レクサス「ES」日本初導入の小さくない課題
今年の北京モーターショーで世界初披露されたレクサス「ES」の次期モデル(写真:トヨタグローバルニュースルーム)
従来は北米や中国市場をメインとした海外専売車だった、レクサスの上級セダン「ES」が今年秋に日本で発売される。
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トヨタ自動車は今年4月下旬〜5月上旬に中国で開かれた北京モーターショー(オートチャイナ2018)で、新型ESを世界初披露した。新しいプラットフォーム「GA-Kプラットフォーム」を採用するほか、2.5L直列4気筒エンジンとモーターを組み合わせた新世代ハイブリッドシステム、第2世代の「Lexus Safety System +」など各種最新技術を投入。内外装のデザインも上質さを増した。海外仕様のボディサイズは全長4975×全幅1865×全高1445mmと発表されている。
「LS」とともにラインナップされていた最古参車種
ESは日本ではなじみの薄いモデルながら、レクサスブランドが1989年にアメリカ国内で展開を始めた当初から、最上級車の「LS」とともにラインナップされていた最古参車種だ。レクサスの現行セダンラインナップにおいては唯一、FF(前輪駆動)方式を採用する。自動車業界内では、日本で打ち切りがうわさされるレクサス「GS」の立ち位置を事実上引き継ぐともささやかれている。
ESの初代モデルは当時の3代目カムリ&2代目ビスタの時に派生モデルとして登場した、V6エンジンを搭載する「カムリ・プロミネント・シリーズ」の4ドアハードトップ(プロミネントは4ドアセダンもあった)のレクサス版としてラインナップされた。その後2代目、3代目、4代目は日本でもトヨタブランドで「ウインダム」の車名で販売されていたが、5代目以降は海外専売モデルとなっている。ESの名前で日本導入が初となるモデルは7代目に当たるようだ。
アメリカにおける2017事業年度(2017年4月〜2018年5月まで)のESの販売台数は5万1585台で、約10万台を売ったSUVの「RX」、約5万5000台の同「NX」に次いで、レクサスブランド車の中では3番目の販売を記録。セダンに限れば最上級のLSや中級の「IS」を抑えてトップだ。NXやRX、ESは全米のレクサスディーラーで、点検・整備入庫時の代車などの社有車としてディーラーが多数所有している面はあるものの、それを差し引いてもレクサスブランド車の中でよく売れている車種なのには変わりがない。
レクサス車の中でも買い得感を見せているES(写真:トヨタグローバルニュースルーム)
これまでのESはアメリカでは最もお買い得な仕様が4万ドルを切るぐらいの価格設定となっている。メルセデス・ベンツ「Cクラス」はESよりも価格設定が上だが、BMW「3シリーズ」やアウディ「A4」はESよりも安めとなっている。
日本では、レクサスの中でもFR(後輪駆動)を採用するISのほうがFFのESよりも格上に感じるかもしれないが、見た目もゴージャスなESは、クラス以上の満足感を与え、レクサス車の中でもトップクラスの買い得感を見せている。そのことがアメリカのお父さんたちを中心に人気を呼ぶ理由だ。
乗っているクルマで社会的地位がわかるアメリカ
加えて、アメリカ固有の事情もある。南カリフォルニアでかつてレクサス車の販売に携わっていた事情通はこう話す。
「ESほど売りやすいレクサス車はありませんでした。たとえば長年、トヨタブランドのセダン『カムリ』に乗っていた大手企業のサラリーマンで課長クラスの人が、部長級に昇進したので『自分もやっとプレミアムブランドに乗れる身分になった』と喜び勇んでレクサス『ES』を買いにくるのです。そのため値引き要求もあまり強くありません。とにかくこちらから売り込まなくてもよく売れるクルマでした」
この現象が意味するのは、単に昇進して給料が上がるために、カムリからESに乗り換えるという話ではない。アメリカでは小切手での取引を除けば、マネーロンダリング防止の意味もあり、新車の現金販売はほとんど行われない。一般的にはローンやリースを利用するのだが、この時の与信はクレジットカードを含め、過去に受けた融資と返済履歴のすべてが対象となり、仕事や役職なども問われる。日本と異なり、与信結果で個々に金利や融資額が異なる。
