2005年4月、都内で和解合意の記者会見をするライブドアの堀江貴文社長(当時・左)とフジテレビの日枝久会長(当時・右)(写真=時事通信フォト)

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起業して事業を成功させること。つまりゼロからイチへ、イチから10へと事業を成長させることはとても難しい。ベンチャーキャピタリストの三戸政和氏は「ゼロイチに長けた起業家といえは堀江貴文さん。希代の経営者である孫正義さんでさえ、ゼロイチは難しいと考え、そうした投資は避けている。堀江さんが時代の寵児となった理由はよくわかる」という。2人の経営スタイルの決定的な違いとは――。

※本稿は、三戸政和『サラリーマンは300万円で会社を買いなさい』(講談社)の一部を再編集したものです。

■ゼロイチ起業は選ばれた人のもの

私は、事業が大成功して有名人になり、メディアの寵児にまつりあげられるような社長を見てきた一方で、目を輝かせて私たちに事業計画を説明し、会社の未来と夢を語り意気揚々として自信に満ち溢れていたはずが、事業が計画通りに進まず、徐々に元気を失い、数年のうちについにはビジネスの表舞台から去っていってしまう社長も数多く見てきました。

ベンチャーキャピタリストという職業は、そうした人の世の諸行無常というものに日常的に接する職業なのです。

一見したところ華やかな業界だと思われがちですが、マイナスの状態に陥った案件を手仕舞う作業は辛いものです。ゼロイチ起業に挫折した社長たちの表情は忘れられません。

それでも、私たちの投資がなければ、成功に至ることができなかった会社は多数あります。そうした新しい成功企業が世の中に羽ばたいていくことを励みに仕事を続けてきました。

私は本心では、強い思いを持ってゼロイチ起業にチャレンジし、新しい事業を生み出そうとする人がどんどん出てきて欲しいと思っています。ベンチャーキャピタルから資金調達し、投資して、さらなる挑戦をして欲しいと願っています。

ただし、ゼロイチ起業には「向き不向き」があります。その能力や準備がない人に、無謀な挑戦をして欲しくはありません。できることなら、すべての人にその能力に見合った舞台で成功し、活躍して欲しいというのが本心です。

くり返しますが、ゼロイチ起業に成功できるのは選ばれた一握りの人だけです。最近でこそ「連続起業家」(シリアルアントレプレナー:新しい会社を次々立ち上げる起業家)という人が出てきましたが、ほとんどの人が起業の初心者。成功でも、失敗でも、起業経験のある人は限られます。まして、「起業して事業を軌道に乗せたのち、売却したことがある」とか、「会社を起業したがうまくいかずに清算した経験がある。そして再び起業にチャレンジする」という連続起業家は、かなり少ないでしょう。

何もないところから新しい事業を生み出し、成長させていくというプロセスは、たとえ30年間会社勤めをして幾多の経験があるというような人でも、初めての体験の連続です。思いもよらない困難が次々と襲いかかります。生半可な経験や体力や知性や人間力や勤勉さでは、とても太刀打ちできません。

堀江貴文というゼロイチ起業家

ゼロイチ起業家で思いつくのは、なんといっても堀江貴文さんです。

堀江さんが大学時代の1996年に起業した、ライブドアの前身であるオン・ザ・エッヂは、当時では最先端のウェブシステム開発を行っていました。日本初のウェブクレジットカード決済のシステム実装や、100万人規模という世界トップレベルのウェブエンターテインメントシステムの実装を行うなど、その技術力の高さで収益を上げ、それをもとにポータルサイトの買収や数々の自社事業を立ち上げ、2000年に上場。その後、事業規模を急速に拡大していきました。

2004年に大阪近鉄バファローズを買収しようとしたり、2005年にはフジテレビジョン(以下フジテレビ)の親会社だったニッポン放送を買収しようとしたりするなど、“仰天ニュース”で次々と世間を賑わせ、その舌鋒の鋭さと強烈なキャラクターで賛否両論を巻き起こしながら、人気者、時代の寵児になっていきました。

