日本マクドナルドホールディングスのサラ L.カサノバCEO。(時事通信フォト=写真)

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■来店頻度の高い顧客は、「接客」に不満

2014年から15年にかけて、消費期限切れの中国産鶏肉や異物混入など、食の安全に関わる問題が相次ぎ、業績が悪化した日本マクドナルド。15年12月期決算では、過去最悪の赤字を計上しました。しかし、2年後の17年12月期決算では、過去最高の黒字を記録。マクドナルドが復活できたポイントは、どこにあったのでしょうか。

私のゼミでは、マクドナルドの業績が弱い回復傾向にあった16年11月、ゼミ生20名で手分けをして、マクドナルドを利用する人946名にアンケート調査を行いました。

内容は、ファストフードレストランを選ぶ際の主要因である、食の安全、味、値段に見合う価値、接客、待ち時間、清潔さ、居心地のよさの7項目について評価するものです。得られた回答を、品質要素の分析法である「IPA-Kanoモデル」を使い、「あればあるほど満足する」「なければないほど不満足が高まる」という指標で分析しました。

その結果、いずれの指標ともずば抜けて高い数値を示したのが「食の安全」と「清潔さ」でした。マクドナルドの顧客は、この2つの要素に高い関心があり、かつ不満を持っているということです。また、来店頻度の高い顧客(週2回以上)は、「接客」に不満を持っていることもわかりました。

同時期にプレジデントオンラインに掲載されたマクドナルド副社長の下平篤雄氏のインタビュー記事(「なぜマックは急速に業績回復できたのか?」)を読むと、問題発覚以降、食の安全に全社を挙げて取り組み、清潔さについても、清掃のオペレーションを改善するなど、力を入れてきたことがわかります。しかし、実際には、依然として顧客は不満を抱いていたのです。

■「こんなに一生懸命やっているんだから、十分だろう」

なぜ、このようなギャップが生まれたのでしょうか。製品やサービスの品質には、「提供品質」と「知覚品質」という2つの側面があります。提供品質とは、企業が実際に提供している製品やサービスの品質です。対して知覚品質は、顧客が製品やサービスに対して“感じる”品質です。2つの品質の間には、ギャップがあることがあります。

マクドナルドの場合、企業側は「こんなに一生懸命やっているんだから、十分だろう」と思っているのに、顧客側はそう思っていなかったということです。このギャップを埋めることが、当時のマクドナルドの課題でした。

■「いいことをしても誰も見ていない」

私のゼミでは、この調査結果を踏まえて、16年12月、マクドナルドのカサノバ社長や下平副社長に、今後の成長戦略について提案を行いました。具体的には、顧客が不満を抱いている「食の安全」「清潔さ」そして「接客」について、提供品質と知覚品質のギャップを埋めるために、次のような提案を行いました。

(1)食の安全
マクドナルドの食の安全に対する取り組みは、日本の外食産業の中でも高い水準にあります。しかし、当時はその取り組みが消費者には十分に理解されていない状況でした。提案の際、原材料の品質管理を担当するクオリティ・アシュアランス部(当時)の山下安信氏が「悪いことはすぐに伝わる。でも、いくらいいことをしてホームページで紹介しても、誰も見ていない」と嘆いていましたが、まさにこの言葉に、提供品質と知覚品質のギャップが表れています。

では、実際の取り組みと消費者の認知のギャップをどのように埋めればいいのでしょうか。食の安全は、顧客にとっては当然のことです。したがって、そのことをいくら前面に出しても、消費者は関心を持ちません。さり気なく伝えるための工夫が必要です。

ひとつの方法として提案したのが、SNSを利用したバズマーケティングです。食の安全に関して消費者が抱くさまざまな疑問に、カサノバ社長が自ら答える動画を来店客に見てもらいます。そのために、店舗の全席にNFC(近距離無線通信)タグを内蔵したステッカーを貼り、顧客がスマホをかざすだけで動画を見られるようにします。それをSNSで拡散してもらうことで、食の安全に対する認知を促します。

■清掃→検査→評価のサイクルを回すことが大切

(2)清潔さ
マクドナルドには、清掃についてもしっかりとしたマニュアルがあります。しかし、実際に大学周辺の店舗を見に行ってみると、清掃が十分に行き届いているとは言えない状況でした。その後、同じ店舗に、事前に調査に行くと伝えてから行ってみると、見事に清掃されていました。普段は忙しいために清掃が片手間になっていても、検査されることがわかれば、きれいにできるということです。このことから、清潔さに関しては清掃→検査→評価のサイクルを回すことが大切だとわかります。

マクドナルドには、KODOという独自のアプリを使って顧客にアンケートを取る仕組みがあります。内容は幅広く、中には清掃に関する項目もあります。その結果を、店長が月に1度評価し、従業員にフィードバックします。しかし、月に1度のフィードバックでは、頻度が少なすぎます。清掃は、定期的に行えばよいものではなく、汚れたらすぐに行うことが重要です。

そこで私のゼミでは、「Clean foryou」という清潔に特化した機能をKODOへ追加することを提案しました。この機能では、顧客がアプリを立ち上げて店内をチェックし、汚い場所を見つけたら、その場所をタッチします。すると、店舗に即時にフィードバックされ、顧客はクーポンなどを得られる仕組みです。この仕組みなら、常に顧客から検査され、迅速なフィードバックが得られるため、汚れたところをすぐに清掃することができます。

■接客における「コンタクト・ストレス」

(3)接客
私たちの調査では、来店頻度の高い顧客ほど、接客に対する不満が高いことがわかりました。一方、マクドナルドの従業員に対する教育訓練の水準は非常に高く、ここでも提供品質と知覚品質の間にギャップがありました。

知覚品質を低下させる要因として挙げられるのが、接客における「コンタクト・ストレス」です。具体的には、従業員が接客において感じる次のような感情が挙げられます。

1 顧客の外見から生起される偏見などの「嫌悪感」
2 思慮に欠け、問題行動をとる顧客に対する「不快感」
3 レジに長い行列ができ、顧客もイライラするような場面などでのプレッシャーによる「イライラ感」

従業員が抱くこれらの感情が、顧客に感知されるために、接客への不満が高まるのです。

■提供品質ではなく、知覚品質をどう高めるか

一般にストレス対処法には、問題に焦点を当てて状況を変化させる方法と、問題に対する自分の感情をコントロールする方法があります。マクドナルドの従業員に当てはめた場合、問題となっている状況を変化させることはできません。嫌悪感や不快感を感じるからといって、接客しないわけにはいきませんし、混雑する状況を自分では変えられないからです。したがって、自分自身の感情をコントロールする方法を身につけることが重要になります。そのためのトレーニングを導入することを提案しました。

これらの提案が実際にどこまで採り入れられたのかは定かではありません。しかし、かなり参考にされているはずです。なぜなら、その後、マクドナルドはさまざまなキャンペーンを成功させ、売り上げを伸ばしましたが、食の安全、清潔、接客といった基本的な課題が克服できなければ、いくら効果的なキャンペーンを打っても、顧客には受け入れられないからです。

提供品質ではなく、知覚品質をどう高めるか――このことを意識して食の安全、清潔さ、接客に取り組んだことが、マクドナルドの復活につながったと考えています。

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岡部康弘(おかべ・やすひろ)
獨協大学経済学部教授
英国カーディフ大学で博士号取得。The International Journal of Human Resource ManagementやAsian Business&Managementなどの学術誌に、仕事に関する価値観の日英比較の研究論文を掲載。

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(獨協大学経済学部教授 岡部 康弘 構成=増田忠英 写真=時事通信フォト)