知ってる?シンデレラって策士なんだよ

ガラスの靴をわざと落としていったのだから。

夢は願っているだけでは叶わない。
運命なんてない、全ては戦略なの。
幸せは自分の手で掴み取るものよ。

お伽話には種も仕掛けもあるのです。

プロ彼女を目指し、無事慶應大学に入学した藤野沙織。港区で人脈を広げ、遂に憧れの“瀬戸涼”とご対面。しかし、瀬戸涼の隣には、女子大生時代の友人・モデルのカンナが不敵な笑みを浮かべていた…




私の目の前に、高校生の頃からずっと、ずっと憧れていた瀬戸涼がいる。

…その隣に、モデルのカンナがいたことは大誤算だったのだけれど。

「こちらは沙織ちゃん、夜中に何回か誘ったんだけど、いつも明日仕事だからって来てくれなくてさ。凄く良い子だからずっと紹介したかったんだよねー。」

能天気な三吉ケンタは、カンナが醸し出す棘のある空気に気付くこともなく、ニコニコと私の紹介を始めた。

「沙織ちゃん、よろしく。お仕事、何されてるんですか?」

斜め前に座る瀬戸涼が、ニカっとハニカミながら私を真っ直ぐに見ている。テーブル越しで見る瀬戸涼の笑顔は、あまりにも爽やかで眩しい。

「OLです」
「えー?同業かと思った。こんなに綺麗なOLさんっているんだね」

瀬戸涼のサービストークにむすっとするカンナに、彼らはまだ気付いていない。そしてケンタはこう言った。

「綺麗だよねぇ。しかも沙織ちゃんは、涼と同じ大学なんだよ。慶應!」
「ほんとに?久々に慶應生に出会ったわ!なんか嬉しいわ〜」

瀬戸涼はニコッと笑うと「いぇーい、三田会」とグラスを合わせてきた。対角線上で乾杯し、母校という共通の話題で盛り上がる私たちを、カンナは頬杖をしながら不服そうに見つめている。

「三田会って何〜?」

つまらなそうにしているカンナにようやく気付いたケンタは、場を盛り上げようと乾杯を促す。

「いぇーい、高卒」

が、カンナはそれを見事にスルーした。

-高卒…

第一ラウンドは私の勝ち、だろうか。私の登場で一気に蚊帳の外になってしまったカンナはくるりと態勢を横向きにし、瀬戸涼に微笑みかけた。

「あ、涼くん全然飲んでない、一気ね〜っ」

まるで子猫が戯れるように、さりげなく、でも確実に、瀬戸涼の腕や膝をペタペタと触っているのが目についた。

顔もスタイルもお人形のような女の子に、ボディタッチをされて嫌な男はいない。瀬戸涼も男だ。例外ではないだろう。

全員で話をしようにも、大きなテーブルで隔たりがあるため、カンナが個人プレーに走ると簡単に断裂してしまう。

-あぁ、やっぱり早めに来て隣を死守しておくべきだったかしら…
-でも、大丈夫。セオリー通りでしょ


お目当ての男の隣にべったりとくっつく美女に勝つための戦略とは…?


隣にいる瀬戸涼を強引にカンナワールドに引きずりこみ、2人きりの会話に持ち込む姿を見兼ねて、私は“セオリー通り”にケンタとの会話に徹することにした。

「この間の舞台、見に来てくれたじゃん?あのあと実はすごく面白い話があってさ……」
「えー!!」

ケンタと私の笑い声が部屋に響くたびに、チラチラと瀬戸涼の視線を感じる。中身のないカンナとの会話は、そろそろ限界を迎えるはずだ。

隣に座っているだけでチヤホヤされる美人に、話術は備わっていないのだ。

初対面で大切なことは、2つある。まずは良い印象を残すこと。そして、興味を持ってもらうことだ。もっと話してみたい…そう思わせることができれば勝ちである。

決して話しすぎてはならない。味のなくなったガムや、出涸らしのお茶のようになってしまったら、次はない。

隣に座ってつまらないと思われるくらいなら、目の前で違う男と楽しく会話する姿を見せつける方が賢明だろう。

食事会などでは、序盤は一番の美人が主要人物の隣に配置されるのが鉄板だが、視界の隅で盛り上がっていると、終盤は必ずと言っていいほどお呼び出しがかかるというセオリーがあるのだ。