■「もう10年社長をやっているんですよ」

そんな飛ぶ鳥を落とす勢いだった堀江さんの報道の中で、私には忘れられないシーンがあります。ライブドアがニッポン放送の株を買い集めて筆頭株主になり、フジテレビの経営権を握ろうとしていたときのことです。

あるテレビ討論会に、経営コンサルタントとして当時、大前研一さんと並んで有名だったドリームインキュベータの堀紘一さんと堀江さんが参加していました。堀さんは堀江さんに対してとても批判的で、「君みたいな若いやつが、フジテレビの経営なんてできるか」といったことを吐き捨てるように言いました。

当時、堀江さんは30歳そこそこの若者です。そのときの私には、堀さんの言っていることが正論に聞こえました。それに対して堀江さんは、なんと、

「できますよ。何を言ってるんですか。僕はもう10年、社長をやっているんですよ」

と言い返したのです。

ベンチャーキャピタルに入社する直前の私には、堀江さんの言っていることがピンと来ませんでした。「この人、何を言っているんだろう。自分で作ったネット企業の社長を10年やったぐらいで、大企業の社長が務まるわけがない」と、当時は単純に思ったものです。

でも、今ならその意味がわかります。堀江さんは、起業した会社のオーナー社長として、ゼロからイチへ、イチから10へと事業を成長させ、そして当時まさに10から100へと成長させている最中でした。堀江さんはああいう性格なので苦労を口にすることなどありませんが、余人には計り知れない困難があったと思います。そのプロセスにおいて、堀江さんはマネジメントで経験することのほぼすべてを体験していたのです。

経営者としてそれほどの経験値を持つ人は、もちろん当時のフジテレビの中には1人もいなかったでしょうし、現在でも、世の中を見渡しても数えるほどしかいないでしょう。

当時フジテレビ会長だった日枝久さんにしても、初めから規模100の組織に入って昇格したサラリーマンです。優秀な人材ばかりのフジテレビの中で成果を出し、上司に認められ、昇格し、会長に上り詰めました。それはそれですごいことですが、堀江さんのゼロイチ起業家、経営者としての経験とは根本から次元が異なるのです。

おそらく、ご自身もオーナー社長として独立し、ベンチャーのコンサルをしていた堀さんはそのことをわかっていたはずです。ただ、ボストンコンサルティングで大企業のコンサルをしてきた経験豊富な堀さんには、古い体質の大企業を経営する難しさがわかっていて、堀江さんに対し「組織論が違う」ということを言ったのかもしれません。

その1年後、堀江さんは証券取引法違反容疑で逮捕され、実刑判決を受けて収監されることになりました。

堀江さんは、今でも精力的にさまざまな事業を創り出しながら、事業家として活躍されています。歴史にifはありませんが、もし堀江さんがフジテレビを率いていたとしたら、その後のフジテレビはどうなったでしょうか。ネット世界の拡張、また、昨今のフジテレビの視聴率の低迷を見るにつけ、堀江さんが経営するテレビ会社の姿を見てみたかったと思えてなりません。

孫正義でさえ起業は得意ではない

起業家・事業家という観点では、稀代の経営者で、日本一の富豪としても知られるソフトバンクの孫正義さんも気になるところです。孫さんは、いったいどのような人だといえるでしょうか。起業家としても優れているのでしょうか。

じつは今、ソフトバンクが主力としている事業で、孫さんが自分でゼロから起こしたものはごく限られます。彼は、若いころは自動翻訳機を発明したり、コンピュータの卸売事業などを立ち上げましたが、あるころから、ベンチャー企業に出資したり、買収したりするなど既存のビジネスに投資する方向にシフトし、事業を経営して成長させることで巨万の富を得てきたのです。

孫さんは堀江さんとは少しスタンスが違います。スタートアップの会社を買収するか、ジョイントベンチャーでお金を出し合いながら事業を作り、1−10ないしは10−100にしていく経営が大得意だといえます。純粋な起業家ではなく、純粋な投資家でもない。投資と事業の両方に長けているのが、孫さんの成功の秘密です。

