ー夢は極上の男との結婚。そのためには、どんな努力も惜しまない。

早川香織、26歳。大手IT企業の一般職。

世間は、そんな女を所詮「結婚ゴールの女」と馬鹿にするだろう。

しかし、先入観なんぞに惑わされず、彼女の“秘めたる力”をじっくりと見届けて欲しい。

vsハイスペ男の熾烈な戦いが、今、幕を開ける...!




「香織さん、今日はデートですか?」

早川香織、26歳。大手IT企業の一般職で、総務に所属している。

ほどよく体のラインが出るベージュのワンピースから、すらりと伸びる白く長い手足。艶のある髪に潤んだ瞳。そして、ぽってりとした血色のいい唇。自分で言うのも何だが、香織は恵まれた容姿をしている。

時刻は18時を少し過ぎたところ。退社前に会社のお手洗いで入念に化粧直しをしていると、後輩の由紀子に声をかけられたのだ。

「うん、拓斗が今日は珍しく早く帰れそうだって言うから…」

そう言った香織の声は、いつもよりハリがあり、どこか誇らしげだ。

「良いなー。香織さんの彼氏って、外資企業に務めるエリートですよね?その上見た目もカッコ良いなんて、完璧ですね 」

由紀子が持ち上げるように言うと、香織はふふっと笑ってゆっくりとコンパクトを閉じた。

「由紀子ちゃんの彼氏だって、広告代理店だし素敵じゃない。お互いゴールイン目指して頑張ろうね」

「はい、ではお先に失礼します」

彼女たちの会話はいつもこんな感じだった。会話の中心は美容やファッション、好きな俳優、そしてやはり恋愛話だ。

どんな職業の人たちと食事会をするか、彼氏とどんなレストランに行ったか、プレゼントは何か。そして、どんな人と結婚をするのか、が最大の関心事だ。

「よし、完璧」

香織は鏡に向かって得意の“悩殺スマイル”をし、最終チェックを終えた。



「遅くなってごめんね」

待ち合わせ場所の『西麻布 くすもと』に、仕事を抜けて来たという拓斗が少し遅れてやって来た。香織より3歳上の拓斗とはお食事会で知り合い、付き合ってもうすぐ1年になる。

外資系投資ファンドで働いている彼は、仕事が忙しく、普段あまり頻繁に会うことができない。それだけに、会える日は貴重だった。


エリートの拓斗からの要望とは?


拓斗からの要望


「ううん、仕事忙しいのにありがとうね」

香織は、拓斗と会う時には、最大限物分かりの良い大人な女性を演じる。エリートと付き合うためには、このくらいの演技は必要だ、と考えているからだ。




「どの料理もいつも美味しいな、ここのは。でも最近、やっぱり家庭料理とか恋しくなるんだよね。定番だけど、肉じゃがとか魚とかさ」

先ほどから拓斗の美しい横顔に見惚れていた香織は、その言葉に、ここぞとばかりに反応した。

「本当?じゃあ、今度うちに食べに来る?」

香織はずっとこの日を待っていたのだ。男はまず胃袋から掴め、といった教科書通りの言葉を忠実に守り、拓斗と会えない日には、日々料理を勉強していた。

「香織、料理できるんだっけ?前に言った時、あまり良い反応じゃないからできないのかと思っていたよ」

付き合ってすぐの頃、拓斗に手料理を食べたい、と言われたことがある。しかし、その時の香織はまだ腕に自信がなかったため、完璧にできるまで密かに研究を重ねていたのだった。

「そんな大したものはできないけど、それでも良ければ拓斗のために頑張るよ」

「やった。それじゃ、今度香織の家に食べに行くよ。来週の日曜なら空けられると思う」

嬉しそうな拓斗に微笑みながら、香織は心の中で「ヨシっ」と思う。

拓斗は歴代の彼氏の中で一番だった。高学歴高収入というハイスペックに加え、身長は180センチ近くあり、顔は爽やかな若手俳優のように整っている。一緒に歩くだけで女性たちからの目線を感じるほどだ。

-拓斗と結婚できるためなら、なんだってやるわ。

帰宅後、香織は早速コツコツとつけてきた料理ノートを開く。そして、肉じゃがのページを開き、記憶を呼び戻した。「甘味系調味料を入れた後は5分以上空けてから醤油を入れる!」や、「アクは取りすぎないこと!」など細かく記してある。

