昔話・はた織り姫の“たたり”は、仕事を邪魔された女の怒り

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【日本のヤバい女の子 ケース2:鬼怒沼の機織姫】

「キレると分別なく物を投げてくる」「ケンカをしていると包丁を持ち出す」。困った彼女や妻をそうやって男性は軽蔑する。「女って感情のコントロールが下手だよなぁ」と。しかし、男性はどうして女性がそこまで怒っているのか、本当に考えているのだろうか。

 それは今も昔も一緒。そんなことを教えてくれるのが、かえりみられなかった昔話の女たちの本心を蘇らせて「成仏」させる昔話女子エッセイ『日本のヤバい女の子』(はらだ有彩著/柏書房)。

 前回に続き、今回は「鬼怒沼の機織姫(きぬぬまのはたおりひめ)」のケースを現代に置き換えたらどうなるのか考えたい。

※以下、『日本のヤバい女の子』より一部を抜粋し、著者の許可のもと再構成したもの。

◆「鬼怒沼の機織姫」のあらすじ
 栃木県・川俣に住む弥十という若者が山道を一人で歩いていた。いつのまにか道を見失い、花が咲き乱れる沼地に迷いこんだ。見覚えのない場所だったが、弥十にはここが鬼怒沼であることがすぐにわかった。

「川俣には、鬼怒沼という美しい天空の沼がある。沼のほとりでは美しい天女様が一人で機を織っている。天女様の機織りを邪魔すると恐ろしい祟りがある」

 子どもの頃からそう聞かされて育ってきたのだ。しかし、良い陽気である。ぽかぽかと暖かく、花の匂いが広がる。弥十はいつしかうとうと眠りこんでしまった。

……からり、とん、からり。

 何か、物音がする。目を覚まし周囲をうかがうと、弥十が眠っていた岩のすぐそばで誰かが機を織っていた。とっさに身を隠す。まちがいなく天女様だ。鬼怒沼の機織姫だ。なんて美しく、幸せそうな横顔だろう! おさえようのない気持ちが弥十の中に沸きあがる。……いけない。恐ろしい祟りに遭うぞ。自分にそう言い聞かせるが体が言うことをきかない。ふらふらと立ち上がる。緊張で唇が乾く。舐めても舐めてもかさついてしょうがない。

「て、天女様」

 気づくと、少女の腕を掴んでいた。にわかにあたりが静かになる。からり、とん、という機の音がやみ、少女は動きをとめていた。弥十のまなざしは腕から肩を伝い、着物に透ける乳房を辿る。乳房の上の白い首を。首の上の、美しい顔を――。

 その顔は怒りに満ち満ちていた。次の瞬間、弥十はもの凄い力で投げ飛ばされていた。人間の腕力ではない。ようやく我に返り必死で走りだしたが、もう遅かった。逃げ惑う弥十に向かって少女が機織り機の杼(ひ)を投げつけた。顔面にもろに食らい、倒れこむ。額から赤い血が噴き出る。機織姫の姿は消え失せていた。

◆「女」であることで仕事を邪魔される怒り
 機織姫、かなりバチギレである。彼女の怒りを現代に置き換えると、次のようになるだろうか。

 機織姫は一心不乱に働いていた。そこへ突然よく知らない人間がやってくる。ろくに話したこともない人間は物陰からじろじろと視線を送り、ぶしつけに体を触る。腕を掴まれたら作業ができないではないか! これが反物屋さんや機械のメンテナンスに来た人であれば話は違うが、よく知らない人物は「天女様」「きれいだ」とか言った。機織姫に向けられたのは、仕事とも人生とも精神とも全く関係ない、容姿やたたずまいへの興味だった。

 思い当たるふしがないでもない、という人がいるかもしれない。仕事の内容と関係のないコメントに遭遇すること。不当に邪魔されたり疎外されたりすること。毎日の暮らしの中でこういうことにエンカウントするのはとつぜん交通事故に遭うようなものだ。

 機織姫は杼をぶん投げて邪魔者を払いのけた。杼とは緯糸を収めた、棒状の小さな道具だ。彼女は仕事を邪魔されたとき、仕事の道具で反撃した。彼女にとって機を織るという仕事は誇りであり、武器だったのではないかと私は思う。