そんな孫さんの投資スタイルは、目をつけた業界の会社をごっそりと買うというものです。

伝説的に語り継がれているのは、1990年代、「これからはインターネットの時代だ」と考えた孫さんが、アメリカのコンピュータの展示会そのものを買収し、またコンピュータ雑誌の出版社を買収したことでしょう。当時は誰もその価値を正確に認識していませんでしたが、今風にいえば、まず情報のプラットフォームをごっそり買って、そこからヤフーをはじめとした有望なベンチャーを見つけ、投資していったと捉えることができます。孫さんはあの当時から、こうした事業スタイルを実現していたのです。

孫さんは、なにより「時代のキーワードを読む」ことに長けています。今の言葉でいえば、「バズワード」と言ってもいいかもしれません。当時は「インターネット」、今なら「フィンテック(FinTech)」「IoT(InternetofThings)」「AI(人工知能)」などでしょう。

まったく誰も予想していない未来を読むわけではありませんし、超シードテクノロジー(シードとは「種」を意味し、シードテクノロジーとは、ビジネスになるかどうかがわからないが、将来に大きなビジネスを生む可能性のある技術のこと)を発掘するわけでもありません。「これから確実に来るであろう」と考えられる、時代のキーワードに当てはまる領域を選んで広く投資をするのです。10年単位で動く経済や社会の大きな動き、すなわちマクロ経済を見ているといえるでしょう。

マクロで成長する業界に投資をすれば、仮に10社のうち半分がなくなっても、数社が何十倍何百倍に成長することで、大きな利益をもたらしてくれます。そう考えると、孫さんは起業家ではなく、究極のベンチャーキャピタリストに近い存在なのです。

ここでいいたいのは、あの孫正義さんでさえ、ゼロイチで成功するのは難しいと考えているし、ゼロイチで絶対に成功する企業を見抜くこともできない、という事実です。孫さんも自分でそれがわかっているから、広く浅くポートフォリオ(資産の組み合わせ)を分散して投資するようにしていると私は考えます。つまり、その事業が成功するのかどうか、事業の最先端にいる孫さんですら確たるものがつかみにくいのですから、普通の人に簡単にわかるはずがありません。

■日本に起業家が少ない理由

起業は、一度経験すれば、成功しようと失敗しようとものすごい経営スキルが身につきます。2回、3回と繰り返せば、どんどん強い経営者になります。

世界には一度成功を収めたのち、その会社を手放してまた新たな事業を始める「連続起業家(シリアルアントレプレナー)」がたくさんいますが、日本にはあまりいません。たいていは自分の作った会社に居続けるか、売却して富を得たら投資家になったり、隠居したりしてしまいます。

また、一度起業に失敗し、そこから立ち直って再び起業に挑む人も、世界にはたくさんいますが、日本ではレアケースです。世界では起業がうまくいかず倒産させた人は、経験者としてポジティブにみなされますが、日本では非常にネガティブに考えられます。蜘蛛の子を散らすように周囲から人が去っていき、冷たい目で見られます。

たくさんの失敗経験をもとにした2回目の起業は、成功の可能性がぐっと上がるはずなのですが、日本では、再起をしようにもその業界では相手にされません。銀行も融資をしてくれません。周りの環境が起業のハードルを相当上げてしまっているのです。

いずれにせよ、起業家として成功するためには、どんな苦難があってもへこたれない強靭な(ぶっ飛んだ)精神力や強烈な運も持っていなければいけません。ゼロイチ起業家になり、成功するのは、このようにとてつもなく困難なことなのです。

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三戸政和(みと・まさかず)
株式会社日本創生投資代表取締役CEO。1978年兵庫県生まれ。同志社大学卒業後、2005年ソフトバンク・インベストメント(現SBIインベストメント)入社。ベンチャーキャピタリストとして日本やシンガポール、インドのファンドを担当し、ベンチャー投資や投資先にてM&A戦略、株式公開支援などを行う。2011年兵庫県議会議員に当選し、行政改革を推進。2014年地元の加古川市長選挙に出馬するも落選。2016年日本創生投資を投資予算30億円で創設し、中小企業に対する事業再生・事業承継に関するバイアウト投資を行っている。また、事業再生支援を行う株式会社中小事業活性の代表取締役副社長を務め、コンサルティング業務も行っている。

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(株式会社日本創生投資代表取締役CEO 三戸 政和 写真=時事通信フォト)