東京女に浮上した、まさかの二股疑惑。“大阪追放”へのカウントダウンのはじまり、はじまり!?
あなたが大阪に抱くイメージは、どんなものだろうか?
お笑い・B級グルメ・関西弁。東京とはかけ離れたものを想像する人も少なくないだろう。
これは、そんな地に突然住むことになった、東京量産型女子代表、早坂ひかりの大阪奮闘記である。
東京から大阪に転勤することになったひかりは、結婚を視野に入れていた隆二と離れ離れに。大阪で孤軍奮闘することを決意したが、先輩の淳子から大阪鉄の掟を叩き込まれて意気消沈する。
―隆二が浮気…?
ひかりは部屋の中で一人、頭を抱えこんだ。
神楽坂のスパニッシュバルで初めて隆二と出会ったのは、もう2年も前のこと。
梨花がセッティングしたお食事会に遅刻してきた上に、ずっとスマホを手に無表情。彼の第一印象は決して良いものではなかった。
なんとなく連絡先の交換をしただけなのに、翌日になってデートのお誘いがあったときの驚きは、今でも覚えている。
「ひかりちゃんと話がしたかったけど、あの日はクライアントから緊急の連絡が入るかもしれなくってさ。ちゃんと話せなくてごめん。」
そうまっすぐひかりの目を見て話す隆二のことを好きになってから、もう2年も経つなんて。
◆
結局、隆二と連絡がついたのは、日曜日の昼を過ぎてからだった。
―電話でれなくてごめん、気付かなかった。このスタンプ何?
いつものテンションのメッセージに、ほっとしつつも心のざわつきは増すばかり。震える手で、電話を掛ける。
「隆二、何度も電話してごめんね。ちょっと気になることがあって電話したの。…昨日の夜、ミッドタウンにいたよね?」
精一杯いつもどおりを演じたつもりだが、声の震えは隠せているだろうか。
「ああ、いたよ。大学の同期がシンガポールに行くことになって、その壮行会。でもなんでひかりが知ってるの?いま大阪でしょ?」
「…同期って、もしかして、まりやさん?」
池上まりや、隆二の早稲田時代の同期。
学生時代はファッションショー(ワセコレ)にも出ていたちょっとした有名人で、欧州系コンサルティングファームに就職してからは、何かにつけ同業の隆二に連絡を寄こしてくる。
付き合って半年くらいの頃にも同じようなことがあり、その時もただの同期だと説明されたが、納得できずにもめたのだ。
結局、ひかりが折れる形で決着したのだが、また同じことの繰り返しなのだろうか。
「……。だとしたら、何?そもそも俺の質問に答えてないよね?どうせ友達から何かいわれたんだろうけど、もっと自分の頭で考える癖をつけたほうがいい。思い込みだけで発言されても迷惑だから。」
―考えたってわからないから、聞いてるんじゃない…!
そう怒鳴り散らしたい衝動に駆られたけれど、池上まりやならそんなバカなことはしないだろうと思うと、黙るしかなかった。
冷たい対応に落ち込むひかりに、さらなる追い打ちをかける出来事が!?
―あぁ、もやもやする!
結局、ひかりの聞きたいことは何一つ聞けずに電話は終わってしまった。
「東京では何もいわなかったのに、距離が離れたら文句をいう。そのロジックがおかしいことに気付いた方がいい」と、本来聞きたかったこととはズレた所で言いくるめられてしまったからだ。
言い返せない自分にも腹が立ち、気分転換に外出したのだが、大阪に行く当てなどない。
なんとなく大阪駅に到着したものの、人混みの中でヒールと心がどんどんすり減っていくようで、空しいだけだ。
―何か買って、もう帰ろう。
そう思って視線を上げると、驚いたようにこっちを見ている太郎と目が合った。
「あ…太郎くん!」
「ここのチーズケーキは、めっちゃおいしいからびっくりするで!」
『りくろーおじさん店』の行列に並んでいる太郎は、とても嬉しそうだ。店のマスコットのおじさんと太郎の福々しい顔がなんだか似ていて、笑いそうになる。
「突然びっくりしたけど、何か買って帰ろうと思ってたから嬉しい!デパ地下には東京にある店ばっかりだったから。」
そういうひかりにうなずきながらも、太郎はガラスの向こうの厨房に夢中だ。焼き上がったケーキに焼印が押されるのを見ながら「この瞬間がたまらんねん!」と目をキラキラさせている。
ひかりは1ホール、太郎はなんと3ホールも購入し、最初の1カットは温かいうちに食べたほうがいいと熱弁する太郎と一緒に改札へ向かう。
