米WTI原油先物価格は、「OPECをはじめとする主要産油国が近く協調減産を緩める」との思惑が広がったことで、1バレル=60ドル台半ばで推移している。直近のピーク時に比べ10%の下落である。

 6月2日、OPEC加盟国のサウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)、クウェートなどが減産合意の遵守状況を点検する合同閣僚級監視委員会の非公式会合をクウェートで開催し、「各国が協調減産合意について連携を継続することが重要」とのメッセージを発した。それにもかかわらず、市場では「減産規模が日量50万〜100万バレル縮小される」とするとの見方が強まっている(主要産油国は昨年1月から日量約180万バレルの減産を実施)。

 減産が緩和される根拠としてまず挙げられるのは、主要産油国が目標としていたOECD諸国の商業原油在庫が過去5年平均を2000万バレル下回ったことだ。また、OPEC加盟国のベネズエラの原油生産量が2016年の日量240万バレルから100万バレル減少し、下げ止まりを見せる気配が見られないことも、大きな支援材料である。

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破竹の勢いで拡大する米国産原油の輸出

 一方、主要産油国にとっての頭痛の種である米国の原油生産量は日量1080万バレルと過去最高を更新した。南北アメリカ地域ではベネズエラの原油生産量の減少分(月ベースで日量10万バレル)を上回る勢いで、米国の原油生産量が増加している(月ベースで日量15万バレル超)。

 米国の原油生産拡大を牽引するのは、南部の内陸部に位置するパーミアン地区のシェールオイルである。製油所が集中するメキシコ湾岸へのパイプラインの輸送能力が限界を超えつつあることから、中継地であるオクラホマ州クッシングの在庫が増加。ここを受け渡し地点とするWTI原油の需給の緩みが意識されやすくなっている。

 米国ではメモリアルデーが過ぎドライブシーズンが始まりつつあるが、最近の原油価格の上昇でガソリン需要が打撃を受けつつある。民間調査によれば「24%の米国人が今夏のドライブの回数を減らす」と回答しているという。この減少幅は原油価格が1バレル=100ドル台だった2014年夏以来のことである(5月22日付ZeroHedge)。

 主要産油国の減産緩和の観測により、その指標価格である北海ブレント原油先物価格も下落したが、米WTI原油価格は米国内の事情が災いして北海ブレント原油価格の2倍を上回る下落幅を記録した。これにより5月31日、北海ブレント原油価格と米WTI原油価格との差が3年超ぶりに拡大し(1バレル当たり11ドルを突破)、安値を武器にした米国産原油の輸出拡大は破竹の勢いである。現在の輸出規模は日量200万バレルをコンスタントに超えているが、「近い将来日量350万〜400万バレルの規模に達する」と予測する専門家もいる(5月29日付OILPRICE)。

 最近の原油高で経済状況が悪化している発展途上国にとって、安価な米国産原油は「干天の慈雨」である。原油需要が最も伸びているアジア地域では、中国最大の国有石油精製会社シノペック(Sinopec)が6月からサウジアラビアからの原油輸入を4割カットし、米国産原油に切り替えることを決定した(5月28日付OILPRICE)。インドも安値の原油の確保に奔走している(「仮想通貨ペトロで決済すれば3割安で原油を輸出する」というベネズエラ政府の提案は受け入れなかったが・・)。中東産原油に加えて西アフリカ産原油もアジア地域でのシェアを落としている(5月30日付OILPRICE)。

相変わらず不安定なサウジアラビアの政情

 北海ブレント原油価格が米WTI原油価格に比べて高止まりしているのは、減産効果に加えて中東地域の地政学リスクも貢献している。特に、筆者がウオッチしているサウジアラビア情勢は一向に安定する気配が見えない。

 サウジアラビア政府は6月4日から女性に対する運転免許証の交付を開始した。サウジアラビアはこれまで世界で唯一女性の運転が認められていなかったが、次期国王と目されるムハンマド皇太子主導の改革の一環で、6月24日から女性の運転が解禁される予定だ。だが、5月下旬に拘束された女性活動家(女性の運転する権利などを求める)の多くがいまだ自由の身となっておらず、女性の間からムハンマド皇太子に対する疑念の声が上がり始めている。

 そのムハンマド皇太子は、4月21日以降、公の場に姿を見せてこなかったが、5月31日、「イエメンのハディ大統領と起立して握手する」写真が公開された。ムハンマド皇太子はその後、英国のメイ首相と電話会談したという(6月3日付ロイター)。

 ポンペイオ米国務長官が4月28日にリヤド訪問した際、ムハンマド皇太子が会見しなかったことから「ムハンマド皇太子に異変が生じた」との疑念が生まれ、5月下旬にナイフ前皇太子が「ムハンマド皇太子が4月21日の銃撃より負傷した」とツイッターしたことで死亡説まで伝えられていた。「ムハンマド皇太子が公務に復帰して万事一件落着」としたいところだが、そうは問屋が卸さない。

 サウジアラビア政府は6月2日に大幅な内閣改造を行った。注目すべきはムハンマド皇太子が実権を握るようになってからの3年間で3人目の労働・社会発展相が任命されたことである。新たに労働・社会発展相となったアルラジ氏は、エンジニアでビジネスマンの経験があり、サウジの金融部門に大きな影響を持つ一族出身である。

