誰もがインターネットやSNSで監視され、さらされてしまうこの時代。

特に有名人たちは、憧れの眼差しで注目される代わりに、些細な失敗でバッシングされ、その立場をほんの一瞬で失うこともある。

世間から「パーフェクトカップル」と呼ばれ、幸せに暮らしていた隼人と怜子。しかし結婚6年目、人気アナウンサーの夫・隼人が女の子と週刊誌に撮られてしまう

夫は以前の名声を取り戻したが、妻が過去のトラウマと対峙している時、夫は妻を守るためある決断をする!

「世間の目」に囚われ、「理想の夫婦」を演じ続ける「偽りのパーフェクトカップル」の行く末とは?




隼人:「この日のことを、僕は一生忘れないだろう」


僕と怜子は、社長には後日きちんと説明することを伝え、場所を貸してもらったお礼を言ったあと、家に戻ってきた。

僕たちは握った手を離さないまま、リビングのソファーに並んで座った。

お茶でも淹れてこようか、と言った僕を遮り、怜子が話し始めた…。

この日のことを、僕は一生忘れないだろう。

僕たち夫婦の関係が、変わることになった、この日のことを。



怜子:「…2年も続いていたなんて」


「今まで誰にも話せなかったの。…惨め過ぎたから。あの日のことは。」

私が言うと、私の手を握ったままの隼人の手に力がこもった。その力強さに安心し、私は話を続けた。

―あの日。

私の「婚約者」だった彼。その彼との子供を身ごもった彼女に、呼び止められた日。

「少し、お話できますか…。」

そう言った彼女を、私はなぜか断れず、近くのカフェまで、大きなお腹を抱えた彼女と一緒に歩いてしまった。

小林愛美(まなみ)。25歳くらいだろうか。何度か現場が一緒になったことがある同業者で、名前は知っていた。最近、智さんが企画した化粧品のCMで有名になった子だ。

男性人気も高く、癒し系で屈託のない笑顔がトレードマークの彼女は、撮影で「笑わない」ことを求められる私とは正反対のモデル。

撮影現場でも人懐っこく、みんなから愛される彼女のことが、私はずっと羨ましかった。

―智さんが、私と正反対の彼女を選ぶなんて…

「突然、すみません。それに、この前、智さんの家で取り乱してしまって…すみませんでした。」

彼の家での出来事がフラッシュバックする。謝られると余計惨めになる。私は精一杯の冷静を装い、彼女の言葉には答えず、聞いた。

「彼とはいつから?」

「智さんとの関係が始まったのは、2年くらい前です。私が彼を好きになって。怜子さんと付き合ってるって知らなくて、私が必死でアプローチしてしまって…。」

―2年も続いていたなんて。

ショックよりも、全く気がつかなかった自分に呆れる。

私と同じ呼び方で彼を呼ぶ彼女にイライラし、なぜ話を聞くことにしてしまったのかと、もうすでに後悔し始めていた。

「怜子さんの存在を知っても、もう引き返せませんでした。彼女がいる人を好きになってしまった自分が悪いことは分かってます。だから、多くを望むつもりはありませんでした。」

―多くを望むつもりは、なかった?


婚約者を奪った浮気相手の思わぬ提案に、怜子の怒りが爆発!!




「…妊娠して、私から、彼を奪ったのに?」

自分でも驚くほど、低い声が出た。この子は、何をいっているのだろう。生まれて初めての激しい感情が、爆発しそうになるのを必死で抑える。

私の怒りが伝わっているはずなのに、彼女は柔らかな口調のまま答えた。

「私は2番目の女でも、智さんのそばにいて、彼を愛せるだけでいいって思ってましたから。妊娠は、本当に想定外だったんです。」

彼女は間違っている。

間違っているはずなのに…。簡単に愛という言葉を口にできる彼女が、愛することを恐れない彼女が、まっすぐで眩しくて、怖い。

不安と苛立ちを感じ取られないように、さらに強い口調になった。

「そんなのキレイ事よ。想定外だろうがなかろうが、あなたは妊娠したし、私の結婚を壊した。」

―これ以上話しても、無駄だ。

人前で、我を忘れて取り乱す前に、ここから立ち去りたい。私は伝票を手に取り、立ち上がった。すると、彼女が言った。

「自分だけが、被害者だと思ってるんですね、怜子さんって。」

予想外の言葉に、思わず彼女をにらみ…立ったまま、彼女の膨らんだお腹を見下ろす。苛立ちが私を足止めし、私はもう一度、座りながら言った。

「婚約者を、奪われたのよ?あなたにね。」

この状況が、被害者でなければ何だというのか。それなのに、苛立つ一方の私に彼女は構う様子もなく続けた。

「智さん、言ってました。怜子さんは、愛に不器用な人なんだって。だから自分がそばにいてあげなきゃいけないって。そんな彼が、どうして私とも関係を持ってしまったのか。その理由を考えたりはしないんですか?」

―彼が、この子と関係を持った理由?

