富士フイルムのインスタントカメラ「チェキ」の最新商品「instax SQUARE SQ6」。富士フイルムのウェブサイトより。

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アナログのインスタントカメラ「チェキ」が大復活している。10年ほど前まで販売台数は10万台程度だったが、直近では年間500万台まで伸張している。それはなぜか。立命館大学の吉田満梨准教授は「再ヒットを読み解くポイントは『オーセンティシティ』(真正性、本物感)にある」という――。

※本稿は、栗木契、横田浩一編著『デジタル・ワークシフト』(産学社)の一部を再編集したものです。

■販売台数はピークの10分の1まで落ち込んだ

富士フイルムホールディングスは、2017年3月期、9期ぶりに連結営業最高益を更新した。好業績を支える事業のひとつが、カメラなどのイメージング事業であり、特にデジタルカメラ全盛のなか、同社のインスタントカメラ「チェキ」の国内外における販売が、ここ数年で大きく伸びていることに注目が集まっている(編注:5月18日に発表された2018年3月期決算で連結営業利益は1306億円と前年比24%の減益となったものの、イメージング事業の営業利益は52%増の560億円と好調を維持している)。

チェキは、富士写真フイルムが1998年11月に発売し、大ヒットしたインスタントカメラ「instax mini」の愛称である。1990年代のなかば、国内のインスタントカメラ市場は、写真シール印刷機「プリクラ」のブームのなか、写真をコミュニケーションツールとして活用する女子高生などの新たなユーザーの登場によって、1994年から1997年までに2倍近くまで拡大していた。しかし当時のインスタントカメラは、本体が大きく重いため、携帯しにくい、フィルムが高価で気軽に撮影できない、といったユーザーの不満があった。

これに対してチェキは、本体を従来品よりも重量約半分(335グラム)と軽くし、フィルムの価格を従来品の約3分の1に抑えることで、こうした問題を解消した新商品だった。10枚入り1パックで700円、2パックで1250円の専用フィルムは、世界で初めて86mm×54mmのカードサイズに小型化することでコストを下げ、また本体の小型化も可能にした。カードサイズの写真は、定期入れや市販のカードファイルに入れることができ、またISO800の高感度フィルムで画質も高かった。

チェキは、女子高生など若い女性への積極的なプロモーションの効果もあり、当初の年間出荷目標だった30万台を1999年7月下旬までに突破、供給が需要に追いつかないほどの人気を博した。その後も、より低価格、高機能の新機種を投入し、2002年には販売台数100万台を達成、中国など海外での販売も開始した。しかしその後、デジタルカメラが本格的に普及しはじめると、チェキのブームは下火となり、2004〜2006年の販売台数は年間10万〜12万台とピークの10分の1程度にまで落ち込んだ。

■再ヒットのきっかけは韓国のテレビドラマ

ところが2007年に、細々と輸出をつづけていた韓国での販売台数が微増し、2008年には中国でも伸びはじめた。きっかけは、韓国のテレビドラマのシーンでチェキが使用されたことだった。その後、中国の歌手のミュージックビデオのなかでも、恋人との思い出を振り返るシーンなどに使われて話題となった。

購買層の中心は10〜20代の女性であることが判明したため、主に写真店のみだった販路を雑貨店やコスメティックショップなどに拡大、「かわいい雑貨」としてのプロモーションを強化した結果、2010年には海外販売台数で前年比2倍を記録した。最初のブームが起こった2002年頃には1割に満たなかった海外販売比率は、2012年頃には韓国・中国での売上増により9割を超え、全体の販売台数も2012年3月期には127万台と以前のピークを上回った。そして韓国と中国での戦略を日本に逆輸入するかたちで、国内需要も再び活性化することに成功した。

2014年度の富士フイルムの計画では、デジカメの販売計画台数は前期比57%減の200万台に絞り込まれた一方で、インスタントカメラのチェキは、同30%増の300万台に設定され、その後350万台に引き上げられた。チェキと専用フィルムの販売は欧米でも大きく伸長しており、2015年度には年間のグローバル販売台数が500万台を突破し、イメージングソリューション部門の営業利益は、前年度比55.5%増の322億円となった。

■アナログ製品のリポジショニング

デジタル時代のなかにあった、“アナログ”なインスタントカメラが、再びヒットしている現象をどのように説明できるだろうか。注目したのは、チェキという製品の価値が時代のコンテクストの変化のなかで、うまく「リポジショニング」されていることである。

製品の価値は、「便益の束」としてとらえることができる。以前のインスタントカメラの中心的な便益が、デジタルカメラによってより高度に満たされるようになっても、それ以外の便益を見いだし、訴求することによって、インスタントカメラを再び成長期に向かわせることは不可能ではない。こうした価値の見いだし方は、「リポジショニング」と呼ばれる。

フィルムカメラしかなかった時代には、インスタントカメラの最大の特徴は、撮影現場で現像でき、すぐに写真を確認できる点にあった。しかし、デジタルカメラが登場すると、こうした機能は、液晶画面で画像をすぐに確認できるデジタルカメラによって置き換えられてしまった。

とはいえ、その場でデータではなく紙の写真を仲間と共有できる、余白にコメントを書き込めるといった特徴は、チェキならではのものとして残りつづけた。現在のチェキは、誕生日や結婚式などのパーティーやイベントで活用されているほか、富士フイルムの公式サイトでは、「余白に一言を書いてメッセージカードとして活用する」、「デコレーションしたチェキを本のしおりにする」、「しまってある靴の箱に、その中身を写したチェキを貼って整理」といった多様な用途を紹介している。

