保存鉄道とは、英語では「Heritage Railway(ヘリテージ・レイルウェイ)」、または「Preserved Railway(プリザーブド・レイルウェイ)」などと呼ばれ、その名の通り昔活躍していた車両を復元、維持して乗客を乗せる私有鉄道のことだ。私有鉄道といっても民営会社ではなく保存団体が運営していることが多く、従業員の大部分はボランティアが支えている。イギリス人の鉄道遺産に対する情熱があってこその存在だ。

 

基本的には観光客向けに運行されており、公共交通機関としての地元客による利用は基本的に想定されていない。値段も同じ距離を走行する一般の旅客鉄道と比べると割高で運行日も限定されている。

↑保存鉄道の目玉である蒸気機関車。写真の8572号機は1920年代に製造された古参で木造客車も同年代のものだ

 

保存鉄道と一口に言っても規模は大小様々で、普通の旅客鉄道と同じ「標準軌」と呼ばれる線路幅を有し、全長36kmに及ぶ長大なものもあれば路線長が1kmにも満たない小さな場所もある。「ナローゲージ」と呼ばれる線路幅が小さいものも存在し、その種類は様々だ。

↑ディーゼル機関車なども保存鉄道で動態保存されている。写真は客車を牽引するClass 50ディーゼル機関車

 

純粋な「観光鉄道」とは異なり、保存鉄道はある特定の時代を車両だけではなく駅舎の装飾や乗務員の服装まで再現している。1番多く見受けられるのが、20世紀初頭の雰囲気を残し、蒸気機関車と当時の古い客車を走らせている鉄道だ。

 

ほかにも蒸気機関車が廃止され、1960〜70年代の気動車やディーゼル機関車を主に走らせる鉄道もあれば、鉱山鉄道や湾港鉄道などで現役時代のように貨物列車を走らせたり、さらには旧型の路面電車を野外博物館で運行したりとバラエティに富んでいる。現在ではおよそ150種類もの保存鉄道がイギリス中で営業しており、世界的に見ても保存鉄道大国と言える。

↑セバーン・バレー鉄道のハイリー駅(Highley station)に入線する列車と到着を待っていた乗客たち

 

保存鉄道の発端と成り立ち

イギリスでの保存鉄道運動は、1951年にイギリス初の保存鉄道となったウェールズのタリスリン鉄道から始まったといえる。ここは1866年開業し、採掘場のスレート石を運ぶ鉱山鉄道と地元民の脚を兼任したナローゲージ鉄道であった。しかし採掘場の閉鎖とそれに伴う地元住民の減少で廃線の危機を迎えていたが、ボランティアの手によって列車の運行が継続され、いまとなってはウェールズ指折りの保存鉄道、そして有名観光地となっている。

↑タリスリン鉄道と同様にウェールズのナローゲージ鉄道の1つであるヴェール・オブ・ライドル鉄道。「標準軌」の路線は線路幅が1435 mmだがここは603 mmと狭く作られている

 

タリスリン鉄道のようにほとんどの保存鉄道はそのためだけに新しい路線を建設したのではない。例えば1960年代には「ビーチング・アックス」と呼ばれるイギリス国鉄による不採算路線の大規模閉鎖が行われ、現在営業している標準軌の保存鉄道もこのときに廃線となった線区を転用しているものが多い。以後多くの保存鉄道が発足していき、一般の旅客鉄道では廃止になった車両に行き場を与えた。そしてかつての鉄道産業遺産の動く姿が見られ、後世にその技術と魅力を伝える貴重な場として成長していく。

↑一時期は廃線になったが、セバーン・バレー鉄道で保存鉄道の一部として復活したアーリー駅(Arley station)

保存鉄道の楽しみ方

上記のように保存鉄道は大小様々だが、ここでは基本的に1番メジャーな標準軌の蒸気機関車を主に扱う保存鉄道を基準に紹介していく。

 

まず訪問することを決めたら運行日を確かめておく必要がある。5月〜8月の繁忙期では毎日運行しているところもあるが、基本的に土日と祝日の運転となる。12月〜2月頃は冬季メンテナンスを行い、その間は運休となるので要注意だ。

