ボンネットの先端が割れた山陽新幹線のぞみ176号=14日午後4時49分、JR新下関駅(共同通信社ヘリから)

安全が確認できない場合には直ちに列車の運行を停止する――。2005年のJR福知山線脱線事故以来、JR西日本が掲げている安全の基本姿勢が、またしても破られた。

6月14日午後、小倉駅を出発した山陽新幹線博多発東京行き「のぞみ176号」の先頭車両のボンネットが割れているのを、小倉駅ですれちがった新幹線の運転士が目撃。のぞみ176号は新下関に停車して確認したところ、先頭のボンネットから人体の一部が見つかった。博多―小倉間で人をはねたとみられる。

なぜ小倉駅で列車を止められなかったのか

高速で走る新幹線は在来線よりも安全性を重視し、踏切を設置せず、沿線には高いさくを設置するなど人が侵入できない構造になっている。在来線と比べると、線路上での人身事故は格段に少ない。

問題なのは人身事故ではない。なぜ小倉駅で列車を止められなかったのかという点だ。

JR西日本によれば、のぞみ176号の運転士は「博多ー小倉間の走行中に”ドン”という音がしたが、ただちに止める必要はないと判断した」という。高速走行中に鳥などにぶつかることはよくある。この運転士も「同じような音を過去にも聞いたことがある」としており、鳥にぶつかっただけで安全運行に支障はないと判断したようだ。従って、総合指令所に連絡することはしていない。

すれ違った新幹線の運転士は、異常を確認後、すぐさま運行をつかさどる東京の新幹線総合指令所に連絡している。指令員はのぞみ176号に停止を指示、列車は途中停止して安全確認をした後に、本来なら通過する新下関に緊急停車して車両点検を行っている。このプロセスも間違ってはなさそうだ。

では、小倉駅での対応はどうか。

博多―小倉間で人身事故が起きたということは、列車が小倉駅に入線した際にはすでにボンネットは大きく破損していたことになる。破損だけでなく、血痕のような汚れが先頭車両に大きく広がっていた異様な状態を、駅のホームにいた乗客の多くが目撃している。

列車の進入時はホーム上の乗客と接触する危険があるため、ホーム上の駅員は列車の状態に目を凝らす。乗客が気づいた異常なら駅員が気づかないはずはない。

台車亀裂トラブルと似ている

今回の一件は、昨年12月に起きた新幹線のぞみ34号」の台車亀裂トラブルを想起させる。異常の知らせを受けて列車に乗り込んだJR西日本の車両保守担当社員が車内の異音や異臭に気づきながら「列車を止めて安全点検したい」と言い出せず、破断寸前の状態で3時間以上にわたった運転を続けた。「保守担当者と指令員との間で車両の状況に認識のずれがあり、運行停止に関する判断を相互に依存していた」というのがJR西日本の見方である。

そのため、JR西日本はこのトラブルを契機に、判断基準を明確化するとともに、異音や異臭から安全状態を推測する訓練を乗務員や保守担当者の間で開始した。今回、すれ違った運転士の報告を受けてすぐに列車を止めたのは、台車亀裂から得た教訓が生きたといえる。

しかし、小倉駅ではなぜ列車を止められなかったのだろうか。台車亀裂の教訓は駅員に届いていなかったのだろうか。

台車亀裂問題を検証した有識者会議は、台車亀裂が起きた背景として「福知山線事故以降JR西日本が進めてきた組織改革の取り組みが、いまだ全社的に定着していない」と指摘していた。そして、「今回の事業を単に新幹線で起こった部分的な問題として済ませてしまうのではなく、組織全体にかかわる重大問題として捉え、安全性向上のための改革を加速する大きな契機とすべきである」と締めくくった。だが有識者会議が懸念した事態がまた繰り返された。


品川駅の様子。小倉駅においても、駅員は指差しをしながら安全運行の確認をしていたはずだ(写真:尾形文繁)

発車する列車を見守る駅員が、少し上のほうに目をやっている姿を見たことはないだろうか。「あれは架線の状態をチェックしているのです」と、JR東海の担当者は説明する。異常があれば、すぐに総合指令所に一報を入れる。このように駅員は乗客の安全確認だけでなく、列車の安全運行にもつねに気を配っている。今回、小倉駅の駅員は、列車の異常に気づいていたのか、いなかったのか。

気付いていた可能性が高いように思えるが、もし気づいていた場合、なぜそれを言い出せなかったのか。「運転士が問題なしと判断しているなら問題ないのだろう」と判断してしまったのだろうか。それとも、問題があると思っていても、それを運転士に言い出せない雰囲気があるのか。

15日16時、JR西日本は大阪市内で記者会見を行い、今回の事故について説明を行うが、問題の焦点は「小倉駅」にある。