さらにチェキの再ヒットの要因としてしばしば指摘されるのが、フィルム写真ならではの風合いや、何度も撮り直しができないことなど、“アナログ”であるインスタントカメラの制約ともいえる特性が価値として評価された点である。現在のチェキの主要な購買層である10〜20代の若者にとっては、写真といえばデジカメやスマホの液晶画面で見ることが当たり前であり、簡単に共有やコピーができるものと考える世代である。

そうしたユーザーにとっては、「紙の写真をその場で手に取って見ることができる」「現像されるまで仕上がりがわからない」「焼き増しができない」といったインスタントカメラの特性が、たったひとつだけの写真という特別感をともなうものとして、新鮮に受け止められたことが、再ヒットを支えている。

同様に、デジタルの時代になってアナログであることの魅力が見直され、消費傾向にも影響を与えている市場は、他にも複数存在する。たとえば、(社)日本レコード協会によれば、2009年には10万2000枚にまで落ち込んだアナログレコードの生産数量は、2015年には66万2000枚にまで回復している。

また、パソコンやスマートフォンが普及し、手書きで文字を書く機会は減少しているにもかかわらず、筆記具の売上げは堅調に推移していることも、近い事象として見ることができる。パイロットコーポレーションが小学生から万年筆に慣れ親しんでもらおうと発売した、万年筆の新ブランド「カクノ」は、使いやすさと1050円という手ごろな価格が大人からも支持を集め、初年度の販売目標15万本に対して4倍以上の売れ行きを記録した。

■アナログだけが持つ唯一無二という価値

こうした製品の便利さや機能性に還元することのできない、「アナログ製品のよさ」とは、一体何なのだろうか。ひとつの手がかりとなるのが、財のオーセンティシティ(authenticity)が消費者の知覚に与える影響である。

オーセンティシティとは、「コピーではなく、オリジナルであること」や「正真正銘の本物であること」を指す概念であり、日本語では「真正性」や「本物感」とも訳される。

デジタル化された画像や文字のデータは、コストなく簡単に複製でき、共有できる点では便利である。だがその反面として、オーセンティシティには乏しくなる。これに対して、インスタントカメラで撮影した写真や、手書きの文字によるメッセージは、完全な複製は難しい、唯一無二のものである。デジタル技術の普及によって、逆にそうしたアナログな表現物のオーセンティシティが消費者に評価され、結果として価値を高めていると考えらえる。

とはいえ、コピーできないことや希少であることが、オーセンティシティに直結するわけではないことには注意が必要である。希少であってもオーセンティックでないもの、逆に、多くの人が使用している工業製品だがオーセンティックなもの、はいずれも存在している。

G.R.キャローラとD.R.ウィートンは 、ある対象に「オーセンティシティがある」、あるいはそれが「オーセンティックである」という場合には、少なくとも2つの異なる意味が存在していることを指摘している(Carrolla,Glenn R. and Dennis Ray Wheaton(2009)“The organizational construction of authenticity:An examination of contemporary food and dining in the U.S.,” Research in Organizational Behavior,Volume 29:255-282.)。

第1に、もし対象が、ある型式(あるいはジャンルやカテゴリ)に忠実である場合、それはオーセンティックである。伝統的なカウンターのみのスタイルで、昔ながらのレシピでお酒を提供するバーを「オーセンティックなバー」と呼んだり、本場の味に忠実なフランス料理を提供するレストランを「オーセンティックなフレンチ」と呼んだりするのは、こうした意味での用法である。

第2に、対象が道義的に偽りのない信念を反映していると考えられる場合にも、そこにはオーセンティシティが認められる。何かを提供する人や企業が、自らのこだわりや価値観に対して、偽りのない振る舞いをする場合に、それらが体現された提供物にはオーセンティシティがあるといえる。地元で栽培されたオーガニック野菜の使用にこだわるレストランや、生産効率を無視しても細部にこだわった製品デザインを採用する企業などは、いずれもオーセンティックと見なされる。

どちらの用法にも共通するのは、ある対象にオーセンティシティがあるか否かは、事実として客観的に判断できるようなものではなく、特定の社会的なコンテクストのなかで社会的に構築されるような問題だという点である。そしてオーセンティシティとは、時代や社会的なトレンドによって揺らぐことのない、その対象の「らしさ」や「こだわり」に関係するものであり、それは必ずしも顧客にとっての利便性や便益とは結びつかず、むしろ時にはトレンドや効率性に逆行する可能性すらある価値である。しかし、それらがオーセンティックなものとして顧客に知覚され、共感を得ることができれば、顧客の主観的な対象への評価にポジティブな影響を及ぼすことになる。

安定した大量の商品供給を可能にする工業化されたものづくりが行き渡ることで、逆に不安定な手作業のものづくりが再評価される現象は、今日の地酒やクラフトビールのブームにも見ることができる。あるいはグローバル化によって人々が伝統的なアイデンティティから切り離されていると認識されると、ローカルな伝統文化が見直される傾向が強まったりする。だからといって関心が一時的な傾向にすぎないことを意味するわけではないが、このように場合によっては、外部環境の脅威の影響で、オーセンティシティへの関心が強くなることはたしかに考えられる。

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吉田 満梨(よしだ・まり)
立命館大学経営学部准教授。
立命館大学国際関係学部卒業、神戸大学大学院経営学研究科博士課程後期課程修了(博士商学)、首都大学東京都市教養学部経営学系助教を経て、2010年より現職。専門は、マーケティング論で、特に新しい製品市場の形成プロセスに関心を持つ。主要著書に、『ビジネス三國志』(共著、プレジデント社)、『マーケティング・リフレーミング』(共著、有斐閣)、訳書に『エフェクチュエーション:市場創造の実効理論』(碩学舎)など。

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(立命館大学経営学部准教授 吉田 満梨 写真=iStock.com)