↑蒸気機関車は人気の的だが、ほかにも地味だが歴史的に重要な車両も動態保存されている。写真は国鉄時代に製造されたレールバスで安価な製造コストと運行費用で採算の悪い地方路線を救った

 

保存鉄道の楽しみ方といっても様々な方法がある。昔ながらのコンパートメントでゆっくり揺られながら汽車旅そのものを楽しむのもよし。鉄道を移動手段として使い沿線の街を観光したり、海辺や田舎でハイキングを堪能したりするのもよい。保存鉄道側も来客を呼び込むのに力を入れており、様々なイベントを年中企画している。以下ではその魅力的なイベントを簡単に紹介する。

↑ゆったりとしたレトロな内装でふかふかの座席で汽車旅が楽しめる

 

多種多様の保存車両が活躍する「ガーラ」

鉄道ファンにとってやはり保存鉄道の1番魅力は動態保存されている車両だろう。かつて本線で現役だった蒸気機関車などが動き、生きている姿を目の当たりするのは非常に喜ばしいことだ。そのようなファンのために多くの保存鉄道では年に数回「Gala(ガーラ)」と呼ばれる祭典が行われる。その保存鉄道に在籍する機関車や車両のみならず、ほかの鉄道からもゲストとして機関車などが招集され、数日間高頻度で運転が行われる。

↑セバーン・バレー鉄道の2018年春のSLガーラでゲストとして登場した60163号機「Tornado」。この機関車は2008年に新しく製造されたことで一目置かれている

 

↑ガーラでは旅客列車だけでなく貨物列車などの展示走行も見られる

 

例えばイングランド中部に位置するセバーン・バレー鉄道の2018年春のSLガーラでは3月中旬の3日間にわたって開催され、ゲスト機関車4機を含めた総勢8機体制で毎日45分置きに列車を走らせていた。列車を撮影する目的の「撮り鉄」や乗るためやってきた「乗り鉄」、SLが好きな子どもと一緒の家族連れなどで大いに賑わった。ガーラは一度に多くの車両と触れ合える機会なので、鉄道ファンにはぜひおすすめしたいイベントだ。

↑保存鉄道はボランティアの方の協力が必要不可鉄だ。車掌の制服に身を包み、乗客の乗降を見守る

 

大人も子どもも楽しめる様々なイベント

鉄道ファンももちろん大事な保存鉄道の顧客だが、一般のマニアでない人が訪問するのも大切な収入源だ。子どもに保存鉄道に興味を持ってもらい、新しいことを学んでほしいという意味で特に家族連れを意識したイベントが多くみられる。既存のSLをかの有名なキャラクター「機関車トーマス」として仮装させて列車を走らせるトーマスイベントや、クリスマスのときにサンタさんからプレゼントがもらえるクリスマスイベントなどが開催される。

↑イングランド中部に位置するグレート・セントラル鉄道の列車。ここはイギリスで唯一複線区間を保有している保存鉄道で注目を浴びている

 

もちろん大人だけで楽しめるものもあり、なかでも人気なのが「Murder Mystery(マーダー・ミステリー)」、つまり殺人事件の犯人当てゲームだ。主な概要としては役者たちがストーリーの登場人物たちを演じ、乗客に演劇のように話を展開する。しかしあるとき悲鳴が響きわたり、そのうちの1人が死体で発見されてしまう。その後の登場人物たちの証言などから本当の犯人を当てる参加型のゲームなのだ。これがかなり好評で、いつも満員御礼の保存鉄道も少なくない。

 

ほかにも1940年代の戦時中を再現したものもあり、当時の軍服を着た方や戦線へ派遣される兵士のコスプレをした方なども参加する。さらに大規模な保存鉄道だとクラシックカーの展示会や第二次世界大戦で活躍した戦闘機によるデモ飛行も行われ、当時にタイムスリップしたような気分になる。