 経済界のプリンスであるアルラジ氏にとっての喫緊の課題は、2人の前任者と同様に失業率の低下である。サウジアラビアの現在の失業率は12.8%であり、低下に転じる兆しが見えない。財政上の制約から雇用創出支援経費が削減されているため、失業率はむしろ高まる可能性が高い。さらにムハンマド皇太子の改革により女性の社会進出が始まれば、男性の失業者が増加するのは間違いないだろう。

 政情が比較的安定しているとされてきたヨルダンで、5月末から増税に反対する大規模デモが発生、その責任を取って首相が辞任に追い込まれる騒動になっている。サウジアラビアにとっても「他山の石」ではない。

カタールと断交継続、ドイツとも関係悪化

 対外に目を転ずれば、イエメンの暫定政府軍が、サウジアラビアなどの支援を受けて、イエメン西部の「ホデイダ港」の奪還作戦を実施したが、大失敗に終わった(6月2日付AFP)。ホデイダ港は、イエメンのシーア派反政府武装組織フーシに占拠されている。フーシはこの港を、紅海を通航するタンカー(サウジアラビア産原油を積み込む)へのロケット攻撃の拠点としているのだ。ホデイダ港はイエメン向けの支援物資の7割が経由する拠点でもあることから、暫定政府軍は背水の陣で臨んだが、フーシ派の待ち伏せ攻撃に遭い、100人以上が死亡したという。

 イエメン情勢が泥沼化する中で、同国で活動する国際テロ組織「アラビア半島のアルカイダ(AQAP)」は6月1日、「サウジアラビアで改革を進めるムハンマド皇太子の改革は罪深い」と警告を発した。AQAPはサウジアラビアのイエメンへの軍事介入で生じた政情不安を糧にして勢力を拡大したが、ムハンマド皇太子はシーア派に加えスンニ派の武装組織まで敵に回してしまったようだ。

 カタールとの関係も好転する兆しが見えない。サウジアラビア政府が「イランに接近している」と非難してカタールと断交してから1年が経過したが、カタールはイランやトルコとの関係を強化したことでサウジアラビアなどに依存しなくて済む体制を確立したことから、対立が長期化する様相を呈している。このような事態に焦ったのか、サウジアラビア政府は6月1日、「カタールがロシアから最新鋭の高性能地対空ミサイルシステム『S-400』を入手した場合、カタールに対する軍事攻撃も辞さない」と警告を発した(6月1日付仏ルモンド)。ルモンドによれば、サウジアラビア政府はマクロン大統領に対し「カタール・ロシア間のS-400を巡る交渉を阻止するために介入してほしい」と書簡で訴えたという。

 フランスとは対照的に、ドイツとの関係は悪化し続けている。5月25日、サルマン国王は「今後、政府事業についてドイツ企業を新規契約先として選定することを禁止する」勅令を発した。2013年にドイツに亡命したサウジアラビアの王子が、5月下旬に「サルマン国王やムハンマド皇太子に対し反旗を翻せ」とのビデオメッセージをSNSに流した(5月24日付ZeroHedge)。この動きを黙認したドイツ政府に対するサウジアラビア側の苛立ちがその背景にあるのだろう。

購入され続けるイラン産原油

 OPEC総会は6月22日に開催されるが、内憂外患のサウジアラビア政府にとって「喉から手が出る」ほど欲しいのが原油売却代金である。増産に転ずれば原油価格が下落するリスクがあるが、このまま手をこまねいていれば世界市場を米国産原油に席巻されてしまう。ジレンマに陥るOPECにとって「頼みの綱」は、米国の経済制裁によるイランの原油生産量の大幅減少である。

 だが、米国政府がイラン核合意から離脱した5月の原油輸出量は日量240万バレルとなり、過去1年間の平均(日量212万バレル)を上回っている。海運業界関係者によれば「イラン産原油の購入を大幅に削減する動きは見られない」という(6月4日付OILPRICE)。実際にイラン産原油の大口購入先である中国やインド企業は米国による対イラン制裁に従わない方針を示しており、欧州でも、スペインの石油大手レプソルがスポットで50万バレルのイラン産原油を購入することを決定している(6月4日付OILPRICE)。

 米国の制裁が全面的に発効するのは今年(2018年)11月であり予断が許さない状況であるが(イラン政府は5日、ウラン濃縮能力を拡大する計画に着手すると宣言)、今年末までにイランの原油生産量が2012年時のように日量100万バレル減少する可能性は低い。減少したとしてもせいぜい同10万〜20万バレル程度ではないだろうか。20万バレル程度の減産であれば、リビアの政情が安定し原油生産量が今後回復することが見込まれることから、OPEC全体の生産量に影響を与えない可能性がある。

 OPECは2008年のリーマンショック後に大幅な減産を実施し原油価格を回復させたが、その後、高油価を招き需要が大きく減少した。にもかかわらずOPECはイスラム国の台頭という地政学リスクに配慮して2014年6月の総会で増産を決定。米FRBの量的緩和(QE)の停止もあいまって同年末にかけて原油価格は大幅に下落した。

 現在、原油市場では、2018年に入ってからのシェールオイルの大増産による供給過剰効果が表れ始めている。6月の総会で、米国の増産要請などイランを巡る地政学リスクに考慮して主要産油国が減産緩和に踏み切れば、原油価格は秋にかけて再び大幅下落するのではないだろうか。

筆者:藤 和彦