置物と化したお人形のような美人より、“楽しそうな、そこそこ美人”のほうが需要があるのだ。

「あはは、本当沙織ちゃん面白いわ」

私たちの笑い声につられて、先ほどからこちらをチラリと見つめる瀬戸涼と、バッチリ目が合った。

「お手洗い、行ってきます」

私はニコリと微笑むと、瀬戸涼と目を合わせたまま、席を立った。お互い、考えていることは同じなはずだ。

鏡の前で、ゆっくりと時間をかけながら丁寧にグロスを塗り直し、緩んだ口元を引き締め、お手洗いを後にした。

個室の扉に手をかけようとすると、私が開けるよりも先に、扉が開いた。

「あっ」

勢いよく個室から出てきた瀬戸涼とぶつかりそうになり、お互いの声が重なる。彼は私を見つめたまま、後ろ手で扉をスッと閉めた。

目の前に立ちはだかる180cm超のイケメンを見上げようとすると、自然と上目使いになってしまう。

-あぁ、なんてかっこいいんだろう…

瀬戸涼との距離は、ものの数十センチ。彼は少し屈んで、目の前で立ち尽くす私にコソコソ話をするように耳元で呟いた。


お目当ての人が追いかけてきた理由は…?廊下で2人きり、ドキドキの会話とは…?


「カンナちゃん酔いすぎて、ちょっと避難」

あまりの距離の近さにドキっとしたが、私は平常心を装い、照れ隠しも兼ねて笑った。

「あはは、SOS発してましたよね?」

カンナにホールドされたせいで直接的な会話は少なかったものの、この数時間、幾度となく目線のキャッチボールは交わしていた。

「わかった?」

瀬戸涼はクスっと笑うと、廊下の壁にもたれかかった。横顔は彫刻のように美しく、長い睫毛が印象的だ。私たちは横並びに立つと、トイレ待ちの他人を装い会話を続けた。




「沙織ちゃん、お酒強くない?」
「私、結構強いですよ。なんでもいけます」

「何が好きなの?」
「ワインと日本酒が好きです」

私の発言を聞いた瀬戸涼は、いいねと笑い、顔を覗き込んでこう言った。

「この後、飲み直そうよ」

願ってもみない誘いだった。

悪酔いしたカンナにタジタジの瀬戸涼は、飲み足りなさそうな雰囲気を醸し出している。

-これが、最初で最後の誘いかもしれない。

近くで見る瀬戸涼の澄んだ目に、吸い込まれそうになる。このままこの誘いに乗ったら、私は果たして自分を止めることが出来るのだろうか。

計算高く冷静なはずの自分が、瀬戸涼のまっすぐな眼差しにぐらついた。

「飲みたい…です」

-ダメだ…ダメだ…!

断るなら今が最後のチャンス。ここで誘われたということは、少なからず興味を持ってくれているのは確実なのだ。

初対面の今日は、次に繋げるための架け橋でしかない。この誘いを断れば連絡先を聞いてくれるはず。冷静に、次に繋げよう。

「でも…。そろそろ帰らなきゃ。明日早いんですよね。また今度飲み…」

瀬戸涼が残念そうな顔を浮かべたのと、私たちのやりとりを聞いていたらしいカンナが扉からひょっこりと顔を出したのは、同時だった。

「涼くん遅いよ〜何してるの?」
「あぁごめん、沙織ちゃん帰っちゃうんだって」
「そうなんだ、バイバーイ」

カンナは満面の笑みで私に手を振り、ケンタも扉から顔を覗かせた。

「沙織ちゃん、帰っちゃうの?!」

「今日はありがとう!もっと飲みたかったんだけど…明日早いので、お先に失礼するね」

終わってしまった。あと、少しだったのに…
あの女のせいで、連絡先、交換できなかった…
でも、きっと大丈夫

後悔と苛立ちと、少しの期待を胸にしまい、私は彼らを背にして一歩踏み出した。

トントン。

肩を叩かれ後ろを振り向くと、瀬戸涼がコソっと笑った。

「沙織ちゃん、“また今度”ね」



-また、今度…

帰りのタクシーの中で、瀬戸涼の笑顔と言葉がリフレインする。ぼーっとスマホを眺めていると、2通のポップアップが弾けた。

「沙織ちゃん、久しぶりだったね。帰るなら、瀬戸涼、私がお持ち帰りしちゃうね?」

そして、もう1通は…
知らない電話番号からの着信だった。

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