「昨日の件ね、浮気じゃなくて、女友達だったみたい。」
一応報告を、とひかりは切り出した。
「私も早とちりして動揺しちゃって、彼にもっとちゃんと考えろって言われちゃった。心配してくれてありがとね!」
あっけらかんと言ったつもりだが、太郎の顔を見ると驚いた表情を浮かべている。
「いやいや、彼氏のほうがちゃんともっと考えたほうがいいやろ!だって、いま俺とひかりちゃんが腕組んだとしても彼氏は怒らんの?俺ら友達やからいいってことやんなあ?」
「ケーキを3つ持ってるから、ちょっと無理やけど」とおどけながらも、太郎は真剣そうだ。
「たぶん、怒ると思う。でも男の人ってそういうとこあるから仕方ないなって思うしかないよね。私のことを思って言ってくれてるんだろうし。」
もやもやさせられることも多いけれど、やっぱり私は隆二のことが好きなんだろう。他人に悪く言われると、なんだか無性に腹が立ったのだ。
「ひかりちゃん大人やなぁ。ぐちゃぐちゃな気持ちのままで飲み込むなんて、さすがもんじゃの街出身や。」
その発言に怒りの感情がまた湧き上がり、眉間にしわが寄る。
「太郎くんまで、私のこと馬鹿にしないでよ!」
そう語気を強めたひかりに驚く太郎を置いて電車に飛び乗ったが、心拍数はなかなか下がらなかった。
精神状態ズタボロ!不安定なひかりが犯してしまった痛恨のミスとは?
化粧品カウンターの夕方の盛況ぶりは、西も東も変わらない。特に給料日後の月末の金曜日ともなれば、買い物客で大混雑だ。
マネージャーも繁忙時はサポートに回るのが暗黙の了解で、ひかりも今週はずっと店頭に立って接客していた。
「ただいま整理券をお配りしております。」
数字の書かれたカードを笑顔で渡しながらも、ひかりの心は晴れない。
―こんなことではいけない。仕事は仕事よ…!
そう思いカウンターへ戻ると、焦った様子でスタッフが駆けてきた。
「マネージャー、肌診断機、何時頃届きますか?まだ来てなくて…」
「え…?」
すぅっと背筋が寒くなる。
月曜日に入店した際、週末のイベントで使うので他の店舗から肌診断をするマシンを借りてほしい、と依頼を受けていたのを完全に忘れていたのだ。
「…!ごめんなさい!私、すっかり忘れて…!」
「え?!どうするんですか?!もうお知らせだって出してるし、そんなん困ります!」
ざわつくスタッフに頭を下げながらも、パニックにならないように必死で考える。
「すみません!1時間だけ抜けさせてください!すぐに、すぐに戻りますから!」
「今回は100%ひかりが悪い。スタッフに与えた印象も最悪やで。自分が持つ責任の重さをもう一度考え直して。このままじゃ、あんた潰されるで。」
淳子がそう宣告したのは、事態がなんとか収束し、本社に戻ったときだった。
あの後、大急ぎで淳子に事情を説明し、導入店舗全店に連絡を取ってもらった。
月末の週末ということもあり、ほとんどの店舗で使用予定が入っていたが、唯一絵美子の店舗だけが、今回は貸してあげてもいいと言ってくれたのだ。
「本当に、申し訳ありませんでした。」
閉店後、頭を下げるひかりに「結果オーライなんで大丈夫です」とスタッフは言ってくれたが、その目線はとても冷たかった。
「絵美子が貸してくれんかったら、どうなってたと思う?予算は達成できへんわ、お客様の信頼は失うわで、大変なことになってたで。一度時間を無駄にしたと思ったら、二度と来-へんから。」
去っていく淳子に頭を下げると、汚れたパンプスが涙でにじんで見えた。
◆
「お疲れ。大変やったなあ。」
帰り道、お詫びとお礼を伝えるため、絵美子に電話をかけるとすぐに出てくれた。
「絵美子さん、今日は本当にありがとう。本当に助かった!」
絵美子の、すぅっと息を吸う音がスマホ越しに聞こえた。
「二股なんてしてるから忙しくて、仕事の約束忘れちゃったんちゃう?」
「え?」
「太郎くんと梅田で会ってたらしいやん?真面目そうな顔して、びっくりやわ!」
―なんで知ってるの?それに、二股って…何?
「私、あんたのこと認めへんからな。」
そういって、プツリと電話が切れると、ひかりはその場にへたり込んだ。
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次週、ひかり、とうとうギブアップ!?四面楚歌の大阪を抜け出し隆二に直談判!?