↑セバーン・バレー鉄道の1940年代テーマの運行日では当時の英首相、ウィンストン・チャーチルの仮装をする方も現れた

レトロな空間で豪華な食事「ディナートレイン」

保存鉄道のもう1つの大きな魅力は車内での食事だ。レトロな装飾をまとった客車の中でふかふかの椅子に座りながら、ゴトゴトと蒸気機関車が牽く列車でフルコースの食事が堪能できる。イギリスと日本から昔ながらの食堂車がほぼ消えてしまったいま、このように再び旅情あふれる体験ができるのが売りだ。ドレスコードがありスーツやドレスを着用しなければならない高級なディナーから、カジュアルな服装でリーズナブルな値段で参加できるランチなど幅広い種類がある。

↑ウェスト・サマーセット鉄道の食堂車の様子。通常は予約が必要だが、この食堂車は一般の列車についており、気軽に食事が楽しめる

 

↑保存鉄道のディナー列車で提供されるメニューの一例。ラムロースにポテトと旬の野菜

 

このほかにも伝統的なイギリスと紅茶とお菓子を堪能できるアフタヌーンティーが提供される列車や、地ビールやエールなどが生で飲める「Ale Train(エール・トレイン)」なども頻繁に運行されており、保存鉄道を訪問した際には食事も楽しむことをおすすめする。

↑一部の列車ではビュッフェカウンターがあり、ドラフトビールや地元のエール酒などが堪能できる

 

このようにイギリスの保存鉄道は様々な楽しみ方があり、列車が特別好きな人でなくても十分に満足できるだろう。もし一度イギリスを訪問する機会があれば近くの保存鉄道へ寄ってみてほしい。そこにはきっとほかでは味わえない世界が広がっている。

↑ノース・ヨークシャー・ムーア鉄道のゴースランド駅で発車を待つSL。ここの駅は「ハリー・ポッター」シリーズの映画で登場し、人気スポットとなっている

 

オススメの保存鉄道8選

魅力的な場所はイギリス全土に広まっているが、こちらでは筆者のオススメの保存鉄道8選を紹介する。

1- セバーン・バレー鉄道(Severn Valley Railway):その名の通りイギリス最長のセバーン川の中流に沿って線路が引かれている。豊富な客車類と大規模なガーラが魅力。途中のハイリー駅の博物館も必見。http://www.svr.co.uk/

2- スワネッジ鉄道(Swanage Railway):海岸のリゾート、スワネッジを起点とする保存鉄道。近くの海岸線は恐竜の化石がよく見つかるため「ジュラシック・コースト」と呼ばれており、様々な興味深い地形や地層が観測できる。https://www.swanagerailway.co.uk/

3- グレート・セントラル鉄道(Great Central Railway):一部複線区間を保有する大規模な保存鉄道。せわしなく蒸気機関車が動き回り、まるで現役当時の様子を見ているよう。ここのダイニング列車はお手頃な値段で楽しめる。http://www.gcrailway.co.uk/

4- ブルーベル鉄道(Bluebell Railway):イングランド南部に位置し、ロンドンから気楽に日帰りで訪問できる。19世紀に製造され未だに乗客を運ぶ蒸気機関車と客車は必見。https://www.bluebell-railway.com/

5- ノース・ヨークシャー・ムーア鉄道(North Yorkshire Moor Railway):ヨークシャーの丘陵地帯の国立公園の中を通る鉄道。素晴らしい眺めが拝める他、夏季にはフィッシュ・アンド・チップスが有名な港町、ウィットビーに乗り入れる。「ハリー・ポッター」シリーズの撮影に使用されたゴースランド駅も人気。https://www.nymr.co.uk/

6- ダートマス蒸気鉄道(Dartmouth Steam Railway):イングランド南西のダート川の河口を目指す鉄道。汽船などにも乗れて一日満喫できる。https://www.dartmouthrailriver.co.uk/explore

7- ウェルシュ・ハイランド鉄道(Welsh Highland Railway):ウェールズのナローゲージ鉄道の一つ。可愛らしい客車に揺られて眺めるウェールズの山々は絶景。展望車の一等席にも追加料金で乗れる。http://www.festrail.co.uk/

8- ビーミッシュ博物館(Beamish Museum):北イングランドに位置する20世紀初頭の街を再現した野外博物館。街中には保存された昔ながらの二階建ての路面電車やバスが走っており、タイムスリップした気分になれる。上記の保存鉄道とは異なるが訪問をおすすめする。http://www.beamish.org.uk/