「病院船」とは、文字通り病院機能を備えた船のことです。米海軍の病院船「マーシー」が2018年6月、日本を初めて訪れました。かたや日本には病院船とよべる艦船はありません。どのようなもので、導入にはどのような議論があるのでしょうか。

世界最大の病院船「マーシー」来日

 2018年6月10日(日)、米海軍の病院船「マーシー」が沖縄を経て横須賀に寄港しました。「マーシー」の来日は今回が初めてのことで、6月16日(土)には東京で一般向けに公開が予定されています(見学受付は既に終了していますので、当日行くだけでは見学できませんので注意)。


米海軍の病院船「マーシー」。もとはタンカーだったものを改装したもの(画像:アメリカ国防総省)。

「マーシー」は全長272m、排水量7万t級の世界最大の病院船で、中古タンカーを改造して1984(昭和59)年に就役しました。12の手術室を備え、レントゲン設備やCTスキャナを搭載し、集中治療設備は80床、約1000床のベッドを数えるなど、まさに海の総合病院と言えるでしょう。

 平時の「マーシー」は、母港サンディエゴ(米カリフォルニア州)で60名の医療スタッフ、12名の乗員という最小の人員で維持されていますが、災害発生時には民間人含む1200名のスタッフが各地から招集され、乗船することになっており、命令から5日以内に作戦状態に入ります。

 海軍の病院船である「マーシー」の本来の任務は、戦地での傷病米兵への医療を提供することですが、実際には2005(平成17)年のスマトラ沖地震のような海外での災害救援や、同型艦の「コンフォート」は2001(平成13)年の米同時多発テロにおいて、ワールド・トレード・センター跡地で消火活動を続ける消防士の心のケアを行うなど、戦地以外での活動が知られています。

 では、そもそも「病院船」とはなんなのでしょうか。ジュネーブ条約(第二条約)の第22条では、「傷者、病者及び難船者に援助を与え、それらの者を治療し、並びにそれらの者を輸送することを唯一の目的として国が特別に建造し、又は設備した船舶」と定義されています。

 そのほか、条約では白い塗装や視認性の高い赤十字マークを表示させるなど外見も定められており、軍の所有でも自衛用の武器以外の搭載は認められていません。事前の通告を行った病院船に対する攻撃や拿捕も禁じられており、特別に守られている船です。

日本の病院船導入議論は…?

 米海軍ではこのマーシー級病院船を2隻保有しています。また、中国は2万t級の920型病院船である「岱山島(メディアでは『和平方舟〈Peace Ark〉』と呼ばれることが多い)」を保有し、ロシアも1万t級のオビ級病院船を3隻保有しています。このほか、純粋な病院船ではないものの、手術室やベッドなどを備えた軍艦を保有する国はイギリス、フランス、オランダなど多くあります。


中国人民解放軍海軍の920型病院船(画像:アメリカ海軍)。

 日本はどうでしょうか。第二次大戦以前、日本は数多くの病院船を保有・運用してきましたが、戦後は専用の病院船を保有していません。ところが、湾岸戦争や阪神淡路大震災を契機に、日本でも病院船保有の議論が起きました。災害時には既存の地上の医療施設がダメージを受けることや、医療が必要な人が急増することから、機動的に運用できる病院船が必要ではないかという議論が起きたのです。しかし、この時は海上自衛隊のおおすみ型輸送艦や、海上保安庁の災害対応大型巡視船に病院船機能を持たせる多目的化が進められ、病院船の建造には至りませんでした。

 しかし、2011(平成23)年の東日本大震災で再び病院船議論が活発化し、2011年4月には病院船建造を求める「病院船建造推進超党派議員連盟」が発足し、2012(平成24)年5月には内閣府特命担当大臣(防災担当)に病院船の建造推進に関する要請書を提出するなど、政治的な動きも見せています。

 今回の「マーシー」来日も、これまでの病院船保有議論の流れの上にあります。「マーシー」の来日は「海洋国日本の災害医療の未来を考える議員連盟」が以前から「災害医療の未来を考える好機」にしようと働きかけたもので、来日に合わせて病院船についてのシンポジウムも開催されます。そのため、米海軍艦艇の公開でありながら、主催は米海軍や防衛省・自衛隊ではなく、内閣府(防災担当)が担当しています。

既存の艦艇の利用も

 では、日本でも病院船を建造・保有することになるのでしょうか。それは今後の議論次第ですが、建造に必要な莫大な予算がかかることや、医療スタッフの確保といった問題をどう解決するかの目処は立っておらず、すんなりとは決まりにくいでしょう。


海上保安庁横浜海上保安部の災害対応型巡視船「いず」(画像:第三管区海上保安部)。

 そのため、新規の病院船建造とは別に、既存の艦船に病院船機能を付加する実証訓練も行われています。たとえば、海上自衛隊の輸送艦「しもきた」に、陸上自衛隊の野外手術システムを搭載し、洋上医療拠点として活用する訓練や、民間のカーフェリー「はくほう」に日本赤十字社のdERU(国内型緊急対応ユニット)を搭載し、臨時の医療施設にするなどの実証訓練も行われています。これらは規模や機能、迅速性では専門の病院船には劣るものの、既存の艦船を利用することで安価に提供できるメリットがあります。

 なんにせよ、今回のマーシーの来日は、災害医療、そして病院船保有の議論の活性化が目的となっています。関心を持たれた方は、自分なりに考えてみるのもいいかもしれません。

【写真】赤十字を掲げた特設病院船「氷川丸」


太平洋戦争中、帝国海軍に徴用され特設病院船へ改装された日本郵船の貨客船「氷川丸」。約3年半のあいだにおよそ3万人を収容、輸送した(画像:日本郵船歴史博物館)。