イヨマンテリムセは、儀式に参加した人全員で最後に踊るもの

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アイヌの儀式では欠かすことのできない踊り。多くの場合、踊り手自身も楽しみ、カムイ(人知の及ばぬ神のような存在)にも喜んでもらうために披露されます。内容は鶴や木など動植物の動きを見事に模したものから魔払いのためのものまでさまざまで地域によって違いもあります。男性の踊りには刀を使ったものも。ただし勇猛さを表現しているわけではなく、独特の価値観が反映されていました。

自分のほうに刃を向けて踊るイヨマンテリムセ

刀は、美しさなど、刃物としてではないところに価値を置きコレクションをしている人もいますが、アイヌの踊りでは場を盛り上げるための道具としての役割を担っています。

イヨマンテ(動物の霊送り)の儀式で舞われるイヨマンテリムセは男女が輪になって踊るもの。中盤になると男性が刀をかざし手首を返すたびに「カチャッカチャッ」と音を立ててリズムを取ります。でも時代劇で見る刀は音が鳴ったりはしませんよね? アイヌ民族博物館の学芸員、竹内隼人さんによると「アイヌの踊りでは、音を出すために刀の鍔(つば)をあえてゆるくつけているんです」。

刃の向きにも注目。なんと自分のほうに向けて踊っています。「カムイは血を嫌うとされています。そのため、刃を自分に向け闘う意思がないことを表しています」。つまり刀は人や動物と戦うためのものではなく、音を出し、場を盛り上げるためのものとして用いられました。

刀を使う踊りはほかにもあります。その名も刀の踊りという意味の「エムシリムセ」です。男性二人で踊ります。

あれれ、でもこちらでは刃を相手に向けてしまっていますが…。「そうなんです。イヨマンテリムセがカムイに喜んでもらうための踊りだったのに対して、エムシリムセは魔払い、悪いものを追い払うための踊りであるため、刃を外側に向けています」。ちなみに錆びている刀のほうが強い霊力を持っているとされています。

基本的にカムイに喜んでもらうための踊りでは刃を自分の方に向け、魔払いのための踊りでは、相手を追い出すのが目的なので刃を相手に向けているというわけですね。ちなみに、実際に切れ味を必要とすることがなかったため、刃すらついていない刀も多かったそう。実用の刃物としては小刀のマキリや山刀のタシロを使っていました。血を嫌うカムイ、そして本州との交易で手に入れた大事な舶来品という来歴。それらが融合して誕生した刀を使った踊り。ぜひ刃の向きに注目しながら鑑賞してみてください。

※イヨマンテリムセの「ム」、エムシリムセの「シ」と「ム」はアイヌ語表記では小文字となります。(北海道ウォーカー・市村雅代)