子どもの溺水に関する啓発イラスト(「教えて!ドクタープロジェクト」提供)

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 海やプールなど「水辺のレジャー」を楽しむ人が増える季節ですが、毎年この時期には子どもたちの水の事故が多くなります。そんな中、長野県佐久医師会の「教えて!ドクタープロジェクト」がツイッターへ投稿した「子どもは静かに溺れます!」という注意喚起のイラストが話題になりました。

 投稿では、子どもが溺れる時の様子について「バシャバシャもがくのは映画の世界だけです」と指摘。何が起こったのか判断できず、声を上げることができなくなる「本能的溺水反応」が見られるといい、SNS上では「経験あります」「本当に怖い」など、大きな反響を呼んでいます。

 オトナンサー編集部では、子どもの溺水の防ぎ方や応急処置について、「教えて!ドクタープロジェクト」責任者で、佐久総合病院佐久医療センターの坂本昌彦さん(小児科医)に聞きました。

乳幼児は静かに早く溺れる

Q.「教えて!ドクタープロジェクト」について教えてください。

坂本さん「佐久市の子育て力向上事業の一環として、佐久総合病院小児科が中心となって発足したプロジェクトです。小児医療に関する冊子やアプリを制作し、出張講座やSNS発信などを通して、保護者への啓発を行っています。メンバーには、小児科医の他、介護福祉士やイラストレーターなどがいます。子どもの健康を守るために、何か役に立てるのではないかと考えて活動してきました」

Q.「子どもの溺水」について、SNSでイラストによる注意喚起を行った理由は。

坂本さん「恥ずかしいことですが、私自身が、昨年秋に当時1歳半の息子と入浴していた際に、“子どもが静かに溺れかける”という経験をしました。息子が浴槽の縁につかまっているのを確認し、先に脱衣所で体をふいてから抱き上げようと10数秒目を離し、視線を戻したところ、イラストのように目を開けたまま沈み、水面下からこちらを見上げていたのです。慌てて抱き上げると、大声で泣き、事なきを得ました。バシャバシャする音も立てず、声もなく、静かだったのですが、その時はたまたまかと思い気に留めませんでした。

その数週間後、米シアトル・チルドレンズ・ホスピタルの小児科医、W.S.スワンソン医師が『乳幼児は静かに溺れます』と啓発されていることを知り、自分の経験が蘇りました。改めて自分自身が心に刻むとともに、この現象を広く啓発することで、乳幼児の浴槽溺水を減らせるのではと考えました。

プロジェクトチーム内で話したところ、イラストレーター含む複数のメンバーが同様の経験をしていることが判明。伝わりやすいように、解説絵を用いて注意喚起を行うことにしました。イメージが共有できていたのでイラストもすぐに完成し、2017年秋に公開したところ大きな反響を頂きました。その後、今年3月に、入浴中に溺れた子どもが当院に運ばれてきたことがあり、詳しく聞くと、やはり『溺れた時は静かだった』とのことでしたので、再度SNSに投稿しました。その後もSNSや公式サイトで同様の注意喚起を続けています」

Q.そもそも、「溺水」とはどのような状態を指すのでしょうか。

坂本さん「日本救急医学会によると、『浸水(水が入り込むこと)もしくは浸漬(水に浸されること)により、窒息をきたした状態』を指します。気道に淡水や海水が入り、窒息することで酸素不足になり、生命に危険が及ぶ状態です。低酸素により、脳に障害が出ることが最も生命予後と直結します。また、低体温症や肺炎などを合併することもあります」

Q.子どもはなぜ「静かに溺れる」のですか。

坂本さん「人が水やお湯に静かに沈んでいくことを『本能的溺水反応』といいます。これを初めて提唱したのは水難救助専門家のフランク・ピア博士です。彼はライフガードとして仕事をしていた1960〜70年代、溺れる者が救助されるまでの過程をビデオに収めて観察した結果、『溺れる者は皆、助けを呼んだり叫んだりしない』ということに気づき、本能的溺水反応と呼びました。

ピア博士によると、溺れている人は『呼吸をすることに精いっぱいで、声を出したりすることができず』『手や腕を振って助けを求める余裕がなく』『上下垂直に直立し、助けが確認できない状況では足は動かない』といいます。この現象は米国の沿岸警備隊の間では常識のようです。