「私、彼に結婚を望んだことありません。この子も1人で育てるつもりですし、彼にもそう言いました。子供の認知はお願いしてますけど…。」

「…なんでそんなこと…。」

意味が分からず、思わず聞いてしまった私に、彼女は悲しそうに笑って言った。

「子供ができたから、責任を取らなきゃとは思ってくれてるみたいですけど、智さん、本当は怜子さんのことを愛してるから。私なんかよりずっと…。悲しいけど、分かっちゃうんです。私、智さんのことが本当に好きだから。」

―愛されていれば、浮気なんかされないはずでしょう?

「…もう終わったことよ。私と彼はもう、関係…ない」

私が絞り出した声にも、彼女は引き下がらず。…そして、予想もしなかった提案をした。

「私がこんなお願いをするのもおかしいし、怜子さんを苛立たせるの、分かってるんですけど…。もう一回だけ、智さんと、話してあげられませんか?」

言葉を失った私に、彼女が続けた。

「私、怜子さんが、あのアナウンサーの人と結婚するっていう噂を聞いてびっくりして、今日きたんです。怜子さんは本当にそれでいいんですか?このまま、智さんと終わっても…?」


トラウマの原因…昔の男が抱えていた、予想もしなかった苦悩とは!?


「…あなたにだけは言われたくないし、言われる筋合いもない。」

私は思わず怒鳴るように、そう言ってしまった。周囲の視線が自分に集まるのを感じたけれど、それすら、もうどうでもよかった。

それでも彼女は、すみません、と謝りながらも喋ることをやめなかった。

「智さん、怜子さんの電話番号が変わって連絡が取れないって、悲しそうでした。これが最後になってもいい。話してあげてくれませんか?彼の本当の気持ちを聞いてあげてください。彼…。」

そこで一瞬、彼女は迷うような顔をしたが、続けた。

「自分は、怜子さんに愛されてない、って思ってるんじゃないかな。」

そう言うと彼女は、お時間ありがとうございました、と頭を下げて、伝票を持って立ち去った。

取り残された私はひどく混乱していた。

私から彼を奪った、悪者であるはずの彼女になぜ、打ちのめされ、敗北感のようなものすら感じているのだろうか。

そしてしばらくの間、動くことができなかった。






結局、私は逃げた。

智さんとは話すことなく、隼人と結婚した。彼が他の女と関係を持った理由なんて、知りたくない。「捨てられた理由」を知るのは、どうしても怖かった。

―やっぱり私は、最後には選ばれない。愛されない女。

その記憶だけが強烈に残り、智さんと彼女から、逃げてしまった。

だから、今、私の目の前にいる彼に会うのは、彼の家を飛び出したあの日以来だ。

「なんで、俺に会おうと思ってくれたの?」

この声を聞くのもあの時以来。

ずっと怖かった。この人に会ったら、逃げ出してしまうかも、と思っていたのに。

―耐えられている。

隣の部屋に、隼人がいてくれるからなのだろうか。

『トラウマは自分で乗り越えなければ、ごまかしたつもりでも永遠に続く。だから怖くても、一度向き合っておいで。俺が側で待ってるから、耐えられなくなったら、逃げてくればいい。』

そう言ってくれた隼人のためにも、今日でカタをつける。私は、智さんから目をそらさず、質問に答えた。

「メールに動揺した自分が情けなくて。もうあなたに怯える自分を終わらせたいと思ったから。」

「メールで、動揺させるつもりなんてなかった。俺は、少し心配になって…。君がまた1人で強がってるんじゃないかと思って。」

出会った頃、私が彼に惹かれた時と同じ言葉に、思わずひきずられそうになった感情を押しとどめる。

そしてあの時逃げてしまった質問を、今ようやく、6年ぶりに口にした。

「私と付き合いながら、何で彼女に手を出したのか。それなのに何故、私のプロポーズを受けたのか、本当のことを教えてほしいの。」

「…今更、そんな話はしなくても…。」

茶化そうとした彼を私は許さず、言った。

「今更じゃない。私にとっては、ずっと過去にできなかったことなの。あなたがいつから、私を愛しているふりをしていたのか、どこからが演技だったのか。どんなに辛くてもいいから、本当のことを教えて。傷つく覚悟はできてる。」

智さんの顔が、少し、歪んだような気がした。

「今日俺がここにきたのは、怜子が幸せに暮らしてる、ってことを確かめたかっただけなんだけどな。」

「十分、幸せよ。隼人が幸せにしてくれてる。」

強がって、ムキになったように聞こえたのだろうか。智さんは苦笑いしたが、私は笑わなかった。

しばらく沈黙が続き、私が折れない様子がわかると、智さんが諦めたように口を開いた。

「…怜子にプロポーズされた時、本当に嬉しかったよ。守ってあげたいと思ったし、本気で結婚しようと思った。演技だったわけじゃない。」

「じゃあなんで?」

―愛美ちゃんとも関係を持ち続けてたの?

