ミッシングワーカー

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6月2日放送のNHKスペシャルは、親の介護などで働くことを諦めた中高年の実態に迫り、大きな反響を呼んでいた。いま、40代、50代の働き盛りで長い間働けない「ミッシングワーカー」が急増している。仕事を探していないため「失業者」にカウントされず、労働市場から"消えた"状態になっているという。

ミッシングワーカーとは、アメリカの労働経済学の専門家が提唱した概念だ。リーマンショック後、跳ね上がった失業率が徐々に下がってきたのに景気がなかなか回復しないため、原因を調査すると、働いていないにも関わらず求職活動もしていない多くの人の存在が明らかになった。

日本でも、NHKが研究者とともに試算したところ、「失業者」の72万人を大きく上回り、103万人にも上ることが分かった。少子高齢化で生産人口が減少しているのに、働き盛りの中高年にも働けない人が多い、という深刻な事態になっているのだ。(文:okei)

月収40万円が最低賃金の短期仕事に……「だんだん人生がしぼんでいく」

その実態はじつに悲惨な困窮状態だった。多くの人が、親の介護のため30代・40代の働き盛りで仕事を辞め、長い間社会との接点がなく、働く自信がなくなっていた。

介護生活を続けながら親の年金をたよりに暮らす人や、親の死後7年も働けず、親の貯金を切り崩してギリギリの生活をする人も。痩せて顔色が悪い57歳の男性は、わずかな野菜炒めに味付けをしない。おいしい味に慣れてしまうと外食したくなるからだという。父が可愛がっていたオカメインコの世話をするのが唯一の生きがいだったが、冬の寒い朝、オカメインコは突然死んでいた。

長い間非正規雇用を転々としてきた53歳の女性は、北海道の限界集落で一人暮らしをする93歳の父が悩みの種だった。父は自分のことが自分でできなくなっているのに、施設に入ることをガンとして拒む。「死ぬまでここにいる。お墓まで作ってるんだから」と譲らない。

娘は3か月に1度北海道へ帰り、買い出しや身の回りの世話をする。仕事をあきらめて父の年金を頼りに同居するか、このまま期限つき雇用を繰り返しながら働き続けるか悩むが、どちらを選んでも希望が見えない状況だ。留学経験があり一時は月収40万円を稼いでいたが、いまは最低賃金の短期仕事しかできない。

「だんだん人生がしぼんでいっちゃうだけなのかなあ」
「光が見えないっていうのかな。途方に暮れていて、暗い海の中を漂っている浮きのような。何も助けがないような」

と語った女性の言葉に、ネット上で共感した人は多かった。明日は我が身なのだ。

働き方改革よりまず福祉の見直しをしなければ

番組でとりあげられたのはいずれも「独身」の中高年だ。だから結婚しておいたほうがよかったのにとつい言ってしまいそうになるが、問題なのは個人の生き方ではなく、社会制度の不備や、雇用の問題だろう。

背景には、800万人にものぼる非正規雇用の問題がある。収入が安定せず、些細なことで働けなくなるリスクを抱えているのだ。

番組に登場したのは、かつては大卒で正社員として働いていたり、海外留学の経験もあった人たちだ。しかし介護や体調不良で一度仕事を辞めると、最低賃金の非正規雇用しか仕事がない状態になる。何度も短期雇用を繰り返すうち、働くことを諦めてしまうのだという。

これは誰にでも起こり得ることで、視聴者からはネット上で「悲壮感が凄すぎて見てて辛い」「これが日本の現状。働き方改革よりまず福祉の見直しをしなければ高齢社会の基盤が崩壊する」など沈痛な感想や危機感を語る声が、多く上がっていた。

非常に重苦しい内容ではあったが、同時にこれまで見て見ぬふりを続けてきた問題でもある。自己責任などと個人の問題にしないためにも、こんなにも多くの人たちが苦しんでいる状況をまず知ることが重要だ。