ジュリアーニ氏の不用意で破天荒な発言が北朝鮮を刺激したのかもしれない(写真:REUTERS/Joshua Roberts)

5月27日、米国のドナルド・トランプ大統領と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長は、それぞれ米朝首脳会談を6月12日にシンガポールで行うことに強い意欲を示した。一時は北朝鮮側が突飛に会談を取りやめていい、とネガティブなメッセージを発し、それに激怒したトランプ大統領が会談中止の書簡を送付していたが、書簡の送付から24時間以内に関係が一気に好転した。


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ここで筆者が注目しているのは、金正恩氏は5月16日の段階で、なぜ、ネガティブな発言をし、対米交渉を停滞させたか、ということだ。一部メディアには、中国の指示があったという見方もあるが、筆者は、その「真逆」ではないか、と読んでいる。

金正恩氏のネガティブ発言があった直後、中国の習近平国家主席は、北京で北朝鮮の経済使節団に向かって、シンガポール会談を実行するように、金正恩氏をたしなめたという。金正恩氏がこのまま我儘を言い続け、結果的に中国に恥をかかせるならば後ろ盾にはならない、ということを習主席は北朝鮮の経済使節団に根回したのではないか。

北朝鮮はジュリアーニ氏の口撃に過剰反応か

筆者は、金正恩氏がネガティブ発言をしたのには別の理由があると考えている。原因は、その発言の数日前に発せられたトランプ大統領の個人弁護士の一人、ルドルフ・ジュリアーニ弁護士(元ニューヨーク市長)の弁舌だ。その発言を金正恩氏が「曲解・誤解」したのではないか。

ジュリアーニ氏は、つい最近、トランプ氏の個人弁護士の一人に加わったが、2016年の大統領選直後には、司法長官のみならず国務長官の有力候補に挙がった人物である。

そのジュリアーニ氏は、「ロシアゲート」を追及しているロバート・ミュラー特別検察官が、米朝首脳会談前に、トランプ大統領に直接事情聴取の圧力をかけないように牽制した。そのようなことをすれば、外交スケジュールに圧力をかけることになり、それは米国の国益に反し、金正恩を利することになる、という趣旨のことを、米メディアを通じて明言したのだ。このことは日本では報じられていないが、金氏を刺激する言葉だった。

そもそも、ジュリアーニ氏はニューヨーク連邦検察官当時、「おとり捜査」のプロ中のプロとしての評価を確立している。その変幻自在の弁舌に、北朝鮮がうかつにも乗ってしまい、金正恩氏の本音中の本音である、アメリカに対する敵対的な発言が、むき出しになってしまったというのが、事の真相ではあるまいか。

なぜなら、「ロシアゲート」の捜査は、決してミュラー氏の思うようには進んでいないということを、ジュリアーニ氏は百も承知の人物であり、必要もないような発言をしたかのように装い、実は、北朝鮮を鮮やかに煙に巻いた格好なのだ。

「アメリカ通」を自任し、政治の権謀術数に長けている金正恩氏さえも見誤ったほど、最近のミュラー氏の振る舞いは傍若無人といえる。それが米国の伝統にも国益にも反しているのは、明白であり、それをウォッチングしていた金正恩氏は、今こそ、好き勝手な交渉をやれるチャンスと踏んだとしても不思議ではない。

外交スケジュールに割って入るミュラー特別検察官

ミュラー氏の傍若無人ぶりは目に余る。まるで外交スケジュールに割って入ることに嬉々としているかのようだ。

たとえば、トランプ大統領と主要閣僚たちが、シリアの化学兵器使用に対して、ロシアなど外国軍との衝突を避けつつ、化学兵器工場などにミサイル攻撃を加える軍事会議をしている最中に、それを邪魔する形で、ミュラー氏はトランプ氏の長年の個人弁護士の一人のマイケル・コーエン氏の法律事務所などに家宅捜査に入った。

その家宅捜査は、法律実務史上、極めて異例だが、そのアレンジを、ロッド・ローゼンスタイン司法副長官と組む形で進めた。何より注目すべき点は、この1年間、20億円近い国費を使って、トランプ政権のロシア疑惑を追いながら、その証拠は何ひとつなく、また、ミュラー氏にべったりのローゼンスタイン司法副長官ですら、トランプ大統領はターゲットでないと最近も明言している点だ。

そもそも「特別検察官」を置くべき証拠も何もなかったという経緯にもかかわらず、トランプ大統領の外交スケジュールを押しまくったミュラー氏の「我が世の春」は長く続くはずはない。ミュラー氏には、大統領の外交スケジュールに割って入る権威も資格もゼロに等しい、と自覚すべきだ。

さて、ここへ来て、ミュラー氏は劣勢だ。ミュラー氏自身の特別検察官の職との利害対立が、「新たなロシア疑惑」として、テレビなどで報じられていることだ。

それは、ミュラー氏がオバマ政権のFBI長官だった2009年当時の話から始まる。イランにFBI元捜査官が拉致され、その解放作戦として、当時、米国政府の資金を使うことは違法だった。そこで、ロシア政府の中枢に直結するロシア人超大富豪に頼んで、拉致被害者の解放に当たった。それに投入した自己資金は2500万ドルに上った。