言葉にしなくとも、彼には伝わったようだった。

「…怜子は、自分が愛されているかが不安で、僕にいつも言葉を求めたけれど、君は僕に対して、どんな愛情表現をしていたと思う?」

「…え?」

不意をつかれたような質問に、私は答えられなかった。


怜子を守るため…!?隼人が、究極の決断をする!!


確かに私は愛情表現が苦手で、でも、そんな私が自分からプロポーズした、ということの意味を、智さんは分かってくれていると思っていた。でも。

ふいに、愛美ちゃんが言った言葉が思い出された。

『自分は、怜子さんに愛されてないって思ってるんじゃないかな。』

「…智さんは、私に、愛されてないって思ってた?」

私の質問に、智さんがまた苦笑いしたあと、もう過去の話だから、と前置きしてから続けた。

「ある時、ふと思っちゃったんだよ。怜子は、自分を分かってくれて『愛してる』って言ってくれる人なら、俺じゃなくても良かったんじゃないかって。ほら、雛鳥が初めて見たものを、親だと思ってなつく、みたいなさ。

そう思い始めたのは、隼人くんを初めて紹介された時なんだ。怜子、自覚があったかわからないけど、君は、隼人くんの前では違ったからさ。」

―隼人の前では、違った?

「彼の前での怜子は、俺が知ってる怜子よりもずっと子供っぽくて、無邪気に笑ってた。それで、隼人くんは俺の知らない怜子を知ってるんだ、と悔しくなった。俺が君の特別だと思ってたのに。そうじゃなかった。」

「隼人は親友だったから…。」

たしかに智さんから電話があった時、隼人と飲んでいる、と素直に伝えたことは何度かあった。

でも、智さんに隠し事をしていたわけじゃない。初めて愛してくれた人に、ふさわしい自分でいたくて、かっこ悪い愚痴や悩みは、智さんには言いたくなかったから…。

「くだらない嫉妬かもしれないけど、怜子が俺より隼人くんを信頼してる、と思ったら不安になった。彼と遅くまで飲んで連絡が取れなかった日は、浮気を疑ったよ。それも1度や2度じゃない。情けないけど。」

私は、あの頃自分が不安になるばかりで、まさか、彼を不安にさせていたなんて、思いもしなかった。

「そんな時に、俺のことが大好きだって言ってくれる愛美が現れて、つい魔がさした。最初は後悔したけど、君とは正反対のストレートな愛情表現に慰められていたのも事実だ。」

今なら、彼女のひたむきさに彼が惹かれた気持ちもわかる。自分のことを顧みず、私に智さんと話し合って、と言った健気さ。きっと私にはできない。

「…私も、あなたを傷つけてたのね。」

自分だけが傷ついた、失った、と今日まで思っていたことが情けなくなる。すると智さんが、悪いのは浮気したオレだから、と何度も謝った。

「あの時、逃げずに話し合ってれば、怜子を傷つけずにすんだのに。隼人くんとの関係を問い詰めたら、彼を選んでしまう気がして怖くて、聞けなかったんだ。本当にごめん。」

そう言った彼に、私も謝った。私も怖くて、愛美ちゃんがくれた話し合いのチャンスから逃げ出したのだから。私たちは、お互いに向き合うことができなかったのだ。

私が臆病だったせいで、彼との関係を失った。私が克服するべきものは、彼との過去ではなく、自分の臆病さだったのだと、今ようやく気がついた。

「俺は誓って、『怜子を愛する演技』なんかしたことはないよ。俺の言葉が信じられなくても、結果的に俺より100倍良い男に愛されてるだろ。君を愛する人が、今、そばにいるんだから。」

そう言って智さんが笑い…私も一緒に笑いながら…穏やかな涙がこみ上げてきた。


隼人:「離婚してくれないか?」


「智さんと話せたからって、自分がすぐに変われるとは思わないけど、少しずつなら…変わっていけると思う。隼人、ありがとう。」

照れ臭そうに笑った怜子の、スッキリとした顔が嬉しかった。




―彼女はもう、大丈夫だ。

脆くも強い。彼女の芯を、僕は信じているから。

そして、僕は彼女が落ち着いてから、話そうと思っていた話を切り出す。

―記事は、もういつ出るかわからない。その前に…。

「…怜子。」

名前を呼ばれた彼女が、僕の目を見つめる。

その眼差しすら愛おしくて、ここ数ヶ月で彼女に対する愛情が増していることを実感してしまう。

それでも、伝えなければならない。覚悟を決めて口を開いた。

「…離婚してくれないか。」

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「好感度を捨てる」その誓いのままに、家族を守る決断をした隼人の戦いとは!