あなたは、「夫から愛されている」と断言できますか?

結婚3年目。少しずつ、少しずつ「マンネリ」に陥ってしまったとある夫婦。

熱烈に愛されて結婚した筈なのに、幸せになるために選んだ夫なのに…。

狂い始めた2人の歯車は、果たして元通りになるのだろうか。

これは、東京の至る所に転がっている、

「いつまでもいつまでも、幸せに暮らしました。」の後のストーリーです。

夫の愛情を取り戻そうと奔走する専業主婦の真希。日舞のお稽古で出会った魅力的な人物に思わぬ刺激を受け夫に本音をぶつけるが、話し合いの結果、さらに溝が深まってしまう。




美智子の見解


真希のことを人に説明するとき、私はついつい“箱入り娘”という言葉を使ってしまう。

もう30歳の人妻を捕まえて”箱入り娘”というのもおかしな話だが、彼女の醸し出すおっとりとした世間知らずな雰囲気を思い出すと、やはり”奥さん”というよりは”娘さん”と表現した方がしっくりくる気がするのだ。

真希とは、知人から紹介されて始めた日舞の師匠のお稽古場で知り合った。

松濤の高級住宅街の一角に集まる女達の中でも一際若いのに、50代の我の強い女達の和の中にいても不思議と浮き立つことなく溶け込んでいた。

私も会社を経営しているということで珍しがられたのか気に入られ、久々に復帰した日舞の世界は意外にも楽しいものだったのだ。

年齢は10歳以上も下だが、家事さえきちんとこなしていればいつでも時間を自由に使える真希と、仕事の時間に融通が効く私が稽古の後にお茶やランチをするようになるのに、そう時間はかからなかった。

「真希ちゃんは、いつまでたってもお嬢さん時代のままだわ」

稽古場に通う女達は、何かにつけて真希をそう評した。たしかに真希と話していると、家庭を持つ女の苦労みたいなものが一切感じられない。

親から庇護され、自分の世界だけに没頭できる学生と会話しているような気分になる。

ただ、今思うと、真希はずっと悩んでいたのではないかと思うのだ。

あの日、いつものようにお稽古の後にランチに出かけた先で彼女がポツリと語り始めたご主人についての悩みは、私の離婚前の生活をはっきりと思い出させた。


悲惨なセレブ妻の状況に、人生の辛酸をなめ尽くした女の反応は...?


女性起業家が見抜いた、真希の異変


離婚を機に起業して12年、私の会社の業績は比較的安定している。

たった5人しか社員のいない小さな化粧品会社だが、人に任せることを厭わなくなると、途端に自分の時間が持てるようになった。

それに当時4歳だった息子は既に16歳で、成績が優秀とは言えはないが、学校から呼び出される様なことがないだけ有り難いと思っている。

ふと時間ができた今、がむしゃらに突き進んできた12年間を振り返ると、本当に無我夢中だった。

自分の親の手助けももちろんあったが、女手一つで会社を経営しながら子供を育てる大変さは、並大抵ではなかった。

ここまでやってきた自分の人生を振り返ってみても、後悔はしていない。

だがー。

真希と話していて垣間見える彼女の生活は、まるで離婚前の自分と同じようで、私はあの頃の自分を思い出して少し苦しくなる。

あの日、どうしても肉が食べたくなった私は真希を『六本木うかい亭』のランチに誘った。




同じように仕事を持つ友人達とは、急にランチに誘っても都合を合わせるのは難しい。

その点真希は、誘えばいつでも喜んでランチに付き合ってくれ、1人では訪れにくい場所に行く時は自然と彼女にばかり声をかけるようになっていた。

「…お肉食べると、元気になりますよね」

いつも控えめでどちらかといえば聞き役の真希だが、この日はいつも以上に口数が少なく、どこか上の空だった。

こういう時の女というのは、聞いて欲しくて堪らない愚痴があるのではない。言いたくても言えない、24時間、自分の意識から消えない深い悩みを抱えている時だ。

私はさり気無く真希にワインを勧める。コースも中盤に差し掛かる頃になって、真希はようやく本音を漏らし始めた。

「その…。ここ数日、彼が帰ってこないんです」

働き盛りの多忙な夫が、数日家に帰らないというのは、ごくありふれた悩みだ。浮気の心配でもしているのだろうか。こちらもよくある悩みではあるけれど。

「出張とか、そういうのではなくて…喧嘩をしてしまって。怒って出て行ってから、もう3日になります」

これは少し腰を据えて聞かなくてはならない話かもしれないと見当をつけ、私は真希にしっかり向きあった。

そして、あまりにも信じられないセレブ妻の発言に、思わず冷静さを失ってしまう。


真希の仰天発言に、美智子は憤りを隠せなくなる...!?