本能的溺水反応は子どもだけではなく、大人にも起こりうるものです。ただし、子どもの場合は自分に何が起きているかわからず、沈む速度も速いため、特に『静かに早く溺れる』と言われています」

子どもが溺れかけたケースの9割は浴室

Q.日常生活における子どもの溺水のリスクについて教えてください。

坂本さん「SNSでの反響を受け、この春、佐久地域(長野県)の保育園児約3000名の保護者を対象に大規模なアンケート調査を行いました。回収した約2000枚のアンケートを分析した結果、驚くべきことに『子どもが溺れかけてヒヤッとした経験』のある保護者は実に41%に達していました。

この結果からも、子どもが溺れかけることは決してまれではないことがわかります。また、そのうちの84%は助けを求めたり声を上げたりすることもなく、58%はバシャバシャする音もなく、静かに溺れかけていたとのこと。この調査からも、乳幼児が溺れる時は静かであると考えておいた方がよさそうです」

Q.子どもが溺水しやすいのはどのような状況ですか。

坂本さん「私たちのアンケート調査では、溺れかけたケースの9割は浴室でした。溺れ方はさまざまで、親の洗髪中に浴槽内で足が滑って溺れたケースや、浴槽外からおもちゃを取ろうとして頭から浴槽内に落ちたケースもありました。入浴は毎日の生活習慣であり、浴槽は身近な存在です。浴室に子どもが一人で入らないようにしたり、残り湯に注意したりするなど、工夫が必要かと思います。

また、鼻と口を覆うだけの水があれば、つまり水深が10センチ程度であっても溺れると言われており、『浅いから大丈夫』というわけではない、と理解することも大事です」

Q.子どもが溺れてしまった場合、どのような応急処置が必要でしょうか。

坂本さん「水中での時間が5分を超えると、脳に後遺症を残す可能性が高くなると言われています。水中から引き揚げた後の処置は、次の順序で行ってください。

1.平らな場所に寝かせる
2.意識があるか確認する(意識がなければ人や救急車を呼ぶ)
3.意識がなければ、絶え間なく心臓マッサージと人工呼吸を行う

溺水の場合、以前はまず肺の中の水を外に出すために、固形物を飲み込んだ時の救急処置である『ハイムリック法』(患者の背中側から抱きかかえて、両腕でおなかに手を回して圧迫する処置)をすべきだ、と言われたこともありましたが、あくまで固形物に対する処置であり、液体に対しては効果がありません。むしろ、誤嚥(ごえん)を誘発する危険がある上、最優先すべき心肺蘇生を遅らせてしまうため、現在は推奨されていません」

Q.子どもの水の事故を防ぐために気をつけるべきことはありますか。

坂本さん「最近はお風呂用の浮輪(首浮輪やおむつ型浮輪)が出回っていますが、親が目を離したすきに、これを使用していた子どもが溺水してしまう事故が起きています。首浮輪は空気が十分に入っていない、あるいは抜けていると容易に口や鼻が水面下に沈みますし、おむつ型浮輪は乳幼児の重心の位置が高くなるため転倒しやすいです。そして、いったん転倒すると元の位置に戻らないため、溺水となる可能性が高くなります。

浴槽用浮輪は事故を引き起こすリスクがあり、小児科学会は使用しないように勧告しています。小児科医としてもこのグッズは危険だと考えており、お勧めしません。もし使う場合、そのリスクを十分に理解し、浮輪をつけているからといって油断しないことが大事です」

Q.その他、周囲の大人が意識すべきことは何でしょうか。

坂本さん「水の事故が起こると『どうして目を離したのだ』と保護者や監視員を責める論調がインターネットの掲示板などでよく見られます。確かに目を離さないことは大切ですが、子どもの敏捷(びんしょう)性は大人の想像の上を行く場合があります。これは子育てをしている方であればよくお分かりいただけると思います。常時目を離さないでいることは現実的には不可能です。視界から外れてしまってもすぐに溺れないために、次のような対策が考えられます」

・川遊びでは必ずライフジャケットを着用する。脱げやすいビーチサンダルは避け、ウォーターシューズを着用する
・浴室の残り湯は抜いておき、浴室のドアは鍵がかかるものにし、柵をつけて近づけないようにする
・複数人で入浴する習慣をつける