つまり欲しい新車があってローンを申し込んでも購入可能な融資が受けられないこともあるのだ。中産階級の子女が数年間海外で仕事に従事してアメリカに帰国してから新車を購入しようとしたら、数年間アメリカ国内での融資実績がないとして、金利が高めでしかも融資額も期待を下回るものになったという話も聞く。それほど審査は厳しいものとなっている。
アメリカではローンやリース与信をパスして、レクサスやメルセデス・ベンツ、BMWなどのプレミアムブランドを購入できるということは、一定以上の社会的地位を認められたことにもなる。これがアメリカでは「乗っているクルマで社会的地位がわかる」とされるゆえんだ。どんなに頑張っても身の丈以上のクルマにはまず乗れない。それでも身の丈以上のクルマに乗っていれば、「犯罪集団に加担しているのではないか?」と疑われてしまうことすらあるという。
単に「良いクルマ」というだけでアメリカでは売れない。そこにはアメリカ社会に純然と存在する「貧富の格差」が所有車種で具現化されている現実も大きく作用している。カムリとESでは、パワートレーンの共通性があっても、そこには大きな“格差”が存在するのである。けっして“レクサス版カムリではないのである。新型ESが世界初披露された中国でも貧富の格差は広がっている。
クルマのヒエラルキーが厳格ではない日本市場では?
このESは日本で売れるのか。クルマのヒエラルキーが厳格ではない日本市場では、アメリカでの販売好調な背景をそのまま日本でも当てはめられない。
まず、日本とアメリカではオートローンの事情はずいぶん異なる。まず、日本のローン審査は諸外国に比べれば格段に緩い。ローンを組む際は、購入車の所有権を留保(返済期間中は勝手に売却したりできない使用権のみ与えられる)することにもなるので、与信は格段の事情がないかぎりはすんなり通る。しかも個々人で金利が異なったり、融資額が不足したりといったこともない。少々問題があっても連帯保証人をつければまず問題はない。
そのため、よほどの超高級車でもないかぎりは、ドイツ系プレミアムブランド車であろうが、それこそレクサス車であろうが、現金一括払い(いまはマネーロンダリング防止の意味もあり口座振り込みが多い/日本ではまだまだ現金払いが多い)ができなくても、ローンを組むことでお気に入りのクルマがあれば自由に購入することが可能となっている。そこには社会的地位などはあまり影響しない。
ポイントは価格設定にもあるか(写真:トヨタグローバルニュースルーム)
そのほかのポイントは価格設定だろう。現行GSの車両本体価格が577万円からなので、これに合わせるのか。右ハンドル化や日本の法規対応なども行うので、アメリカ並みの価格設定を維持するのは難しいだろうが、ドイツ系の高級輸入車と比べられることも考えると、あまり高くもできない。
レクサス車は従来、地方で強みを見せていた。都市部に比べて、地方都市では富裕層であっても、世間体を考えると、なかなかベンツやBMWなどの輸入車を大っぴらに乗りにくい空気があったからだ。ただ、近年は輸入車販売店も地方都市を網羅。特にベンツ、アウディ、BMWといった、ドイツ系高級ブランドのステータスは高く、基本的に車両値引きをしないレクサスに対して、特に値引きをドーンと仕掛けることもあるドイツ勢はレクサス車の販売をかなり脅かしている。
「内なる敵」ともいえるトヨタ内の競合車とも明確な差別化も必要だろう。レクサス最上級車のLSや、中級のISとは価格設定や位置づけ、キャラクターの差が明確だが、新型ESの日本導入にあたっては価格設定次第で、6月下旬に発売を控える新型クラウンともバッティングしかねないし、ボディサイズやパワートレーンの近いカムリとの差別化も難しくなる。
日本ではなんだかんだでトヨタブランドの安心感や販売力は強い。価格設定を間違えると、ESは単に「売りにくいクルマ」にもなりかねない。日本初導入の決して小さくはない課題といえるだろう。