【ラン活番外編】工場取材でランドセルマイスターのものづくり愛と探求心にシビれた!

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私は工場見学が好きである。一言でいうと、モノのストーリーに心を動かされるオタク気質なので、試行錯誤の結果たどり着いた○○とか、実は世界的に有名な△△に搭載されている□□を作っているなどの開発秘話にシビれる。

前回、「ラン活に前のめりになれない人に捧ぐ最新ランドセル事情」という記事を書いたように、ラン活にはいまだ前のめりになっていない私。すると、同記事で取材協力をいただいたランドセルメーカーのセイバンさんのご厚意で、工場取材の話が舞い込んで来た。これはもう、行くに決まっている。片道4時間かけてたどり着いたのが同社の室津工場だ(近くの海では牡蠣が養殖されている)。



セイバンでは年間30万本のランドセルを製造・出荷している……と書くと、大量生産のために機械がガチャコン、ガチャコンと作っているように想像してしまうが、じつは180人の職人さんが手分けしてひとつのランドセルを完成させている。

その理由はランドセルの素材である人工皮革が、その日の湿度や温度などによって微妙に変化するので、完全機械化は不可能だからとのこと。経験で培った職人の技術力なしでは、いいランドセルは作れない……グッとくるポイントである。


▲「きざみ」と呼ばれるランドセルの角の処理(左上)。ここに職人の技量が出るという。ランドセルの背面と箱部分を縫う最後のミシンは、仕事の花形(右下)。


■「ものを開発するのは一人じゃできない」


セイバンにはすべての工場の職人の頂点に立つランドセルマイスターなる人物がいる。ランドセルに携わって40年、株式会社セイバン 生産本部技術スペシャリストの橋本雅敏さんだ。橋本さんは同社の先代専務と商品開発を担当し、数々のアイディアを入れ込んで、ランドセルを進化させてきた人物だ。


▲生きがいは子どもたちに喜んでもらうことだというランドセルマイスターの橋本さん。入学式の写真をもらったことも。通勤途中で近くの小学校を通ると「子どもたちをずっと見ていたい」ほどの子ども好き。


先代の専務と橋本さんのやりとりは、まるで親方と弟子。橋本さんがアイディアを持っていくと「新しいアイディアをことごとくボロクソに言われるんですよ(苦笑)。『おまえなんて帰れ!』と言われたこともあるけど、でも厳しく叱咤激励くれたから今がある」。きょうびならパワハラと指摘されかねないが、それは信頼と期待の表れ。先代専務は時にヒントを提示してくれ、橋本さんは何度もアイディアを提案しにいったという。

CMでもおなじみの「天使のはね」のネタ元は、先代専務のお遍路さん体験だという。年々巨大化&重量化するランドセル(※)を「軽く感じさせる」ために、背中にピタッと密着するよう設計されている。

(※かつてのランドセルは約600〜700gくらいだったが、大型化にともない現在はセイバン平均約1,200g(人工皮革)となっている)

背中にピタッと密着させるためには、どうしたらよいのか。最初の試作品は、ランドセルのカバーから背負い紐が出るよう設計したものだったが、肩ごと固定されてしまって背負いにくかった。

では肩部分に硬い段ボールを入れたらどうか?(⇒強度が足りない)、いやテッパンを入れたらどうか?(⇒そのまま縫えない)……とたどり着いたのが、釣り竿のしなりから着想を得た現在の樹脂であった(⇒さすが海沿いにある工場!)。

2000年から開発が始められた「天使のはね」は、2003年の発売で「ドカンと来た(売れた)」というから橋本さんも報われた。


▲橋本さんが手にしているのが特殊樹脂で作られた「天使のはね」。このネーミングは、形成されたものを見た瞬間、専務の一声で決まったという。


このほかセイバンのランドセルに込められた工夫は、企画者たちのアイディアの塊だ。あるときはヒントになる教えを乞うため、電機メーカーや自転車メーカー、鉄鋼関係、果ては下着メーカーといった異業種を回り、またあるときは、小学生に直接話を聞く、社員の子どもには毎年新しいプロトタイプを背負ってもらい、6年使いきって返してもらって傷み具合を見るなどなど、ランドセル道一直線。