世間知らずな妻へのアドバイスとは?


「私、夫に酷いこと言ってしまったんです」

目の前で音を立てて焼かれる分厚い田村牛のステーキを見つめながら、真希は心底後悔しているといった様子で語り始めた。

なんでも、喧嘩中あまりにも腹が立って「夫と結婚する前よりもお金に不自由になった」と告げてしまったという。

「ちょっと真希ちゃん!」

私はステーキの焼ける音があるのをいいことに、つい大きな声を出してしまった。




「一生懸命あなたの生活を支えてくれている人に、一番言っちゃいけないことを言うなんて」

自分の女手一つの苦労。初めて父親不在で息子の運動会に出た時のこと、将来の不安と一人向き合って涙を流したことまでを思い出してしまい、仮にも姉弟子である真希に対しやや高圧的な物言いになってしまう。

真希は、今にも泣き出しそうな顔をしている。ひどく反省しているらしい。

さらに話を聞くと、結婚3年目で相手の愛情が見えなくなってきたところに、自分の育ってきたレベルの生活ができないという小さな不満が重なり、本人の中では限界だと思ってしまったようだ。

「そんなの普通でしょう」

私は少し冷静さを取り戻し、まるで子供をなだめるように真希を諭し始めた。

この世には、結婚することによって生活レベルが下がってしまう不運な女もたしかに存在する。

たとえばそこそこ恵まれた中流家庭のお嬢さんが、目先の愛に眩んで稼ぎの少ない夫の元へ嫁いでしまう。仲が良い時はいいが、悪くなるとパートに出なくてはならなくなった妻がお金のことで不満を漏らし、喧嘩が絶えなくなるのだ。

だが真希の場合、いくら生活レベルが下がったと言っても、まさかお金に困っているようには見えない。

若手経営者の夫が細かく金の使い方を咎めてくる、というエピソードには同情できなくもないが、それでも広々とした豪華なタワーマンションで生活の心配をせず専業主婦として過ごせる真希のことを、羨望や嫉妬の眼差しで見る人だっているだろう。

「そんな...私を羨ましいと思っている人達がいるなんて、考えてもみませんでした…。でも、私に愛情のない夫のことは、どう思いますか」

真希は、ここだけは譲れない、といった固い表情を見せる。

朝の挨拶もしない、食事に感謝もしない、会話もほぼない夫婦関係が寂しいという気持ちは否定できないでしょう、と顔に書いてあるようだった。

「だからといって真希ちゃん、本気で彼と離婚したいの?離婚して全てが解決すると思っていたら、それは大きな間違いよ」

私は、自分が真希のように専業主婦として息子を育てていた時期のことを思い出す。

当時の夫や息子のために、自分の時間を削り尽くす毎日。

息子からはかけた分の愛情だけ成長や笑顔といった極上のご褒美が返ってきたが、元夫から感謝の気持ちを感じたことはついになかった。

あげく、自分が必死に家を守り幼子を育てている間に、会社の部下と不倫。

それまで家計だけは潤っていたが、その部下に入れ込み私達に渡す生活費を惜しむようになった時に、それならば自分が一人で働いた方が良いと離婚を決意した。

だが、離婚は万能の解決策ではない。

夫発生の煩わしい不満からは解放されるが、同時に人生には新たな悩みがいくつもやってくるのだ。

必死に尽くして報われない気持ちは、痛いほどわかる。

だが、そこで感情を上手く切り替え、日々を機嫌良く過ごそうとする要領の良い女達だって沢山いるではないか。

なのに目の前でうつむく真希ときたら、どうしてこんなにも不器用なのか、と私は苛立ちを覚える。

まるで子供のように夫の愛を求め続け、自ら不幸になっていくようにしか見えない真希と過去の自分を少しだけ重ねながら、もどかしい思いでワインを飲み干した。

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