そのロシアの大富豪に巨額の金を出させた米国側の中心人物として、ネゴシエーションの直接的責任者を務めたのがミュラーFBI長官だった、と米メディアは報じている。これには、反トランプ側のコメントが多かった大学教授も、この件に関しては、その億万長者どころか、その人物が直結するロシア政府の中枢に対して、ミュラー氏は「大きな借り」を作ったと、糾弾している。

ミュラー特別検察官のヤバイ過去

現に、その後、そのロシア人大富豪は、ロシア外交官のパスポートで現在まで訪米するようになったという。厳密に言うと、そのロシア人大富豪が外交官ではないビジネス長者なのに「外交官パスポート」を持っているという事実と、その人物が現在まで米国に出入国しているという事実の2点が、法的にきわめて重要である。

以上の2点から、ミュラー氏のロシア政府への「大きな借り」が、現在も進行形で続いていることは、論理的に明確であり、この「大きな借り」の正体を、米国議会と米国民に情報開示する重い義務をミュラー氏は、今も負い続けている、といって間違いない。

共和党のフロリダ州地区選出のマット・ゲイツ上院議員は、ミュラー特別検察官のロシア疑惑捜査は、ミュラー氏の「利害の対立」のオンパレード、とテレビで糾弾している。もちろん、特別検察官の「利害の対立」は、アメリカ憲法の定める「デュー・プロセス(適正手続き)」に真正面から違反している。

そんな窮地に立ったミュラー氏について、北朝鮮きっての「アメリカ通」と自任する金正恩氏が、そこまで見抜けるかどうかは、きわめて疑問だ。ミュラー氏の窮地に関しては、反トランプの米メディアはなかなか報じない。金正恩氏がそれを知るのには、日数がかかったというのが、今回の実態ではなかろうか。

百歩譲って、金正恩氏のシンガポール会談へのネガティブ発言は、ミュラー氏の動きに呼応したものではなかったとしても、つまり、無関係な2つの動きが、偶然、関連しているかのように見える場合、ウォール街では、「ワルツを踊る」と表現する。

ミュラー氏の動きに、さながら歩調を合わせるかのように「ワルツを踊って」見せた金正恩氏にとって、その「アメリカ通」の部分が、思いもよらない形で自らの危機を招いたといっても過言ではない。

「段階的な核削減」は「核の横流し」につながる?

世界の法系を、英米法系と大陸法系に二分すれば、北朝鮮の法制は大陸法系に属するといえる。金正恩氏にとって、ミュラー氏の動きを合点するまでに時間がかかったのは、アメリカ法が「行為パターン」という概念を、大陸法より注視するからだ。ミュラー氏の立場が、米国外から見える以上に、国内で窮地に立っている背景をなす事情とは、トランプ大統領に対するミュラー氏の「偏見(バイアス)」の行動パターンが、強過ぎ、多過ぎることだ。

金正恩氏が気づくべきだったのは、金氏自身の対米国の言動パターンだといえる。金正恩氏は「パターン」として、米国を言葉と行動の両方で脅し過ぎた。米国では、北朝鮮による「核の横流し」という可能性も、以前よりも深刻にとらえられ始めている。

最新メディアによると、金正恩氏は2度目の南北会談で「完全非核化」の意思を、韓国の文在寅大統領に再度明言したという。金正恩氏は、今や、「段階的な核削減」でなく、「完全非核化」の会談をシンガポールでトランプ氏と行うべき段階にあることを示唆しているのだ。

また、トランプ氏が金正恩氏への公開書簡で名言したように、金正恩氏は拉致被害者全員の完全解放を実行すべきであり、その実行が問われている。金正恩氏が生まれるずっと前に、13歳の少女として拉致された横田めぐみさんをはじめとして、これまでの拉致被害のすべては、「朝鮮半島の戦争状態が今も法的に続いているか否か」という論点とはまったく関係なく、絶対に許されない行為だからである。

今回の会談が、いい方向に進み、メディアが言うように、ノーベル平和賞云々の話が出るうえでも、拉致被害者全員の解放は、実務的に強烈なプラス材料となる。そうならずに拉致を続けることになれば、イランと北朝鮮は「拉致テロ」という残酷な絆で結びつき、両国間で核やロケット技術の「横流し」があるというのが当然の論理となりかねない。

イランと決別し、早期の「完全非核化」にまい進することこそが、金正恩氏自身にとって、リビアのカダフィ大佐の二の舞を避け、金体制とともに生き残る唯一の道である。

ともかく、5月16日の金正恩氏側のシンガポール会談へのネガティブ発言で、米朝の空気は、一瞬のうちに、絶対零度のように凍り付いた。今後、金正恩氏が「段階的な核削減」という考え方に固執するのであれば、「核の横流し」の温床をつくりかねない危険な発想という見方が、トランプ政権内で高まることは間違いない。