「やっと披露する時が来たわ!完璧に作って、絶対に拓斗の胃袋を掴むわ」

そんな決意を胸に、献立を何にしようかワクワクと考えながら、香織はいつの間にか眠りに落ちていた。

それから香織の夕食には連日肉じゃがが並んだ。今でも十分に美味しいのだが、念には念を、と飽きるほどに作っては反省を繰り返す。

自分でも驚くほどの情熱だと思いながら、一生がかかっていると思うと、全く苦にならなかった。



「この肉じゃが、すっごく美味しい。そこらの店のより断然美味しいよ!」

予定していた日曜日。

拓人は18時過ぎに香織の家に到着した。机には手作りした肉じゃがに加え、キスと舞茸の天ぷら、蓮根と人参の金平、蕪の海老あんかけと具沢山味噌汁、さらに鶏肉の炊き込みご飯が並んでいる。

今日は朝から一人で買い出しに行き、拓斗のために準備をしたのだ。

「そんな、大げさよ。普通に作っただけだよ」

口ではそう言ったが、心の中では当然よ、と思う。

「いや、どれも絶品だよ。それに、好きなものばかり。香織がこんなに料理がうまいなんて知らなかった」

海外が長かった拓斗は、日本ではいつも和食を食べたいと言っていた。なので香織は、和食なら何をリクエストされてもいいように完璧にしていたのだ。

拓斗は心底感心しながら全てをペロリと完食した。その姿を見た香織も、これまでの努力が全て報われたように感じ、ホッと胸をなで下ろす。


完璧なお家デートの裏側で、エリート彼氏の本性が垣間見える...?!


ゴール間近


「口にあってよかった。デザートもあるよ、抹茶プリン作ったんだ。拓斗、好きだよね?お茶、淹れるね」

香織は今日のために買っておいた、たち吉の急須を取り出して日本茶をいれた。そんな姿を見ていた拓斗は、満足気にこう言ったのだ。




「やっぱ、香織は最高だな。料理もできて気もきいて、さらに美人で性格も良くてさ。香織といるときが一番リラックスできるよ。ずっとこんな風に過ごせたら最高だろうな…」

この言葉を聞いた香織は一瞬、お茶を湯飲みに注ぐ手が止まった。驚きと緊張から、全身の血がドクンと大きく波打つような感覚に襲われる。

「え…、それって…」

そこまで言って、慌てて口をつぐんだ。ここで焦って聞いてしまっては、台無しにしてしまうかも知れない。けれど、ゴールまであと一歩だ。

香織は一瞬の間を置いて、すうっとゆっくり深呼吸をして自分を落ち着かせた。

「そんな風に言ってくれて嬉しい。私も、拓斗と一緒にいる時が一番私らしくいられるの」

香織は拓斗の目を見て、得意の“悩殺スマイル”を披露する。拓斗はおもむろに香織を引き寄せ、唇を重ねた。

「本当、可愛い」

二人の間に甘い空気が流れ、香織は最高の幸福感に身を包まれる。

その時、拓斗のデニムのポケットにあったスマホが小さく震えた。

「あ、ごめん、仕事の電話だわ。ちょっと出てくるね」

そう言って、ベランダに出て行く拓斗の後ろ姿を見つめながら、香織はさっきの言葉を反芻した。

-あれって…私と一生居たいってことよね?つまり、プロポーズみたいなものよね!

そう思った途端、思わず口元がほころんだ。顔に出さないようにしようとするが、もう止められない。

-ついに…、ついに私もここまで来たわ!これで後は、素敵なホテルかレストランでプロポーズをされるのを待つだけ!

拓斗と結婚したら、外国人の同僚と付き合ったりするのかな?次は英語か中国語の勉強を始めようかな。拓斗、私が話せたらびっくりするだろうな…

香織の妄想は止まらない。食器を片付けながら、婚約指輪は何がいいか、式場はどこにするか、など、様々な思いを巡らせた。



「再来週に戻れるの?そっか、やっとだね。ずっと会いたかったよ。うん、うん、俺も愛してる」

拓斗はそっとLINE通話を切った。外ではしとしとと、静かな雨が降り注いでいた。雨の音で自分が言った言葉も全て洗い流されたように感じた拓斗は、何食わぬ顔で部屋に戻る。

部屋の中には、彼の遊び相手が、幸せそうな顔をして食器を洗って待っているのだ。

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