こういうものづくりの姿勢を見ていると応援したくなるのが人情である。ランドセルに搭載されている「せみね」は、ある下着メーカーが人間工学に基づいた研究結果を提供してくれたものがヒントとなり、背負い続けてもムレない&疲れないを実現した。

■強い「ハート」は、子どもの心を傷つけないため


話はいっそうマニアックなものになるが、続けたい。「天使のはね」がスポットライトを浴びる舞台女優だとしたら、舞台全体を仕切っている重要な監督の役割をしているのが「背カン」だ。背カンとは、ランドセルを背負ったときに、肩の後ろにくる、紐と本体が接続されている部分のこと。


▲青い板に貼られているのが、昭和30年代から進化してきた背カン部分。金具メーカーと共に作り上げてきた。


背カンは小さい部位ながら約30個ものパーツからなり、別名「ハート」と呼ばれている。文字通り、ランドセルで一番重要な心臓部分であり、最も稼働する場所であるため壊れやすいという宿命がある。

写真を見てお分かりかと思うが、この軌跡がハンパない。改良されるたび1gずつ軽くなったり、小型化されたり、素材が変わったり……歴史の裏に企画者たちの汗と涙が垣間見える。

セイバンでは一度ランドセルを購入すると6年間無料で修理をしてくれるそうだ(送料はセイバン負担、修理中の代替ランドセルも貸し出し)。毎年1%程度の修理依頼が入ってきていたが、5年前に現在の背カンにモデルチェンジしてから、背カンの修理依頼件数はゼロだというからすばらしい。

なぜここまで壊れないことにこだわるのか? ひとつは6年間しっかり使えるランドセルを提供することで、物を大切に使うことを学んでほしいという思い。もうひとつは、子どもの心を守るため。毎日使うランドセルが壊れると、子どもは想像以上にダメージを負うという。

だから「職人には『あなたのランドセルは大丈夫だよ』という愛情をこめてパーツから作れと言っている」そうだ。なんだか、第三の保護者みたいにそこまで考えてくれて、しみじみしてしまった。


▲引き続きこちらも歴代の背カン。現在もニュータイプを企画中らしい。


■日本を変えるランドセル!?


いま、橋本さんのランドセル人生の集大成ともいえる大仕事が進行中だという。来年の2019年、セイバンが創業100周年を迎えるにあたり、革新的なランドセルが発表されるそうだ。「日本のランドセルを変えます」というから、果たしてどのようなものか……。2020年入学の子どもたちがうらやましい。

「今は大容量のランドセルが人気ですが、子どもにとって重いことは身体の負担なんですよ。成長期の背骨がゆがんだり、腰痛の原因にもなるので、教材を運ぶというシンプルなものに戻ってもいいと思いますね」(橋本さん)とくれば、シンプル路線だろうか? どんな形にしろ、子どものことを想って最適解を提示してくれるのだろう。何が出てくるか楽しみでしかない。

最後に橋本さんに同社の今後のビジョンをうかがった。
「小さい子どもからお年寄りまで、安全にモノを運べる背負いバッグを作ること、世界一のかばん屋とかばん工場であること」。

同社は今後、ランドセルに捕らわれず、革の技術を使ってモノとサービスも提供していく計画もあるそうだ。もしかしたらラン活が終わったら、今度は自分用としてセイバンの製品にお世話になる日が来るかもしれない。毎日ノートPCを持ち歩いている身としては、「軽く感じる背負いカバン」は必須だから。

【取材協力】
ランドセルのセイバン
https://www.seiban.co.jp/

斎藤貴美子
コピーライター。得意分野は美容・ファッション。日本酒にハマり、Instagramの#SAKEISAWESOMEkimikoで日本酒の新しい切り口とコピーを思案中(日本語&つたない英語)。これからの家族旅行は酒蔵見学。二児の母。