横浜市では過去に埋設した水道管が次々に耐用期限を迎えるているが、更新工事が追いついていない(記者撮影)

5月中旬、横浜市の閑静な住宅街で、古い水道管の更新工事が行われていた。細い路地に重機が入り、アスファルトを剥がして地面を1メートルほど掘り返している。

現場監督は「1年の工期中に約1.4キロメートルの水道管を取り替えていく」と話す。

水道管の更新に80〜90年?

水道管の法定耐用年数は40年。老朽化する水道管を放置すれば、漏水や断水、赤さびなどの原因となる。高度経済成長時代に水道が普及した横浜市では、水道管の総延長約9200キロメートルに対し、更新時期を迎えた水道管が約2400キロメートルに達している。

だが、水道管の更新はなかなか進まない。水道局の予算約850億円に対し、水道管の取り替え費用は約200億円に達するが、それでも更新できるのは「市内全体で年間110キロメートル」(横浜市水道局の木村正紀氏)にすぎない。単純計算で、全域の更新には80〜90年かかる計算だ。

こうした状況を受けて、5月に横浜市が開催した「水道料金等在り方審議会」では、委員か事業の将来性を危ぶむ声が上がった。「今後、経営危機は加速度的に増していく」(委員)状況をふまえ、料金体系の抜本的な改定などが議論されたものの、活路は見いだせていない。

横浜市は維持更新費負担のため、この30年で2度の料金値上げに踏み切ったが、節水機器の普及などで料金収入の減少に歯止めがかからない。水道料金(約20立方メートルで2750円)の半分以上が維持更新費や設備投資の借入金の返済に消えているのが現状だ。

水道インフラの老朽化にあえぐのは横浜市だけではない。日本水道協会によれば、耐用年数を超えた水道管の割合は2015年に13.6%と、10年間で倍以上に増加した。他方で、全国の料金収入の合計は2015年時点で約2.6兆円と、10年間で2000億円以上も減少した。料金収入だけでは水の供給原価を賄えない自治体も多く、一般会計からの繰り入れで赤字を補塡している。


そこで、上水道を所管する厚生労働省が打ち出しているのが、水道事業の運営権を民間に売却する「コンセッション方式」の導入だ。

水道事業は公共性が高いため、これまで自治体が経営の中心となり、民間企業はポンプ場の運営や検針、料金徴収といった一部の業務を受託するにとどまっていた。

一方、コンセッションでは民間企業が水道事業の企画から実施まで一貫して行う。民間のノウハウを使い、運営を効率化する狙いがある。

水道料金は地域ごとの差が大きい

実は、水道料金は地域によって10倍近い差がある。豊かな水源や水利権を抱えていたり、効率的な送配水ができる自治体は安価に水を提供できる一方、維持・更新費がかさんだり、 水利権を持たず広域企業団(複数の自治体が設立した公営企業)から水を購入している自治体は、料金が高くなる。


(注)口径13ミリメートル、10立方メートルあたりの水道料金 (出所)総務省「2016年度地方公営企業年鑑」より東洋経済作成

上水道は手続きが煩雑で、これまでにコンセッションの導入実績がない。厚労省は昨年、今年と手続きを緩和する水道法改正案を国会に提出。コンセッション導入の道を開こうとしている。

コンセッションはすでに仙台空港や愛知県の有料道路といった一部の公共施設で採用されている。前者は東京急行電鉄、後者は前田建設工業が中心となって運営。いずれも利用者数は堅調に推移し、公営時代よりも収益を上げている。

民間企業も水道事業のコンセッションに熱い視線を送る。水道インフラ最大手の水ing(スイング)は、2012年に広島県企業局との共同出資で「水みらい広島」を設立。県と民間の合弁会社として県内3地域で水道の供給を請け負い、収支は4年連続で黒字を達成した。

「自治体は設備の老朽化度合いやスペックにかかわらず、規定どおりの調達をするためコストがかかる。民間なら予算や調達で柔軟な対応ができる」(水ingの倉持秀夫・総合水事業本部長)。今後はコンセッションも視野に入れるという。

今年4月に浜松市の下水処理施設の運営を仏水道会社の大手ヴェオリアらと受託した中堅ゼネコンの東急建設も「土木工事で培った技術を水道の維持・更新に生かしたい」とコンセッションへの関心を示す。

コンセッション参入を計画しているある事業者はこう打ち明ける。「日本の漏水率(浄水場から給水管までの間で漏れた水の比率)は5%と世界屈指の低さで多額の維持費がかかっている。漏水率が10〜20%になっても、結果的に維持費が浮くなら事業として十分に成り立つはず」。民間運営ならば、水道料金の値上げもしやすくなる。


財政難の自治体から水道運営を切り離し、民間の創意工夫で現状の水道インフラを維持する──。関係者はバラ色のシナリオを描くが、現実は甘くない。

コンセッションによって空港や道路の運営が収益を上げられるのは、サービス向上により利用客数や客単価が増加したため。人口減少や節水の普及で料金収入が減る水道では品質を上げても収益が増える見込みは立たない。

水道事業に詳しい東京大学大学院工学系研究科の滝沢智教授は「水道事業は、サービスに見合った対価を支払える利用者のみを対象にできる空港や有料道路とは異なる」と指摘する。

海外では多くの地域で水道事業の民間開放が行われたものの、収支計画が狂い頓挫した例も少なくない。

たとえば、米アトランタ市では1999年に民間企業が水道事業の運営を開始したものの、施設の老朽化が想定以上に激しく維持費がかさんだ。初年度にいきなり赤字を計上し、人員削減と水質悪化という悪循環に陥り、2003年に水道事業は再び公営へと戻された経緯がある。

ある水道事業者は「コンセッションを導入しても、料金収入だけではとても維持費を負担できない。水道管の更新は引き続き自治体が行うなら、収支が成り立つ」と話す。

魔法の杖は存在しない

民営化に対する住民側の合意形成もハードルになる。水道法改正を見込んで、2016年に奈良市が、2017年に大阪市がそれぞれ上水道へのコンセッションの導入を提案。だが、議会側は料金値上げや水質低下を警戒し、奈良は反対多数で否決、大阪は廃案となった。

とはいえ、公営のままでも将来的に料金値上げやサービスの低下は避けられない。日本政策投資銀行は、水道事業の継続には2046年度までに約6割の自治体で値上げが必要で、その金額は全国平均で2014年度の1.6倍にも上ると試算している。


当記事は「週刊東洋経済」6月9日号 <6月4日発売>の転載記事に一部加筆したものです

滝沢教授は「コンセッションという言葉に踊らされている。官か民かではなく、どこまでコストを許容するかの議論が必要だ」と警鐘を鳴らす。

民営になれば状況が好転するというのは、いささか楽観的に過ぎるだろう。民間の“創意工夫”は決して魔法の杖ではない。日本全国を網羅する安心・安全でおいしい水をどう守っていくか。いま一度考え直す時期に来ている。