてお金を稼ぎ、妻は家庭のことをする』という性別分業的な考え方に対して肯定的な態度を持っているかどうかによって、家事分担が決まる」というイデオロギー仮説を紹介しています。

世の中の風潮としては、性別分業はもう古いとされています。しかし、いまだに女性が幼い子どもを保育園に預けて働くことに罪悪感を抱いたり、男性が低収入であることにコンプレックスを持ったりする背景には、「男は仕事、女は家庭」という価値観があるのです。

相談者さんのご家庭にかぎらず、若い世代でも実際には「男は仕事、女は家庭」という前提が意識の中にはあり、その結果、働く女性が増えても家事分担の不平等が改まらないのです。自分の力でコントロールできるかのように思われがちな意識ですが、変えるのは簡単なことではありません。

加えて、今回のご相談で注目したいのが、筒井先生がアメリカの研究成果として紹介している説です。筒井先生によれば、「『稼ぎ』によって男らしさ・男性の権威を表現することができない夫が、あえて家事をしないことで男性役割を維持しようとする」ことがあるそうです。ここでは〈男らしさ〉の補填仮説と呼ぶことにします。

性別分業に基づいた価値観が残る日本では、男性が〈男らしさ〉を証明するのに最も重要なことのひとつは、正規の職を得て、安定的な収入を得ることだと考えられます。相談者さんの夫は正規の職に就く過程にあるので、「男」として仕事と収入で証明できない〈男らしさ〉を補填しなければなりません。

「手際がわるい」「表面しか掃除できていない」「君の母親が甘やかしてきたからだ」と妻を批判し、「完璧な家事」をさせれば、〈男らしさ〉の証明になるだけではなく、妻に従順な〈女らしさ〉を強いることもできます。

子育てが加わったらどうなるのかという懸念については、もし、〈男らしさ〉の補填仮説が正しいとすれば、子どもの誕生をきっかけに夫が協力的になるとは考えられないでしょう。むしろ、「子育てをしないこと」によって、〈男らしさ〉を補おうとする危険性があります。

正規の職が得られれば、仕事の部分で不足していた〈男らしさ〉を補填する必要はなくなりますが、イデオロギー仮説をふまえれば、それで直ちに家事に協力的になるとは思えません。筒井先生の分析によれば、日本では、夫婦が同じ条件で働いて、同じぐらい稼いでいても、妻のほうが週に10時間も多く家事をしているそうです。

そもそもプライドとは何か

なぜ夫が家事をしないのかがわかっても、これからも一緒に暮らしていくうえでは、何の救いにもなりません。どうすれば少しでも状況が改善するのかを考えてみたいと思います。

男性学的な見地から非常に気になったのが、相談者さんが相談の最後に書いた「『主に私が働いているのだから、少しは家事をやって!』とは、彼のプライドを傷つけそうで言えません」という部分です。

少なくない男性が自分は「プライドが高い」と思っており、同時に、少なくない女性が「男性のプライド」を尊重しなければと思っているようです。しかし、ほとんどの場合、「男性のプライド」は「男性の見栄」にすぎません。プライドと見栄は別物であり、プライドは尊重すべきですが、見栄は自分にとっても他人にとっても迷惑なものです。

プライドとは、何かを達成した際に、人がその成果に誇りを持つことで生まれる感情です。努力しなければプライドを確立することはできませんし、何より他人との比較ではなく、自分がどれだけ納得できるかが重要になります。

それに対して、見栄とは、人目を過剰に気にして、うわべだけを取り繕おうとする態度です。見栄を張りたい人は、つねに自分と他人を比較し、自分が勝っていないと満足できません。だから、見栄にこだわる男性は、他人を見下したような態度を取ります。

相談者さんが見栄に付き合い続ければ、いつまでも家事の負担は軽くなりませんし、何より夫も他人との比較から抜け出せません。専門性を活かして正規の職が得られても、次は、きっとその中での競争に明け暮れるでしょう。せっかく正規の職に就いた夫から、「同業のあいつはろくな専門性もないくせに、過大評価されている」などという愚痴を聞きたくないですよね。

見栄から抜け出すために大切なことは、健全なプライドを確立することです。本来、専門家としての優劣と雇用形態は別ですが、しばしば混同されるため、非正規の場合はどうしても自信を失いがちです。

夫の仕事の話にしっかりと耳を傾けてみてください。驚きや発見があれば、率直に伝えてください。自分の専門性や仕事の価値を認めてくれる人がいれば、雇用形態にかかわらず、プライドを育むことはできるはずです。

高い理想だが、目指す意義は十分にある

それと同時に、自分の仕事の話も夫に聞いてもらってください。自分にとっては当たり前の内容でも、夫の側からはきっと驚きや発見があるはずです。お互いの仕事の価値について、認め合うことができれば、そこには自ずと敬意が生まれてくるでしょう。

適切なプライドを持った夫婦が、お互いに敬意を払えるようになる。子どもが生まれれば、育児にかかりっきりになって、夫婦で会話をする時間さえ確保するのが難しくなります。高い理想だとは思いますが、いまのうちに目指すだけの意義は十分にあるはずです。